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サプライズの代償 ―止まったままの時計―⓶
月
1,デートの誘い
「あかり、今週の日曜日、空いてる?」光(ひかる)くんからスマホに届いた短いメッセージ。それを見ただけで、私の心臓はトクンと小さく跳ねた。誤解がとけて、幼馴染(おさななじみ)から「恋人」という新しい関係になってから、初めてのお休みの日。うれしくて、すぐに「空いてるよ!どこか行く?」と返事をした。すると、すぐにまたメッセージが返ってきた。「あかりからもらった誕生日プレゼントの時計、あるだろ?あれ、止まっちゃったんだ。直しに行きたいから、一緒についてきてほしい」時計――。それは、あのすれ違いの事件が起きる前、私が光くんを喜ばせたくて、一生懸命(いっしょうけんめい)選んで贈ったものだった。あの日のあと、光くんは私の前で一度もその時計をつけてくれなかった。だから、もう捨てられてしまったかもしれないと、ずっと思っていたのだ。「まだ、持っててくれたんだ……」スマホの画面を見つめたまま、胸の奥がじんわりと温かくなる。「もちろん行く!一緒になおしに行こう」そう打ち込んで送信ボタンを押す。日曜日、どんな服を着ていこう。光くんはどんな顔をして待っているだろう。止まっていた私たちの時間が、またゆっくりと、でも確実に動き出そうとしていた。
2,デートの行き先は…
カランコロン、と澄んだ鈴の音が響く。光くんの後ろについて中に入ると、そこはまるで時間が止まったような、不思議な空間だった。壁にはたくさんの古時計が掛けられていて、コトコト、コトコトと、心地いい音を立てている。「いらっしゃい」奥の机から顔を上げたのは、白髪(しらが)に小さなメガネをかけた、優しそうなおじいちゃんだった。「すみません、この時計を直してほしくて」光くんがポケットから、あの時計を取り出してカウンターに置く。少し傷がついているけれど、大切に保管されていたことがわかる、私のあげた腕時計。おじいちゃんは時計を手に取ると、虫眼鏡(むしめがね)のようなものを目に当てて、じっくりと中を覗き込んだ。「ほう……。これはいい時計だ。持ち主がずっと大切に思っていたのがよく分かるよ」その言葉を聞いて、光くんが少し照れくさそうに、そっぽを向いた。その耳がほんのりと赤い。それを見た私の心臓も、またドキドキと大きく鳴り響く。「少し時間がかかるから、街でもぶらぶらしてきなさい。きれいに直しておいてあげるよ」おじいちゃんはそう言って、シワの刻まれた手で優しく微笑んだ。「じゃあ、あかり。ちょっと歩こうか」「うん!」お店を出ると、冬の終わりの少し冷たい風が吹いた。でも、不思議と寒くはなかった。光くんの手が、私の手にあたるかあたらないかの距離(きょり)にあって、歩くたびに心がポカポカと温かくなるのを感じていた。
3,待ち時間の街中デート
「……なんか、ちょっと緊張するな」時計屋さんを出て並んで歩き出すと、光くんがぽつりと言った。「え?何に?」私がのぞき込むと、光くんは慌てて目をそらした。「……だって、こういうの初めてだろ」確かに、幼馴染として一緒にいるのとは全然違う。隣を歩いているだけで、肩がぶつかりそうになるだけで、心臓がドキドキして壊れちゃいそうだ。「あ、光くん、見て!あそこのクレープ屋さん、新しい限定の味が出てるよ!」緊張をほぐしたくて、私はわざと大きな声で、近くのお店を指さした。「本当だ。あかり、いちごのやつ食べたいんだろ?半分こ、する?」「えっ、いいの!?」光くんが買ってくれたクレープを、公園の近くのベンチに座って2人で食べた。「おいしい!」「よかったな。あ、あかり、ほっぺにクリームついてる」「えっ、どこどこ?」慌てる私を見て、光くんはクスッと笑うと、指先で優しくクリームを取ってくれた。その指が少しだけ熱くて、私の顔はきっと、いちごよりも真っ赤になっていたと思う。それから、2人で小さなお店をのぞいたり、他愛のないおしゃべりをしたりした。特別な場所に行ったわけじゃないけれど、ただ一緒に歩いているだけで、世界がいつもよりキラキラして見えた。「そろそろ時間かな。おじいちゃんのところに戻ろう」光くんが優しく微笑む。「うん、そうだね!」私たちは、名残惜しい気持ちを抱えながら、もう一度あのレトロな時計屋さんへと歩き出した。
4,時計が止まった本当の理由…
「はい、お待たせ。元通り、元気に動き出したよ」時計屋さんに戻ると、おじいちゃんがピカピカになった時計を返してくれた。カチカチと規則正しい、力強い音が聞こえる。光くんはお礼を言って、大切そうにそれをポケットに仕舞った。帰り道、気がつくと私たちはあの公園へ向かって歩いていた。夕暮れのオレンジ色の光が、ベンチやブランコを優しく照らしている。あの日、すれ違っていた私たちがもう一度向き合った、大切な場所。ベンチに2人で腰を下ろしたとき、光くんがポケットから時計を取り出した。そして、私の目をまっすぐ見つめて、静かに口を開いた。「あかり。これ、実は電池が切れて止まったんじゃなかったんだ」「え……?」「あの日……あいつとあかりが内緒話をしてるのを見たあの日。ショックで、もうあかりの顔を見られないかもしれないって思ってさ。この時計を見るのも辛くて、自分でリューズを引っ張って、時間を止めたんだ」光くんは、少し困ったように笑った。「傷つくのが怖くて、引き出しの奥に隠してた。でも、捨てられなかった。あかりが俺のために一生懸命選んでくれたものだから」「光くん……」胸がいっぱいになって、声が震えそうになる。光くんもずっと、あの止まった時間の中で苦しんでいたんだ。光くんは直った時計を左腕にはめると、カチカチと音を立てる文字盤を愛おしそうに見つめた。そして、私の右手をそっと包み込むように握りしめる。光くんの手は、とても温かかった。「でも、もう時間は止めない。これからは一秒も無駄にしないで、あかりと一緒に、新しい時間を進めていくよ」夕暮れの公園に、優しい春の風が吹き抜ける。あの日、私たちの間で凍りついていた風は、もうどこにもない。カチカチ、カチカチ。光くんの腕で動き出した時計の音は、まるで私たちのこれからの幸せを祝ってくれているようだった。