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ep.11 あなたは希望
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side 横田 達磨(よこた たつま)
一人の男性が気を乱したのをきっかけに、波紋はずんずんと広がった。今じゃろくに会話もできないくらいの音量で、狂いそうになりながら、、、いや、多分もう数人は気がふれてしまったのだろう、ともかく皆が皆手当たり次第に動き始めた。
「おい!! 邪魔だよお前ら!!!」
「やめて!押さないで!! 押さないでったら!!」
「嫌、嫌ぁぁ!」
「がはっ、ゔぅ、、、い、息が!助けてくれ!!」
ドアからとにかく離れようとする人々、それだけでは足らず階段をつまづきながら駆け上がる人々、、、
そして、あてずっぽうで目の前のドアになだれ込む人々。
押し合いへし合い、馬鹿みたいな騒ぎようだ。
人の流れに押されながらやっとのことでドアを開いて、周りにいる数人もろとも、暗闇に落ちてゆくのがほとんどだった。
僕はなんとか前方から抜け出して助かったけれど、あの中には逃げたい人だってきっと沢山いたんだろう。
自分が逃げたように感じて情けなくて、でも怖くて、、、周りがてんやわんやなのが相まってか、とんでもない気持ちになった。早くここから抜け出したい。一刻も早く。そうだ、ゲームマスター!どこにいるんだあいつは、そもそもこんなところに連れてこられたせいで僕らは大変な目に巻き込まれてるっていうのに。探さなければ。一刻も早く見つけて、それで、、、
「こ、こちらです!!」
正気を保った声が、りんと響く。
「このドア、通路が続いてます!」
見れば少女と男性が、左から数えて6番目のドアの向こうで必死に叫んでいた。
その声は広いフロアの隅々にまで、特に他のドアに躍起になっている人々には届かなかったけれど、近くにいた数人に、そのまた近くにいた数人に、、、と広がった。
それでも尚他のドアを開けてしまった人がいたのは心苦しくてたまらなかったけれど、僕を含め大勢の人がそのドアの向こうへ進む先を変えたみたいだ。
いや、狭い。何でこの通路だけこんなに進行方向に細長いんだ、、、? 人が2人横に並べば塞げてしまうくらいの横幅じゃないか。押されてけっつまづきそうになりながら、何とか前へ進んだ。
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side 御野々 宮司(みやの きゅうじ)
「あ、うぅ、、、やだ、、、やっ、、、」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。きっと|斎楽《せら》のものだろう。何かに抵抗しようとしている事だけははっきり分かる、、、だとしたらまずい!何か大変な事に巻き込まれているのだろう、早く助けてあげないと。小さな声がこの喧噪で聞こえるくらいなら、きっとすぐ近くにいる。近くに。
もう一度だって妹を失ったりしないんだ。
『にいちゃん、、、もうやめて。来ないでよ』
『馬鹿、大切な人が危ない時に見舞いに来ない兄ちゃんいるかよ。』
『それは言いすぎでしょ!? まぁありがとう、助かってるのいつも。自分以外の手のぬくもり、大切なものなんだなって気づけたんだし。』
『そんなこと言われたって何も出ないし、結局寂しいんじゃないか斎楽も。』
『、、、だからなの。だからもう来ないで。』
『は、、、?』
『つめたくなっていくあたしの手をね、もうにいちゃんに握らせたくないんだよ。にいちゃんのあったかさを感じるごとにね、あたしもにいちゃんも現実を突きつけられる。にいちゃんみたいなあったかい人には、あたしみたいなつめたい手、二度と触らせたくない。大切なものを、にいちゃんの手のぬくもりを、、、、、、この手で壊したくないんだよ』
『じゃあ、じゃあどうしろって言うんだ!?』
『う~んそうだなぁ、元気な頃のあたしの写真でも見といて』
『そんなの辛すぎるだろ!』
『ダメ? 元気なあたしの方がいいじゃん』
