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四
「今日は随分と数が多いですね」
数刻前まで人間だった肉塊を段ボール箱に詰めながら、一人の青年が呟いた。
モスグリーンのシャツにクロスタイというシックな格好の上に白衣を羽織っている。髪は輝くような銀髪で、瞳は綺麗な青緑色だ。
彼は透灯怪銘、業者である。業者は作業員が解体した身体の一部や臓器を、クライアントの要望に合わせて袋詰めし、出荷する。クライアントと接することもあり、工場内で唯一副業が認められている彼らは、言うなれば工場の顔だ。
怪銘は表の世界では外科医をしている。彼に治せないものはないという天才的な医師なのだ。しかし彼の心はその名声だけでは留まらなかった。偶然見つけた闇サイトで違法な取り引きを目にし、自分も人知れず違法に臓器を売りたくなったのだった。勿論そんな自分を周りに見せる訳にはいかないので、秘密を知った人間はいつでも始末できるようにと医療器具を持ち歩いている。
「ふふ…僕の天職かもしれませんね、この仕事…」
怪銘は整った顔でにっこりと微笑む。そんな彼に背後から近づく者がいた。
「怪銘さんご機嫌ですね」
「わっ、霧ノ瀬さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
怪銘に声をかけたのは、同じく業者の霧ノ瀬結だった。長い前髪の下から二重のくっきりした瞳が覗いている。ほっそりした身体と色を吸い込むような黒髪が、彼女の静かな雰囲気を際立たせていた。
結は表の世界では図書館の司書をしている。いつも微笑んでいて怒らず、誰に対しても優しいが、どこか感情を忘れたようなところがあった。
「この仕事、そんなに好きなんですか?」
「そうですねぇ。僕は楽しいですよ。まあ工場以外の人間には、こんな一面知られたくないですけど。僕の本性知った人は全員始末しますよ。そりゃあね。秘密が世間に知れ渡れば、生活出来なくなるんで」
怪銘はこともなげにそう言った。結は華奢な首を傾げる。
「まぁ…貴方ほど有名な外科医となると、リスクも大きいですよね」
「霧ノ瀬さんは図書館の司書でしょう?どうしてこの仕事を?」
「この仕事を始めた理由ですか…退屈凌ぎというところでしょうか」
「成る程」
怪銘は楽しそうに微笑んで、段ボール箱の蓋を閉じた。結も手近にあった段ボール箱を引き寄せ、作業を始める。
暫く続いた沈黙を破ったのは、快活な女性の声だった。
「遅れましたー!お疲れ様でーす」
「西園寺さん」「お疲れ様です」
二人が顔を上げて挨拶する。やってきたのは彼らの同僚、西園寺柚色だった。
ベリーショートの黒髪にフード付きのパーカーを羽織り、ジーンズを模した半ズボンと黒タイツというラフな出で立ちの女性だ。
柚色は「ちょっとあっちの仕事が長引いてさ」と言いながら鞄を置いた。彼女は副業として殺し屋をしていた。犯罪組織の一員の、プロの殺し屋である。職業上、時間のゆとりや貯蓄などの観点から、闇社会の人間でもできる仕事を探していたところ、工場Uを見つけたそうだ。冷静だが情があり、後輩たちにもよく頼られる存在だった。
「柚色さんって確か殺し屋をなさっているんですよね。どんなことをするんですか?」
柔らかく微笑んだまま結が尋ねた。柚色はにっと笑って答える。
「基本殺しメインだけど、情報収集とかスパイみたいなこともするよ。意外と楽しいもんだ」
柚色は言いながらも慣れた手つきで臓器を掴み、袋に入れていく。怪銘も結も表情ひとつ変えず、臓器を袋に詰め、段ボール箱に入れ、テープを貼る。ひたすら繰り返す。
業者は工場の中でも、他と比べて独立した機関である。故に、郁衣たちのフロアとは、若干雰囲気の差があった。おぞましいことをしているにも関わらず、彼らはどこか和やかで、時間が緩やかに流れている。
談笑しながら、彼らは仕事を進めていった。