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流行性ネコシャクシビールス
『ねねね、聞いたー?|野田《のだ》さん、 『ドラえもん』が好きなんだって!』
『ね、クールっぽくて意外だよね〜!』
聞こえてるのに、女子らはギャアギャア騒ぐ。耳にグサリグサリと突き刺さる甲高い声。数日前のことなのに忘れられない。
事の発端は、前に陽丸が来たこと。陽丸は、「玉季のとこ、『ドラえもん』がい〜っぱいあって、すっごいおしゃれなんだよね!」と言った。その1番はじめあたりのところだけが、うまい具合に切り取られ、言われ、今に至る。
馬鹿にした?何?馬鹿にしてないよね?
何も悪くない。好きなものを好きって言って何が悪い。ああいうやつは本当に嫌いだ。そのくせ、あいつらが好きなものを否定するかしたら、容赦なく敵に回す。
そう思いながら、『ドラえもん』を見る。ああ、やっぱりいい。流行ったのが前とはいえ、今も色褪せない面白さ。
リビングから離れ、部屋に入る。3度目の白い『四次元ポケット』。正確には、『四次元ポケット』《《らしきもの》》。
手を突っ込む。なんか、ガラスみたいだ。コルクもある。わたしは最早、この『四次元ポケット』をお告げのようにしていた。こうすれば、貴方は何かを考えるから。
出してみると、緑色の粉末だった。実験道具に近い。食塩やミョウバンの類だ。『流行性ネコシャクシビールス』だろうか?確か、この粉末を流行らせたいものを言いながら、風に乗せてばらまくと、あっという間に流行るんだっけ?
「やってみよっ」
こうすることで、『ドラえもん』ファンが増える。甲高い声の女子軍団も、きっとオロオロするだろう。え、なんで。野田さんに言ったばっかなのにぃ。そうなると、自然と少しにやりと口角が上がった。
「『ドラえもん』、『ドラえもん』」
翌日、風に乗って、黄緑はふわりふわりといってしまう。もう最早色は認知できなかった。
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「あ、野田さん!おはよ!ね、一昨日の『ドラえもん』見た?」
この間のことはなかったかのように、月曜日開口一番言ってきた。
「うん」
ああ、やっぱり。流行りは、人間関係、過去の関係もリセットして、都合のいいように改変されてしまう。はやりに乗るために、嘘をつく。彼女がいくら歴が浅いとはいえ、あまり知識は持ち合わせていないはずだ。
心のなかで、毒づいた。まあ、一日しか持たないのだが。