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奇病患者が送る一ヶ月 八日目
「菱沼、包帯変えてくんねー?」
「自分で出来ないんすか…?」
「頭に巻くのは、一人じゃ難しいんだよ。」
「やったげなよー。可哀想でしょー?」
「本当だよー、俺可哀想ー。」
「一ミクロンも思ってないっすよね。ハァ…、分かったっすよ…。」
菱沼はそう言うと、俺の頭に巻かれた包帯を慣れた手つきで変え始めた。
「お前も慣れたよなー。昔はミイラにされるのかってぐらい酷かったのに。」
「お互い様っすよ。」
彼は鼻で笑い、サージカルテープで頭に巻かれた包帯を止める。
おぉ…結構速かったな…。過去一速かったんじゃね。
思うだけで口にはせず、いつも通り薬指の指輪に触れようとした。
その時、違和感を覚えてしまう。
「…あれ?なぁ、俺の指輪知らね?」
「指輪ー?私知らないよ?…え、指輪?」
「ジブンも知らないっす。………指輪⁉」
「何だお前ら…、何か言いたげな顔しやがって…。」
「院長って、既婚者だったっけ…?」
「独身だよ。」
チクリと刺さる言葉に、つい頬を膨らませてしまう。
こいつ、絶対分かってる癖に聞きやがって…。
「ならなんで指輪なんて持ってるんすか…。」
「ファッションだよッ‼‼」
俺は耳まで赤い血がのぼるのを感じ、
その上、こんな事でムキになる俺が情けなくも感じてしまう。
「にしても指輪、どこに置いたっけなぁ…。」
これ以上恥ずかしくなるのは勘弁だから、
どうにかして話を逸らす。ついでに目も逸らす。
「ファッションッッ…!~~ッ‼」
「おい、菱沼。それ以上笑うな。ラムネ燃やすぞ。」
「え、やめてっす。」
「ラムネって燃えるの…?」
「あぁー…、仕方ねぇ。俺今から指輪探してくる。」
俺は乱暴に頭をかくと、二人は若干鼻で笑いながら口を開いた。
「いってらっす。指輪売ってるとこ探しておくっすね。」
「泣いて帰ってきても私慰めないからねー。」
「なんで見つからない前提なんだよ…。」
今日は、たしか別館三階と別館一階のキッチン。
あと別館二階の廊下だけ通ったな。
もしかしたらその辺りにあるかもしれない。
順番に回って探そう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは別館の三階。ここは俺達医者の部屋となっている。
西方向の三つの部屋の扉は、手前から菱沼、シエル、黶伊。
北方向の二つの部屋の扉は、手前から俺、……空き部屋だ。
まぁ、誰かの部屋に俺の指輪がある事はないだろうし、
俺の部屋だけ確認でいいか。
…せっかくだ、皆の部屋も見て回ろうか!
あいつら、ちゃんと整理整頓してるかなー?
俺はそんな事を思いながら、まず菱沼の部屋のドアノブに手をかける。
いざ、オープン‼
あぁ…普通の部屋、以外の感想がないな…。
一人暮らしって感じがする部屋。ワンルームだから一層そう思う。
何か面白いものねぇのかよぉ…。
俺はタンスの中や、机の下、それにベッドの下も見たが、特に何もない。
「あるのはフエラムネぐらいか…。」
段ボールの中にあるおびただしい数のラムネには、それ以上手を付けず、
俺は菱沼の部屋を出た。
次はシエルの部屋だ!
…じょ、女性の部屋に入るのは、気が引けるな…。
やめておくか…?
いや、…んー…、いや、いや…、いや、…いいや入ろう!
なんかヤバそうだったら、見なかった事にしたらいい‼
よっし、んじゃあ|オニヴァァ《レッツゴォ》!
おぉぉぉぉーー‼シャレオツーー!
オッッシャンティーっだなぁー‼
え、これ本当に菱沼の部屋と同じ広さなのかよ。
この部屋だけ増築でもされてんのか?
