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いない君
感情とは何なのだろうか。
何を思えば、それは感情になるのだろうか。
梅雨の季節_。
今日も雨が降る。
全国的に雨だと天気予報がそう言う。
「今日もじめってんな〜!雨のせいでずぶ濡れだよ、もう最悪!」
隣でそう笑う友人は、当たり前に僕の傘に入ってくる。
広い傘ではないから、友人の肩は少し濡れている。
友人は、今日も朝からよく話しかけてくる。
天気や授業のような世間話、とは言っても僕が返事をしているわけでもないので、ただの一方通行だ。
話しかけに来る理由は分からない。
でも、授業までの時間はそれで埋まった。
授業が始まれば、友人は席につき、堂々と寝ていた。
今日もまた、先生に説教をされている友人は、見慣れた光景だった。
授業が終わり、帰る時間となると、気づかないうちに友人が横にいる。
そしてそのまま帰路につく。
帰るときも友人は話しかけてくる。
「なぁ、今日の数学の時さ、あの脳筋先生のネクタイ裏表が逆で、俺ほんとに笑いこらえてたんだ〜!まじ笑ったら先生ブチギレるだろうし。」
友人は僕の方をチラチラと見てくる。
「そうだね。」
僕はただ一言だけ返した。
すると友人は冗談混じりにこう言った。
「返事があるなんてめっずらしい!
今日なんか良いことでもあった?」
たったの1言なのだが、反応が大きい。
人からの返事なんてそこまで珍しい物でもないだろうに。
本当にこの友人はよく分からない。
僕らはそんな話をしながらそれぞれの家へ帰った。
月日が流れて、梅雨を過ぎ、外は暑く、蝉もよく鳴くようになった。
登校中の朝、友人はこんな話をした。
「なぁ、進路って決まってんの?
俺まだ決まんないんだよね。」
進路なんて雑に決めたから、特に覚えてなんていなかった。
「もう決まってるよ。」
友人はまじ?と言いながら足を止め、こちらを見て話す。
「んー、じゃあ俺は一緒のとこ行く!そうした方が楽しそうだし!」
そう言う友人の表情からは、本気か冗談か読み取れなかった。
まあ、冗談なのだろう。
進路の会話をしながら今日も学校に到着した。
だが、今日はいつもと違い、学校に遅刻した。
2人して先生に説教されたが、友人は先生の説教を聞いていないようだった。
僕も、先生の説教にどうも思わなかった。
その日、帰るときに友人は朝の話をした。
「今日の朝遅刻しちゃったじゃん?
俺、先生に説教された時さ、親友と一緒に怒られるなんて青春すぎ〜!とか思って、先生の話なんも聞いてなかったわ。」
僕はその話にただ耳を貸すだけだった。
そして、分かれ道についた。
僕はいつものように口を開く。
「また明日」
友人もいつもと同じように口を開く。
「うん、また明日!」
僕らはそれぞれの帰路につく。
カラスがいつもより鳴いている。
僕はそのまま、家に帰った。
家に帰ってきて数時間たった頃、母に急に呼ばれた。
遅刻の話かと思ってリビングへ降りると、母は神妙な面持ちをしていた。
母は僕を見るなり、言いづらそうに口を開いた。
「あんたと仲いい子、あの子…ね、さっき、亡くなったって…。」
僕は理解できなかった。
パニックになったり悲しくなったわけではなく、
そうなんだと他人事のように捉えた。
原因は交通事故だそうだ。
帰り道、トラックに跳ねられたらしい。
僕はこんな状況にどうも思わなかった。
けれど、その日から僕の日常がおかしくなった。
朝、登校していても、背中に飛びつかれることはなかった。
そして、学校につくと誰も話しかけてこないのだ。
話しかけるどころか、みんな遠くで笑っている。
「なあ、アイツぼっちだぞ。」
「確かに…。おい、お前話しかけてやれよ。」
「はぁ?やだよ。あいつ浮いてるじゃん。
俺も浮いたらどうすんだよ。」
普段なら気にもとめない言葉、いや聞こえなかったはずの言葉だ。
なぜ今は聞こえるのだろうか。
最初の授業が始まるまでが、いつもの何倍も長く感じた。
授業が始まれば、いつも説教されているはずの友人は説教されず、友人の席は空っぽだった。
授業が終わり横を見るが、そこには誰もいない。
帰り道は、世界から生物がいなくなっていたような気がするほど、何の声も聞こえなかった。
分かれ道で足を止めた。
もう、別れを言う相手もいないのだ。
僕は言葉にできない空白を抱えて家に帰った。
玄関には40代くらいの女性がいた。
友人の母と名乗るその女性は、僕に1冊のノートを渡してきた。
“ 会話ノート! “
そうでかでかと書かれたノートには友人の名前が書かれており、
ノートの中にはこれまで僕が返事をした会話や僕の会話の好みを予測した僕用のトークネタが記されていた。
“ 学校の話に興味あり!?
天気はあんまり反応なし…“
そんな大雑把に予測され、記された会話の好みを見て、僕の空白はもっと開いていった。
部屋に戻って、また会話ノートを見返す。
何度も、何度も見返した。
けれど、空白の正体は分からなかった。
だんだんと増していく空白を抱えた中、部屋を整理していると、集合写真が出てきた。
昔友人が買いすぎたとくれたものだ。
写真には、僕の横でポーズをとる、笑った友人がいた。
写真を持つ手が震えた。
呼吸が乱れて、胸部に強い痛みを感じた。
気づけば涙が溢れていた。
やっと分かった。
僕は今、悲しいんだ。
友人の明日を待っているんだ。
もう友人に明日はないのに。
この空白は寂しさなのか。
感情とは生まれ持った心だ。
心が揺れるほどの想いこそが感情だ。
僕は、もう話せない友人を思い出しては涙が出た。
もう聞けない声を思い出しては胸が痛んだ。
ずっと話さなかった後悔で過呼吸になった。
胸の痛みや過呼吸が治まっても、涙だけはうまく止まらなかった。
終わらない贖罪の中で最期に聴こえたのは、
もう記憶の中にしかいない友人の声だった。