『今の事思い出してそれどころじゃなくなるだろ』
『そっかそっか、そういうタイプだもんね、、、ほんといい加減にしてよね、ははっ、、』
『は? 急になんだよ、、、?』
『、、、だったらさ、あたしの幻なんか、見ないでね。だって、、、、、、』
頭の中の斎楽は、そこで途切れた。ここから先は思い出さなくていい。今思い出していいものじゃない。とにかく探すんだ。今ここにいる斎楽を。
ああ、やっと見つかった。手遅れじゃなかった。ちゃんといる。その事に大きな安心が湧いて、情けないかな、涙が瞳に被った。
助けなければ意味がないのは分かっている。斎楽はどうしようもなくなった奴らに押されて、今にもドアのすぐ近くに来てしまいそうだ。
それでも懸命に、手を伸ばしていた。
何故だろうか、少しだけ不透明な気持ちが胸をかすめた。
いや、そんな事に気を取られている暇はない。
「おい!摑まれ!!」
ここにいる誰より狂った声で叫んだ。
「え、、、あぁ、ああ!はい!!」
、、、気づいてくれた。左手は数瞬宙を泳いだけれど、今しっかりオレの手と繋がる。
「こっち行くぞ!」
「はいっ!!」
ぎゅっと握られた左手は、恐ろしいほどに温かかった。
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side 流尾 契(はやお けい)
嗚呼、死ぬかと思った、、、。
一番近くにあったドアに慌てて飛び込んだのが、幸運だったなぁ。
みきさんは大丈夫だろうか?
視線を移して、はっと胸を打たれた。
みきさんの表情は、視線は、ここにいる誰よりも、僕なんかよりもずっとずっと、まっすぐ前を貫いている。瞳の奥には、恐怖を覚悟で封じ込める程の力強い光が宿っていた。
最初に彼女の声を聴いたときは、今にもへし折れてしまいそうだな、とすら思ったくらいだったから。隣にあるりんとした存在が不思議で堪らなくて、それでちょっと恥ずかしいけれど、グッドサインを送ってあげたい気持ちになった。
、、、まぁそんな余裕も、僕がそんな偉そうにできる権利もはなから無いのだけれど。
「契さん」
「ひぁいっ!?」
急に話しかけられたからか、気が緩んで変な声を出してしまった。
「、、、びっ、びっくりしました、、、こちらをニヤニヤしながら凝視されていたので」
不思議なことに、その声にはもう先程のような勇敢さはなかった。
こうしている間にも足は前へと進む。通路が長く続いているのを見るあたり、もうすぐ階段に着くのだろうか?
先頭に立っているのには責任が伴うし何しろ怖い。けれど、今の僕はここで足を進めることを楽しんでいるみたいで安心した。
もし、もし仮に僕らが脱出できたとしたら。
何をしようかな、、、取り敢えずビールが飲みたい。頑張ったんだから、ちょっと贅沢しても構わないよなぁ。クッションに寝転んでくつろぐだけで、今までの数倍いい日になりそうだ。
みきさんや他の人とも、もし機会があれば話したいな。その時は、こんな事があったね、ドキドキしたね、あの時はありがとう、なんて笑えるのだろうか。
そんな思いが、自分の中に無かった「脱出への希望」が、少しだけ芽生えているのを、どう捉えたらいいのかは分からなかった。
随分と歩いた気がする。見れば通路は突然終わっていて、突き当りには一つの白いドアがあった。「30」という数字が、小さく痛々しげに彫られている。
「契さん、、、」
みきさんがこちらを見て言った。何を伝えたいのかはもう分かっている。
「えぇ。進みましょうか」
ドアノブに手をかけて、ぐいと前に押す。さっきとは違って、手が少しだけ震えていた。
開けたカーペットのフロアが見える。何かで塞がれているけれど、階段も見える。嗚呼、今までの頑張りは無駄じゃなかったんだ。
ドアに目を移すと、彫られている数字は「29」に変わっていた。
--- 【生存人数 249/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:15:31 タイムオーバーまであと 13:44:29】 ---
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