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見知らぬおじさんと愉快な旅
しがないOLの|山本阿澄《やまもと あすみ》は昼休憩に手作りの弁当を広げた。
黄色いプラスチックの安っぽい弁当箱には、満タンの白いご飯とほんの気持ち程度の梅干し。見るからに質素な昼食である。
彼女はそれを湿っぽい様子でちまちまと口に運ぶ。すると箸の動きが止まった。
「...どうしたんですか?」
その様子を見かねたのか、普段から言葉を交わすことも少ない彼女の同僚、|峯花梨《みね かりん》が後ろから声をかける。
阿澄は弁当箱から目を逸らし、真後ろに立つ花梨の脇腹あたりに視線をよこした。
「え、あ...あの、お弁当が...不味くて...」
今思い返すと、近頃はとんと豪勢なものを食べることが減った。欲しいものも買えなくなったし、行きたいところにも行けていない。それもこれも全てこの不景気のせいだ。不景気じゃなくてケーキをくれよ。
そんなことを考えつつ無言でいると、いつの間にか花梨は立ち去っていた。そして昼休憩も間も無く終わりを迎える。また憂鬱な仕事が始まるのだ。
「...ごちそうさまでした。」
空っぽになった黄色い弁当箱を見て、阿澄は小さくため息をつき立ち上がった。
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帰り道。
居酒屋やバーが立ち並ぶ賑いの繁華街を抜け、阿澄は帰宅した。
家は1Kのこぢんまりとした賃貸。一人暮らしの阿澄にはちょうどよく、案外気に入っている。
帰宅したや否や、彼女は玄関先で靴を履いたまま倒れ込む。手に持っていたバッグは部屋の奥にツルツルっと滑って行った。
彼女はしばらくの間倒れたまま動かなかった。
「...起きろ。」
すると突然、真上から声が聞こえた。
阿澄はギョッとした。阿澄は一人暮らしだ。配偶者どころかペットすらもいない。この部屋に声を発せられる生き物は阿澄以外一人もいないはずだった。
彼女はあまりの恐ろしさに金縛りにあったように動けなくなった。床に張り付けられたようで、首も動かせない。そして再び聞こえる低い声。心臓がバクバクと音を立てる。
「起きろ。」
次ははっきりと聞こえた。明らかに男の声だった。まさかストーカー?そう彼女が覚悟したその時だった。
彼女の目の前に立った人影は_
「...お...お、お、おじ、さん...?」
そこにいたのは、身長30cmほどの小さなおじさんだった。
「おじさんとは...まぁ、このなりなら仕方ないカナ。俺は妖精さ。人呼んで【幸せを呼ぶ小さいおじさん】。」
かつて大ニュースとなったあの都市伝説、小さいおじさん。まさか実在するとは思わなかった。阿澄は呆然としてそのおじさんの姿を眺めた。
全身を黒スーツで決め込んでおり、頭はワックスで撫で付けたようで艶々と光沢を放っていた。足元の黒い皮靴も同じく艶々に磨かれている。背丈を除けば普通に品の良い中年男性である。
「君は見たところ...疲れているね。」
「...はい。」
おじさんは阿澄の顔をまじまじと見て...いっぺんひっぱ叩いた。
「いったぁぁ!?」
彼女は驚いて首を引いたせいで、後ろの壁に後頭部を思い切りぶつけた。その衝撃で意識が遠くなる_
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「ここは...どこ?」
目覚めた場所は、草木の薫る自然豊かな景色の中だった。辺りを見回しても森、森、森...モリモリの森が広がっている。
「ここはブラジルのジャングルさ。あれ知ってるカナ?アマゾン。」
ここがアマゾンだと言うことを聞いて、あまりの展開に頭が追いつかない。先ほどまで自宅の床に伸びていたはずが、なぜ今アマゾンに来ているのだろう。
寝そべっている場所を見てみると、案の定土が敷かれておりその下には。
「ヒィぇぇぇえ!?」
大量のムカデ、蛇、蚊、ブユ、蟻などが蠢いていた。ちなみにブユというのはハエみたいなやつである。
阿澄は甲高い叫び声を上げながら飛び起きたかと思うと、そのままどこへともなく駆け出していった。腕を縦横無尽に振り回してまるで進撃の巨人の奇行種である。
「ちょ待てよ!」
おじさんも虫を踏み潰さないように注意しながら、彼女の後を追いかけていった。
「ハハハ!元気になってよかったよかった!」
ゼエゼエと肩で息をする阿澄に追いついたおじさんは、いかにも満足そうな表情で笑った。
その笑顔を阿澄は鬼の形相で睨みつける。
「元気じゃねぇよ。」
その声はまるで地獄の釜の中で吹き上がるマグマのように恐ろしかった。阿澄自身も出したことのない声だった。
おじさんもこれには流石にビビったのか、三歩ほど後ずさってから近くの小石を拾い、阿澄に向かって投げつけた。石は彼女のこめかみに当たり、そのまま意識を奪った。