なんか、こういうのって海外の部屋をモデルにしてるのかな…?
部屋のセンスは、俺無いから…、よく分かんねぇけど……。
アッ………。クローゼットには触れないでおこう…。
いい部屋だった!
俺はそのままシエルの部屋を後にして、黶伊の部屋に向かった。
なんだかんだ言って、黶伊の部屋ってどんな感じだろう…。
これでアイドルとかのグッズがあったら、ギャップ萌えってヤツだな‼
…ギャップ萌えって、そもそもなんだっけ…?
まぁ、いいや!どーーん‼
黶伊の部屋は、ベッド以外には何も置いていない。
うわぁぁ……、言っちゃわりぃんだけど部屋が死んでる…。
殺し屋の部屋かよ…、あ、殺し屋だったか…。
確か、十二歳まで殺し屋だったっけ?
スゲェよなぁ…、殺し屋とか本当にいたんだ、ってあん時心底思った。
グッズは、探すまでもなくねぇな。絶対ない。
…ベッド以外本当に何も置いてねぇもんこの部屋。
微かに俺はため息をついて黶伊の部屋を出た。
まぁいいか、とりあえず指輪を探そう。
俺の目的は指輪だろ。何期待してんだ俺。
俺はそのまま自分の部屋に向かった。
一瞬、開ける事をためらったが、どうしようもなく戸を開く。
自分の部屋は、俺が一番分かっているはずなのに、
俺はどこかで自分の部屋と思っていない。
この配置も、デザインも、自分じゃない誰かのものにも見える。
俺の部屋にはベッドは無く、
確か幼い頃使っていた勉強机と無数の本棚しか無かった。
本棚には、医学書や学生の頃にとった賞等が飾っていて、
俺の趣味で集めたものは一つも無かった。
娯楽になるようなものはなく、あるはずの窓も本棚で隠されていて見えない。
淡々と部屋の中で指輪を探すも、当然と言っていいのか、
指輪らしきものは見つからなかった。
それにしても…、埃っぽいな…。
基本この部屋に来ることはないから気にならなかったけど、
何年も掃除していなかったから、近いうちに掃除しないとな…。
…いや、もういいか…。どうせ、来ることはもうないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次は…、別館一階のキッチン。
ここの下の階に姫がいる。それで上の階が患者の部屋だ。
正直言って、ここに来ることは飯の時しかないけど、
飯作る時に指輪を外したかもしんねぇから、ちゃんと探そう。
んーー…、無い。シンクも食器棚もゴミ箱の中だって見たのに無い。
本当、どこやったんだろ…。
別にあの指輪に思い入れがある訳じゃないんだけど…、
でも大切なものというか…、なんというか…。
だって、貰い物なんだから、大切にしたい。
…そういやあいつ元気にしてるかな…。
昔、俺の誕生日にあの指輪買ってくれたんだっけ。
しかも右手の薬指に付けろ付けろってうるさかったから付けてたけど、
なんでかずっと忘れてたな…。
もしかしたらあいつのお陰で、俺は医者になれたのかもしんねぇのに。
今度会いに行こうか…いや、流石に迷惑だろう。
連絡先を交換している訳でも、あれから会ったこともない。
学生の頃の友達、として全てが終わっている。
異性だからといって、特別何かを互いに思っていた訳でもない。
互いに、きっと何も思っていなかった。
多分あいつは今頃結婚でもして、幸せな家庭を築いている事だろう。
お節介だったけど、他人を大切に出来る良い人だったから。
右手の薬指の指輪は、『現実』を意味する。
言わば、夢が叶うみたいなものだ。
そして、『心の安定』も意味している。
俺がこの仕事に就けたのも、続けているのも、きっとあの指輪のお陰。
だからこそ、大切なものだった。
こう考えてみたら、十分思い入れは合ったんじゃないかって思う。
…思い出に浸っている暇はない。
今日も仕事はあるんだから、早く見つけよう。
