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【曲パロ】アプリコット
原曲様 どうかこの子には幸せになってほしい……
https://m.youtube.com/watch?v=_uMDEIPgmFI
パジャミィ(関連作品曲パロ)
https://tanpen.net/novel/d56ab9db-dd66-4357-8bfb-2143d42abb16/
ゆりかごから墓場まで。私は幸せに生きられると思っていた。
例え辛いことがあっても、こっそり行きと帰りのリムジンでうたた寝すればいい。
夕暮れ、雨が降り撒き散らされる、キラキラとした素敵なかけらを眺めればいい。
そんな気持ちで私は、純粋無垢なままの切符を握りしめていた。
いつか、汚れることも知らずに。
私は俗に言う「いいところ」の出だった。
娘の私から見ても美男美女、そしてお金持ちな両親のもとに生まれたんだ。
だから、学校もお手伝いさんに送ってもらってたし、大学までそのまま通える私立の小学校に入れた。
友達もたくさんいた。
ある日は告白された。
「あの…僕、ずっと杏ちゃんのことが好きだったんだ…。付き合って、ほしい。」
クラスでもイケメンだと人気の子だった。
静かな理科室に、その子の声が響く。
「…っ!」
どうやら盗み聞きされていたようだ。
男の子はさっと理科室から飛び出た。代わりに友達が入ってくる。
「杏ちゃん、今告白された!?されたよね!?」
あはは、と笑いながら少し得意気な気持ちで答える。
「うん、されたよ」
ざわめき立つたくさんの友達。
「いいなぁ。ちょーかっこいいじゃない。」
「羨ましいーっ!」
体感温度が少し上がった廊下に、あんずの柔らかな香りがふわり、と流れてくる。
心地よかった。
「でも…お母様もお父様も、まだこどものうちは付き合っちゃダメだって言うから。断るしかないの。」
「そっか。残念だね。」
こればかりはしょうがないのだ。
お母様もお父様も、「私のため」を思って言ってくれてる。だから従わないと。
それでも、大人になったら。
大人になったら、私は好きな人と自由に付き合えるし、もっとたくさんのことが自由になる。
「早く大人になりたいなぁ。」
指先から頭まで。
大人になりたいという甘酸っぱくてときめく気持ちが巡っていく。
はやる気持ちをゆっくりあたためて、やがて来たる日を待ち望んだ。
確かに、幸せだった。
あの頃のかわいいかわいい思い出は、今も大切に宝箱の中にしまっている。
引き出しで飼っている。
…もう一度あたためることは、もう出来ないけれど。
私は数日後、告白されたことをお母様に伝えた。
「ねぇお母様、私今日告白されたの。○○くんに。」
お母様はこちらを少しも見つめないでこう言った。
「そうなの。でも、あなたはまだ子供だから。誰とも付き合っちゃダメよ?」
「…分かっています。」
お母様がこちらを見る。
「それより、この前のテストの結果は?」
ふうっと息を吐いて、吸って、話す。
指が震える。
「…90点、でし」
「ダメじゃないの。伝統ある家の娘として、学問もしっかりと修めないと。それなら尚更恋愛なんてくだらないものにうつつを抜かしていられないわね。」
興味を失ったかのようにふいと視線を逸らしたお母様は、ドアを開けて向こうに歩いていく。
…お母様もお父様も私を見ていない。
確かに、良い点をとった時は褒めてくれる。
けれど。
「私のため」「親なんだから」「この家に生まれたから」
全部全部、都合のいい言葉や態度を使って、私を動かそうとしているだけ。
笑顔も全部そうだ。
都合の良い…「大人」に育てようとしている、のかもしれない。
少女の抱いた、疑惑。
もう、無垢ではいられない。
目を閉じては、いられない。
お気に入りの手鏡に映る私は、少し輪郭が変わっていた。
私も両親も、気持ち悪かった。
系列の中学校に進学した。
背も伸びた。学力も上がった。運動神経も上がった。
私はより、「大人」に近づいたんだ。
だからなのかな。
私は嘘をつくようになった。
今日もこうしてこっそりと公園にいる。
お母様たちには「放課後の自習」と偽った。
遊具を触る。
「…昔、遊んだっけな。」
珍しく公園で遊ばせてくれるお手伝いさんだった。
普通は茶道や生け花のお稽古や、勉強をされられるのに。良くて本だ。
…まあ、今はバレて解雇されてしまったけど。
随分と小さくなった気がする。
「…違う。」
私が、大きくなったんだ。
急に、胸が詰まった気がした。胸焼けがした。
「…はぁっ、はぁっ」
夕焼けに照らされた公園の遊具の影が、笑っているような気がした。魔物が住んでいるような、恐ろしい感じ。
夕焼けの中、カラスが飛んでいる。
「…あしたも、晴れますように」
思っていたよりずっとずっと小さくて。
低い、声だった。
「っ…!」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「私はっ、大人になんてなりたくない…!」
空気は爛れている。私が成長するたび、痛みをもたらす。
あんなに気持ち悪くて冷たくて、手垢のついた大人になんて、なりたくない。
またあしたもいい天気になりますように。
また公園に来られますように。
また□□と遊べますように。
…ここはもう思い出せない。私はもう子供ではないから。
綺麗な思い出は綺麗なままで。
