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夜、金木犀の香り
闇夜に、ふわっと金木犀の香りが漂う。
「__こんばんは。|木月《きづき》セイカって言うの。よろしくね」
いつの間にか隣にいた彼女は、どこか優しく微笑んだ。
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「……………なんだ、夢かよ」
俺は金子|彩《さい》、ただの高校生だ。
今は……もう零時回ってるな。カーテンを閉め忘れた窓から、月明かりが差し込む。
「……目ぇ覚めちまったし、ベランダ出るか」
そう呟きつつ、ガラッと窓をスライドさせる。
すると__。
「__こんばんは。|木月《きづき》セイカって言うの。よろしくね」
辺りに突然、金木犀の香りがした。夢と同じ状況だ。
「……こん、ばんは」
辛うじてそう返すと、彼女__セイカさんはにこっと笑みを浮かべた。
「今晩は月が綺麗だねぇ……。手を伸ばしたら掴めそうだ」
でも届かない、とどこか悲しげに言う。
なんと言えばいいのかわからず、暫くの間静寂が訪れる。
沈黙を破るのはセイカさんだった。
「そうだ! これから、時々ここに遊びに来てもいい?」
悪戯な笑みで、なんの脈絡もない言葉が放たれる。
あまりにも突発的だったので、「はっ?」と大分デカめの声が漏れてしまう。
「だってさ、わたし結構暇だし。大丈夫、君に危害は加えないよ〜」
能天気に言われるが、そこを心配してるわけじゃない。
「……でっでも、別に来たところで何もないよ?」
言い返すと、間髪入れずに「何言ってるのさ」と更に言い返される。
「君がいるじゃない。わたしは君と話がしたいから、ここに来たいんだよ」
自信気にそう言われ、不覚にも赤面してしまう。
(ってか、俺の睡眠時間奪う気満々じゃねぇか……)
何が危害は加えないだ、とツッコみたくなったが、心の中に留めておく。
「……おっと、もう夜明けか。いやぁ、最近は夜が短くて悲しいな〜……」
「夜にしか、来れないの?」
気になったので尋ねてみると、
「あ、うん。実はそうなんだよねぇ」
とあっさり言われる。
彼女とは、夜の間しか会えないのか……。
そう考えるとなんだか悲しくなって、思わず声を上げる。
「__そ、それじゃあ……会える日はなるべく会って、話したい」
言った後に我に帰り、羞恥に襲われる。が、彼女は花のような笑みを浮かべて
「うん、もちろん! また会おう、何度でも」
と言ってくれた。
これからもこの金木犀の香りが、俺を包んでくれるんだろうな。
心の中で期待を込め、そう呟いた。