あまり時間をかけたら、見つけるのが難しくなるかもしれない。
俺はそれ以上の思考を止め、二階への階段を上った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは、さっきも言った通り患者の部屋だ。
現在の患者数は医者を抜いて十二人。
年齢的に綝を医者とカウントしていいかは微妙だが、
今回は省いておいた。
ちなみに、綝の部屋はここの階。
医者では綝だけが患者と同じ階で、これまた少し不服そうだったが、
より患者と近い立場でいれるため、
仲良くなれるかもしれないと当時は張り切っていた。
とはいえ、そう簡単にはいかず、あまり関係は良好ではないそうだ。
だが最近は女子会があった事もあり、ある程度距離は近くなったらしい。
綝と歳が近い子は少ないし、いたとしても交友関係をあまり好まない。
まさか女子会をきっかけにするとは思っていなかったが、
これを機に翠や莉華と仲良くなってほしい。
…晃とは、最近恋バナをするようになったと言っていた。
なんというか…、うん、良かったな。
気を取り直して、さっさと指輪を探そう。
今日はまだ患者達の部屋に入っていないから、
部屋の中にあることはないだろう。
だが念のため、患者に聞いて回ろう。
何か手がかりが得られるかもしれない。
「お!丁度良い所に春日居さん!」
ふと目の前に、生まれたての小鹿のように足をプルプルさせた
春日居さんが見え、俺は声をかける。
ん…?なんで立ってんだ…?
「や、やぁ…!悪いが少し手伝ってくれないか?
良ければ肩を貸してくれると嬉しいんだが…。」
「…車椅子は?」
「せっかくだし久しぶりに歩いてみようと思ってね。
くるあ椅子?だったかな、あれは部屋の中さ!」
ありえないほどのドヤ顔を見せる春日居さん。
お前はどういう気持ちでその顔をしてるんだ?
あと、くるあ椅子ってなんだ。…え?車、車って言いづらいのか?
「車椅子で部屋を出てから、廊下で立つ練習するじゃ駄目だったのか?」
「…確かにそれが良かったかもしれないね‼」
俺がひきつった顔で笑うと、春日居さんは一度考える素振りを見せてから言った。
輝かしい笑顔に腹が立つ。なんだこいつ。
四年過ごしてもこいつの考えていることが分からねぇ……。
俺でも流石に頭を抱えるが、放っておく訳にもいかないため、肩を貸してやる。
「ハハハ、すまないね。」
「一生懸命にやってんのはいいけどさぁ…、無理しない程度じゃねえと…。
怪我したら意味ねぇだろ?」
「怪我をしてる人に言われても、何も思わないかな…。
ところで『いっしょおけんめえ』って何だい?
聞いたことある気はするんだが……いや、無いね。知らないや。」
「…。」
何も言えない…。
一生懸命の意味は置いといて、
確かに怪我人が怪我するな、なんて言っても…うん、そこは認めよう。
ただ会話することもなく、俺は春日居さんを彼の部屋まで連れていく。
「あ、俺の指輪見てない?」
ふと思い出し、訊ねると、
「…指輪?君がよく薬指にはめてるアレの事かい?」
春日居さんは、俺が彼の質問を無視した事には気にも留めず、
言ってくれる。
「そうそう。あの、銀色のキラキラした奴。」
俺が記憶を指でなぞるように言うと、
彼も顎に指をあて、また考える素振りを見せた。
「そういえば、久我…晃だったかな。
その人が指輪のようなもの、持っていた気がするよ。」
「本当か⁉んー…、俺が落とした後に拾ってくれたのかな…?」
「まぁそんなとこだよね。うん、自分にはよくわからないけど。」
「そう言われると心配だけど…、俺は晃を探してくるよ。」
淀んだ牛乳色の素肌をした春日居さんは、微笑が口角に浮かべながら、
