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禪院家の落ちこぼれ #4
unknown
不思議な夢を見た。そこには、俺の失った全てがあった。術師としての才能があって、親父…禪院扇の正式な子で、真衣にも妙な軋轢もなくて…幸せな夢だ。ずっとここにいたい。なぁ、親父。俺、この家にいていいかな。俺さ、ここで生きていていいかな?
夢の中でも己の存在意義を問う自分に嫌気が差す。恵まれずに生きた自分を否定するような気がして。
なぁ、親父。俺の術式、『抜刀』らしいよ。格好いいだろ?迷惑もかけないし、術師として頑張るから。だから..生きてていいかな?
幸せな夢は終わりを告げる。振り返った親父の目は、侮蔑と嘲笑に満ちていた。
「笑わせるな。」夢の中だと知っていても、威圧的なその声に身を縮めてしまう。
「己の術式が何かすら分からんやつが、私と関わろうなどと思うな」
「この出来損ないが」泡沫にみる父は、かつて俺を勘当した父と遜色なかった。
俺の術式…?分かっていない…?
「!?」目を覚ます。そこにはすでに呪霊の領域は存在しておらず、壊滅した森に戻っていた。帳も上がっていないことから、まだ試合は続いていると思える。
「ギギギィ?」呪霊が振り返る。俺が生きていることが驚きのようだ。
「まだ・・・楽しもうぜ?」挑発するように指を折り曲げる。呪霊の周りに再び電気が走る。
「ギャギャギャァッ!」とびかかる呪霊の動きを間一髪で回避する。なんとかして懐に潜り込まねば....!呪霊が両の掌を合わせる。すると呪霊の周りに、電気で生成された槍が6本出現した。
「ギギギギギギッ!」バリバリバリ、と雷鳴を轟かせて槍が迫ってくる。
命の危機だというのに、やけに集中していた。
(躱す!躱して見せる!)極限まで目を見開く。槍は俺の頬をかすめ、付近の木を根こそぎ持っていくだけに留まった。充分な被害だ。これで当たったら死ぬことを再確認できた。冷や汗を無視して走り出す。
「ギ?ギギギギギギッ!」槍を躱して走る。(何も考えるな!走り続けろ!)
呪霊の懐に潜り込む。感覚で分かる。これが最初で最後のチャンスだ。
「『抜刀』!」俺は渾身の力で刀を振りぬいた。
キィィ....ン.... 俺の刀が真っ二つになった。ヒュンヒュンと回転し、トスッと地面に刺さる。
「なっ....」言い終わる前に、呪霊の拳が腹に直撃した。
「うごあっ....おえっ....」吐き気を抑えてその場でもがき苦しむ。呪霊は愉悦の笑みを浮かべて俺を見下ろしている。それすら気にすることができないほどの激痛に耐えていた。
折れた刀を霞む目で見つめる。
(あぁ....死ぬ)そこまで考えたところで、ふと疑問になった。
なんで俺は...死に安堵している…? 否定され続けた。家に否定され、「お前は出来損ないだ」と幾度となく言われ続けてきた。知らず知らずのうちに、自らに「呪い」をかけていたのかもしれない。
俺は生きていてはならない存在だと。俺は望まれない者なんだと。
しかし...俺にはあの1年があった。
初めて仲間ができ、恩師ができた。初めて幸せだったし、自分に期待できた。
俺は今、それを放棄しているのか…?自ら得た幸せを、自分からドブに捨てようと…?
「それは違うだろ…!」俺は折れた刀を掴み立ち上がる。
「ギ?」呪霊の周りに再び雷が走り始める。しかし、俺は気づいた。
俺の術式…!
抜刀は術式ではない。もし、もしも、禪院扇が言うことなら、俺の術式は何か他のものだ。他のものであるはずだ。
感じろ。己に眠る生得術式の脈を。それを解き放つんだ。俺の力として。俺の真の術式として。
ならば自然に、言葉も出るはずだ。目の前のアホ面の呪霊を…!
「焼き尽くしてやる」呪霊が警戒して距離をとる。雷の槍が再び呪霊を渦巻きはじめる。
言葉を…眠る言葉を…
「おい、クソ呪霊」「ギ?」
「魅せてやるよ。俺の魂の本質を。」折れたはずの刀が呪力を帯び始める。
「極ノ番『炎赫刀』」急激に周囲の温度が高くなる。
そして、折れたハズの刀から炎が刀身の形を成し…
「ギッィィィ?ギャア?ガガガ!」熱く燃え盛る刀を構える。そうだ。これが俺の術式。俺が『受け継いだ』術式。不本意ながらどうやら、俺の術式は貰い物らしい。
(一度だけ、見たことがある。これは…親父の、禪院扇の術式だ)
「本番だ。構えろ」切っ先を呪霊に向け、腰を落とす。
呪霊の槍が俺に向かって飛んでくる。集中して、、一本ずつ捌き落とす。超高温の刀に触れたとたんに、雷撃槍は蒸発して消える。
「さすが特級…だな。捌くのだけで精一杯だ。」俺は息を吸う。まだだ。まだ先があるはずだ。この術式には、まだ何かがある。再び集中し、己に流れる血脈に寄り添う。その隙をついて呪霊が飛び掛かってくる。呪霊の手が俺に触れる瞬間、俺は目を開ける。見えた。
「術式開放!『焦眉乃赳』!」刀が通った軌跡から炎が立ち上り、俺を守るように燃え盛る。
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術式開放。それは禪院扇の使う術式の奥の手のようなものである。この術を使うことによって、一時的に呪力出力が大幅に上昇する。そしてその紅く燃える刀は、特級呪霊をも容易く切り刻む。
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「はっ!」気合一閃。呪霊の腕を、稲妻もろとも切り落とす。呪霊が言葉を発する隙もないほど、今度は素早く切り刻む。
「はぁ...はぁ」気づいたときには、すでに呪霊は跡形もなく消えていた。炎を消し、折れた刀を鞘に戻す。その役目を終えた刀に対する最後の敬意だ。
「藜…?」背後から聞こえた声に、ハッと振り向く。そこには、交流会を終えた京都校のメンバー…
そして、俺に声を掛けた禪院真衣は、引きつった顔をしていた。
「その術式…ウチのさぁ…」
「ッ!」咄嗟のことだった。しかし、俺は最悪の間違いを犯した。俺は逃げるようにその場を去った。交流会の結果も聞かずに。心配そうに見守る同級生、先輩を置いて。
その日以降、俺が呪術高専京都校の敷地を踏むことはなかった。
禪院淳彌 術式 炎赫刀 領域展開 なし