かわいいかわいい思い出が詰まった宝箱にこれ以上、汚いものをつけたくない。
もう、無垢ではない。
目を閉じていない。
前髪が崩れたのでお気に入りの手鏡で直そうとした。
そこに映る私は、また輪郭が変わっていた。
どこかで、見た顔だと思った。
また□□に会いたくなった。
高校生になった。数年経った。
クラスメイトから俗にいう友達へと変わった子がいた。
私は何も出来ない。何もかもできるけど、何も出来ないんだ。
やること全てが、「大人」になるためのもので。
私が私で無くなっていくような気がした。
自分の部屋に入る。
変わってしまった。
前は確かにあったはずのふわふわのクッションはいつのまにかない。
いつも付けていたお気に入りのリボン。旅先で買ったリボン。もうあれも…外した。
外すことを余儀なくされた。
「子供っぽい」そうだ。私はもう子供っぽくいてはいけないのだ。私は「大人らしく」振る舞わないといけないのだ。
気づいたら1つにまとめるようになっていた髪。ゴムを外して、しばり直そうとした。
あの手鏡をこっそりと取り出した。
もうこれも、見られてはいけない。
見られたら。
…考えたくなかった。
…どこかで見た顔。
あの頃はまだ違っていた。でも、今は。
これは。この顔は。
お母様の顔。大人の顔。
とてもとても、美しかった。
でも。とてもとても、醜かった。
「…気持ち悪い」
決壊した気持ちは、呆気なく暴走して___
バリン。
思いっきり床に叩きつけた。
割れた。割った。
「うああああっ!!」
破片を投げ捨てる。
こびりついた汚れはもう取れない。
目の奥から離れない。
お気に入りの手鏡は何も映さない。
地獄に堕ちろ。お母様も、お父様も、お手伝いも、勝手に決められてまだ顔も見たこともない結婚相手も。その親も。
私も。
窓を開けて、破片を投げ捨てようとして…。
見えた。風船が見えた。杏色の風船。
いつかあの、夢の部屋で□□と遊んだ時の風船。
「ごめんね」
お気に入りの絵本に出てきた、白い肌と綺麗な髪と夜の色をした、美しい妖精。
クラスメイトとは少し違った、親友。
「ごめんね。子供のまま立ち止まってごめんね。あなたと一緒に歩いていけなくてごめんね。」
「時間かせぎしかできなくて、ごめんね」
足元から崩れ落ちた。
「パジャ、ミィ…?」
そうか。あれはまだ夜が怖かったときのことだ。「頼りになる大好きな」大人が誰もそばにいなくて。寂しかったあのとき。
突然出会った。パジャミィと。
「こんばんは!私、パジャマの妖精。」
「…あの、絵本のパジャマちゃん!?」
「…うん、あの絵本の、だよ?パジャマちゃんだと可愛くないから…もっと素敵な名前をつけてほしいな?」
「えーっと、じゃあ…ぱじゃみぃ!」
思いつきだった。
それでもパジャミィはにっこり笑って、本当に嬉しそうにした。
お母様ともお父様とも違う、真の笑顔。
「パジャミィ?パジャミィね!ふふふ、素敵。私、気に入っちゃった!ねぇ、遊びましょう?私はつみきがしたいな…杏ちゃんも?じゃあ遊びましょう!」
「…パジャミィは何で私の名前を知ってるの?」
「何で名前を知っているかって?それは秘密!」
くすりと笑った彼女は、私よりもずっとずっと、素敵な女の子だった。
明るくて、優しくて、チャーミングで。
本当に絵本の世界から飛び出してきたような、そんな女の子。
大好きな、ともだち。
私のともだち。
何で忘れていたんだろうか。いや、私は忘れようとしていたのかもしれない。
私はいつの日か、あの子とお別れになってしまった。
いつも通り、という顔をしていたけれど、本当は分かっていた。
私たちがお別れなことを、あの日気づいていた。
私はパジャミィと会えなくなったことに、大人にならなくてはいけないことに、絶望して、そして。
あの子を封印した。
私の勝手な気持ちで、パジャミィとの記憶を無かったことにした。
パジャミィは、私に寄り添ってくれていたのに。
私は、私は。
「本当の気持ちは誰にも言えない」って。馬鹿なことを考えて、パジャミィを苦しめた。
「もう言わないで。ごめんねってもう言わないで…!」
頭の中であたたかい思い出が映し出される。
痛みが引いていく。
私の心の中にはゴミがたくさん入ってしまった。
もう私は私を大好きとは言えない。そうよ。
でも。
まだ濁っているだけ。
綺麗な部分も、少しだけある。
パジャミィとの、秘密基地での記憶。
パジャミィは、私の心が大人になる前に、|忘れ物《きおく》を届けてくれた。
かけらを拾った。もう一度手鏡にはめ込んだ。
そして、机の上に置いた。
窓には変わってしまった私が映っている。
姿勢を正す。
やがて私は完全に大人になってしまうかもしれない。
その日まで、私は子供でいる。大人だけど、子供。
パジャミィみたいに、子供に寄り添えるように。
大人になってしまうその日から逃げて逃げて、いつか大人を愛せるように。成長を愛せるように。
乙女ははにかんだ。優しくはにかんだ。子供と大人の中間点で、苦しみながらも、微笑んだ。
いつか夕暮れの雨をまた綺麗と思えるようになる。ちょっとしたうたた寝を楽しみにできる。
ふわりと漂う杏の香りを胸いっぱいに吸い込んで、私は部屋を出た。
杏の花言葉:疑惑、乙女のはにかみ
https://m.youtube.com/watch?v=_uMDEIPgmFI
アプリコット
https://m.youtube.com/watch?v=aBZqxfnvaVA
パジャミィ
本家曲リンクです。