俺に軽く手を振ってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
晃を探して、早一時間。
…こういう時に限って、まるで見つからない。
あぁぁぁぁぁぁ…、駄目だ…。疲れた。
その時、どたどたと、慌ただしい足音が聞こえ、思わず顔を上げる。
「うおぉぉぉぉ⁉ちょッ、待っ‼‼」
目の前には、ただ何かが突っ込んでくるだけが分かって、
そのまま俺はその何かにぶつかった。
「いったたた…。」
床に頭、当たんなくて良かった…。
そんな吞気なことを考えながら、起き上がる。
俺の腹に乗るサラサラとした長めの黒髪。
小柄な体系。可愛らしいフリフリとした服。
それを見た瞬間、それが誰かを瞬時に理解した。
「あ、晃⁉大丈夫か?」
俺がそう声をかけると、彼は慌てて起き上がった。
この間は夜だったから、あまり見えなかったが、
口に付けてある黒色の防音マイクがよく目立つ。
『センセー‼どおしたの?🤔』
「え、あー…、えと、聞きたいことがあんだけど…いい?」
『あ!その前に、これ見て~‼』
彼はそう言うと、見覚えのある指輪を左手の薬指にはめた手を見せてきた。
多分指輪と言えば左手薬指っていうイメージがあったんだろうけど…、
いや、自覚は無いんだ。晃はきっと意味なんて知らない。
俺も気にしない。よし、気にしない。
「…その、…それ俺のなんだけど…。」
『えっ⁉そうなの⁉😲』
驚いたように目を丸くして彼が言う。
「どこで拾ったんだ?」
『階段の近くに落ちてたよ‼』
「…そっか。拾ってくれてありがとうな。
でも落し物はちゃんと俺達に預けるように言ったろ?」
『ごめんなさい…😞』
彼は申し訳なさそうに眉を八の字にしていた。
ざ、罪悪感が凄い…。
俺はまた自分の頭をガシガシと掻いて、若干困ったが、
俺が彼を子猫を撫でるように優しく触れると、
晃は頭を一撫でされて、気持ちよさそうに目を細めた。
こういう顔を見ると、一層申し訳なく感じる…。
「…しばらく貸してやるよ。」
俺はやっと立ち上がり、振り返らずに医務室に向かった。
一瞬ぱぁっと明るい顔を晃は見えた気がする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま。」
「おかえりっす。見つからなかったみたいっすね!」
「おお~。」
菱沼とシエルは、嬉しそうに立ち上がった。
なんでこいつらは嬉しそうなんだよ…。
「…ほら、見ろよあれ。」
俺は二人を無視して、ベランダを開けて裏庭を眺める。
俺の言う通り、二人もベランダに出てきた。
裏庭にあるブランコに、晃と冬華は腰かけていた。
「あの二人何してるんっすか?」
「うーん…、愛の告白?」
「は?ごめん、何言ってるの?」
シエルは辛辣に返してくる。そう言うのも、無理はねぇか。
「…俺らには見守ることしか出来ねぇよ。」
外が綺麗だ。風が吹く。
俺の指輪も、いい仕事をしてるもんだ。
あのまま貸しててもいいか、なんて思ってしまう。
それじゃあ駄目なんだけど。
変えないといけない。終止符を打たなければいけない。
今のまま、変化がない暮らしを続けられない。
「皆、幸せになれたらいいのにな……。」
俺の独り言は風に流され、誰にも拾われず消えた。
████まで、
あと22日。
誤字脱字はご割愛。
クオリティもご割愛。
晃君と冬華ちゃん、いいね…。
恋愛って正直難しいんだけど、見ててニコニコしちゃう。
あと、つむぎさんには許可すら取ってなかったので、ここで謝ります。
本当にすみません。晃君となんか勝手に…ね。
相談の一つや二つすればいいものを、何も言わずに決めちゃってすみません。
何かと自分は相談せずに話を決めてしまう。
…次回もよろしゅうございます。
いつになるか分からんけど()