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どうせ死のうとするなら
「…僕と付き合ってください!」
「…は?」
歩道橋の手すりの上、背中ごしにそう言われた。
「あっ…」
驚きのあまり、落っこちそうになった。
「ちょっと!死んじゃいますよ?」
後ろから大きな手が私の腕を掴む。
足元に素早く動いている車のランプの明かりを見るたび、心臓が壊れそうになる。
やっと死ぬ勇気が出てきたところだったのに…
「せめて返事くださいよ。付き合うのか付き合わないのか。」
知らない男は続けてそう言う。
「わかりませんよ…てかあなた誰なんですか…!」
「貴方に惚れた、ただの通りすがりですよ。」
変なのに邪魔された。
「とにかく私、急いでるんで…」
せっかく、今回は行けそうだったのに、なんでいつも私はこうなんだ…
「急いでるって、さっきまで手すりに立ってましたよね?」
言い訳をしても、男は生意気に返してくるばかりで腹が立つ。
「てか話しかけないでください、帰ります!」
「あぁっ、せめて連絡先だけでも!」
男は泣きつくように這いつくばっている。
またこっちが悪者みたいじゃないか。
「…交換しますけど、頻繁に連絡はよこさないでくださいよ…」
「あぁっ、ありがとうございます…!」
「とにかく立って。」
男は素直にすっと立ち上がった。
意外と背が高くて足が長いのが少し腹が立つ。
「へぇ、リサさんって言うんですねー。」
男の手元の光が男の顔を照らす。
変に整っていた。
タクヤか。
「やはり素敵な名前だ。貴方にピッタリ。」
「用が済んだなら離れてください。」
私は足早に男のもとを離れた。
「僕、貴方のこと絶対諦めませんからねー!」
…どうして私はいつもこうなるんだろう。
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「斎藤さん、リサ先輩が好きなんだってー。」
「はー、どうせリサのハニトラだよ。斎藤さんがあんな女簡単に好きになるわけないじゃん。」
「それもそうねー。」
休憩室の薄い壁から聞こえる声。
知らないよそんなこと、てか斎藤さん苦手なんだけど。
息が詰まりそうな喉を苦い汁で流し込む。
「てかリサ先輩さー、アヤコさんの陰口言ってたし。」
「まじ?最低。」
言ってないよ。ただの否定を拡大しないでよ。
帰りたい。早めに仕事片付けて定時で上がろう。
ピコン、と突然携帯の音が鳴る。
『リサさんこんにちは☀️今日はいい天気なのでお昼一緒にどうですか??おいしいお店見つけたので、一緒に行きたいです😋』
…タクヤだ。
なんだよその文。色が多くて気持ち悪い。
『忙しいので行けません。』
ピコン。『なら空いてる日教えてください!』
『今月いっぱいは予定があるので厳しいです。』
ピコン。『来月はどうですか?』
『来月も再来月も厳しいです。』
ピコン。『なら再来来月は?』
『そこまでくるとわかりません。』
しつこいなこいつ。
ブロックしようかな。
ピコン。『じゃ僕、リサさんの都合が合うまで待ちますね!🐕』
『一生待っていてください。』
…昨日会ったばかりなのに、どうしてこうも私ばかり。
「リサせんぱーい。恋人ですかー?」
最悪だ。後輩だ。
「違います、ただの友人で。」
「男女同士の友情はないんですよー?」
うといアピきつすぎ。絶対自慢だよね。
会社員にもなって、いじめられることは変わらないんだな。
「私ぃ、男の人と話すのってできなくてー。憧れますぅ。」
わざとらしい口調が脳裏を抉ってくる。
もう無視だ。無視。
仕事に集中しないと。
仕事に_____
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…9時。
周りは誰もいなくなって、私のデスクだけが明るく光っていた。
もう上がろう。
そして、今日で終わらせよう。
タイムカードを切って、昨日の場所へと行った。
歩道橋には誰もいなかった。
もちろん、あの男もいなかった。
やっと死ねる。
サラサラ綺麗に流れる光が、かがりびのように見える。
手すりを手に乗せ、立とうとした。
「リサさん!」
昨日と同じ声。
「…なんで。」
思わずそう呟いた。
「俺言いました!諦めないって…だから、死なないでください…!」
「なんでそこにいるの!?気持ち悪い、気持ち悪い…!」
早く逃げないと。
「リサさん!?」
人のいない方へと走った。
薄暗い街へ、寂れた商店街へ、誰もいない路地裏へ。
そして、山の麓まで。
「…リサさん!待って…!」
…でも、どうしてあの男はいるの?
「怖いです!もうやめてください…!」
「だって…!」
どうして私に執着するの?
「だって、今のリサさん、俺が目を離したら本当に死んじゃうじゃないですか…」
どうして泣いているの?
「俺、本当は通りすがりなんかじゃないんです、貴方のことをずっっと前から、知ってたんです。」
「…え?」
「覚えてますか…?中学の時、一緒だった…山野です。」
山野タクヤ。山野卓也。
確か、クラスメートにいた、人だったけ…
「…ずっと前から好きで、リサさんの住んでる近くを聞いて、会えないかなってずっとうろついてたんです。」
教室の隅で本を読んでいた人だった気がする。
「冴えない俺に優しくしてくれて、それで、好きになっちゃって…すみません、キモイっすよね…」
「…付き合いたいっていうのは、嫌がらせとかじゃないんですか。」
「…ぁ、えと、あれは咄嗟に出たっていうか、混乱したというか…ぁーもう、なんであんなこと…」
昨日と同じ人とは思えないほど、タクヤは優しくない声をしていた。
「…じゃあ、嘘じゃないんですよね。」
私はどうも騙されやすい。
「…えっ。」
疑っているつもりでも、最後には信じてしまう。
「嘘なら、連絡先も消さないとですよね。」
どうも私は生きづらい。
「嘘なわけないじゃないですか。…あんなに気持ち悪いこと言った手前、退けませんよ。」
どうして騙されやすいんだろうか。
「…僕と死ぬまで、一生そばにいてください。」
その時何故か、金木犀の香りがした。