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次に目覚めたのは、何やら水の音がする場所だった。
見上げると、人魚の像が水を噴き上げる見事な噴水が阿澄に影を落としていた。
「でか...」
「ここはコンコルド広場。フランス・パリの大人気観光地だ。」
おじさんは人目も気にせず裸で噴水の中に入り、盛大に水浴びをしていた。
「ちょ、ちょっと...なんで全裸やねん!!」
「いや〜アマゾンが暑くて暑くて、汗を流したくて。スーツも結構大変だからね。」
阿澄が両の掌で目隠しをしている間も、おじさんは優雅にピチャピチャと水音を立てていた。しかし驚くべきことに、他の観光客はそのおじさんの様子に驚くこともなく、普通に素通りしていた。
「まさか...あんた、人には見えないやつ...?」
「君にしか見えないカナ。なんせ妖精だからね。」
いつの間にかスーツに着替えていたおじさんは、小気味良い靴音を立てて噴水のへりに立つ。
「せっかくフランスに来たんだし、美味しいものでも食べようか!」
そういっておじさんはどこへともなく歩き出した。
「これとかどうカナ?」
おじさんが手にしていたのは一つの焼き菓子だった。名前は確かガレットだったか。
「え、これどうしたん?」
「そこで拾った。」
おじさんが指差した先は高級そうなパティスリーだった。拾ったというか、明らかに盗んだの方が正しい。
「ほら食べて食べて!」
おじさんは半ば無理矢理手渡してくる。正直に謝って店の人に返した方が良さそうだが、そんなことをすればまた別のあらぬ疑いをかけられるかもしらん。それに人が触ったものを売りに出せるわけもない。しかも見ず知らずのおじさんが、だ。
阿澄は色々と諦めてそのガレットを頬張った。サクサクで美味しかったが、微かに犯罪の後味がした。
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次に訪れたのはアメリカだった。
有名なタイムズスクエアがあったのですぐにわかった。
今回もおじさんに平手打ちされて飛ばされたのだが、あれは毎回やらないといけないのだろうか。
阿澄は不満そうな顔をして問いただした。
「うん、まぁ、そうkana?」
「ちょっとアメリカンにすんな。」
おじさんの首を軽く絞めつつ周りを見渡してみる。
テレビ越しでしか今まで見たことのなかった世界だが、実際に見てみると予想以上に眩しかった。眩しすぎて目が痛い。日本の渋谷にも若干似ているなと考えていたが、全くの別物だった。
「そろそろ...ハナシ...て...」
徐々に顔が青白くなってきていたおじさんの首から慌てて手を離す。おじさんはえずきながら息を整えた。
「それじゃ...なんか...食べようか...」
おじさんが盗んで...拾ってきた食べ物はハンバーガーだった。
「アメリカといえばハンバーガーだよね!」
そういって今度は奴自身の分も片手に持っており、それを頬張り始めた。
阿澄は手渡されたハンバーガーを持ち上げ、結構な重さに驚きの声を上げた。
「日本と同じかと思ってたけど...意外と重いね。」
食べてみるとあら不思議。別の意味でも重かった。ヘビー級ボクサーのメガトンパンチのようだ。
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次に訪れたのは竹林の中だった。
草を掻き分けかき分け進むが、一向にひらけた場所に出ない。
「おじさん。どこー。」
さっきからやつの姿がどこにもなく、声をかけても返事をしない。逸れてしまったらしい。
「今までこんなこと、なかったのに...」
ふと前を見ると、白黒の丸々としたした生き物が鎮座していた。
小首を傾げて阿澄の方を見つめている。頭にはてなマークが浮かんでいるような気がした。
途端、阿澄はその白黒の丸っこい生き物を抱きしめていた。竹や笹の爽やかな香りがふわりと広がる。
「ゴワゴワだ〜...」
手触りは家の布団に比べるとお世辞にも良いとはいえなかったが、パンダの全身から放たれる癒し成分に阿澄の心は解けていった。
「...って、ちゃうわい!」
おじさんがいないと元の場所に帰れない。阿澄はゾッとして必死に声を張り上げた。
「おじさん!おじさーーーんっ!」
「呼んだ?呼んだよね。呼んだ呼んだ...」
「聞き覚えのあるセリフで出てくんなっ!」
思いがけず今度は阿澄がおじさんを殴った。おじさんの情けない声が竹林に響き渡った。
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気がつくと、阿澄は自分の家の中で一人立っていた。
周りを見渡したが、パンダの姿もおじさんも見当たらない。
何が起きたのかさっぱりだったが、頭の上からはらりと落ちてきたものを見て彼女は呆れたように、しかし楽しそうな笑みを浮かべて呟いた。
「クソジジイ...」
落ちてきた紙切れには、旅行費用の請求が記されていた。