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深夜テンションの産物
なにを書きたかったのか、わたしにもわかりません。それっぽい解釈してクレメンス
「駿河先輩、祈りと願いの違い、知ってます?」
____
忍野扇という子について。忍野扇は忍野扇で、
忍野扇以外の何者でもない。いつか、阿良々木
先輩はそんな風に答えていたと思う。では、
阿良々木先輩はそう答えたのなら、私はどう
答えるのだろう。自分で作った問題だけれど、
自分でもわからない。というよりも、あの忍野扇という人物がわからない。いつ出会ったのかすら明白になっていないし、あの子が、どんな人
なのかも薄れていて、ふわふわとした感覚で、
しっかりと記憶できていない。それでも忍野扇
という人物を認識しているのは、会ってしまう
からだろうか。それとも、私の頭が、私の意志とは別で覚えているからなのだろうか。
忍野扇自身に、忍野扇を説明せよと問うても、
「僕は僕ですよ」なんて答えてるのだろう。それも知ってるような、知らないような気がする。
黒くて黒くて、黒い。それだけは確かに知って
いて、それ以外はよく覚えていない。
不思議な子だ。えーっと、そもそもなんの話をしようとしていたのだっけ?あぁそうだ。忍野扇が
どれだけ黒いのか、という話だった。
多分、そんな感じがする。
_______
「祈ると願うの違い…って、また突拍子も無い事を言うな、扇くん」
「はっはー。突拍子も無い事を言うのが僕の仕事ですからね。で、どうなんです?知ってるんですかー?」
ニヤニヤと少々不気味な笑みを浮かべながら
自転車を漕ぐ扇くんに、ちらりと視線を移す。
私立直江津高校の制服に身を包み、悠々と自転車に乗りながら鼻歌を小さく歌っている。
私は自転車に乗れない為、心の隅で小さく尊敬
しているのだが、やはりなんというか、扇くん
だからか、素直に認められない、尊敬しきれない気持ちがある。というかこの子の仕事、以前は別のものじゃなかったか?しかしそんな疑問も私には訂正することが出来ない。以前の忍野扇の記憶は、いかんせん不明瞭だからだ。
「んー……同じじゃないのか?こう、なんかさ」
「なんかって言われても、駿河先輩にとっての
なんかなんか分からないんですけど…語彙力
無いですね、本当に。皆無です」
少し顔を呆れたように変えて、またいつもの顔に戻してペダルを漕ぐ。扇くんはふうと一息ついた後、黙ってしまった。いつもはよく喋っていた
ような気がするが、この記憶さえも正しいか
分からない。
「………えっ?おい扇くん、君から話を振って
おいて、無視は無いだろう?口を開け言葉を
発しろ!自分で切り出したんだろ?!」
「あーあーあー。聞こえてますから怒鳴らないでくださいってば。駿河先輩の声ってよく通るから怒鳴ると煩いんですよ。ちっちゃい子泣いちゃうんじゃないですか?ドナルドを見た時みたいに」
耳を塞ぎながら、扇くんはようやく口を開いた。
ドナルドって、あの某ネズミの国にいるアヒル(アヒルだったかな…?)だよな?なんなら愛されて無いか?小さい子からも、大人からも。
「えー、駿河先輩あのドナルド知らないで生きてきたんだ、わー、ショックだなー。尊敬し敬愛
してやまないあの駿河先輩が、無知だなんて」
無知とは言い過ぎな気もするが、まぁ知らなかったのだから言われてもしょうがない。
ドナルドダックではないと言うのなら、なんの
ドナルドなのか気になるところではあるが、
飲み込んでおく。
「むちむちのむちだなんて」
「おい漢字にしろ!それだとエロく見えちゃう
だろ!」
扇くんはきょとんとした顔で、
「エロくなって嬉しくないんですか?あんなに
エロ売りしてたくせに?神原駿河、阿良々木先輩のエロ奴隷だ、なんて言っていたくせに?
副音声で、何かいいことあったらエロ、とか
叫んでたくせにぃ?」
と先輩への尊敬が微塵も感じられない文を発した。本当に尊敬しているのか?忍野扇は神原駿河のファンだと、一番のファンだと自称していた
覚えがあるが、本当にファンか?この子。
というか私そんなエロエロ言っていたのか?客観的にこうして聞けば気の触れた人みたいだが…。
「ファンかファンじゃないかはともかく。
駿河先輩、祈ると願うの違いはですね」
自分の為か、人の為かです
………エロエロ言っていたところは、
ともかいてくれないんだな…。
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「…ふーん…で、それがどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもありませんよ?
ただ僕は、思いついた事をつらつらと先輩へ文を書くかのように語り掛けているのみですから」
と発したところで扇くんはまた言葉を
閉じた。というよりも言おうとして、飲み込んだという方が近い。扇くんは文を書くかのように
と言ったが、それに肖るなら、筆を止めていた。
その止まった筆の先は、なんとなくわかりそうで分からなかった。知りたくないというのに
近いのかもしれない。
猿の手。私は猿に願った。ただ、それだけというには余りにも愚かで、馬鹿な選択だった。
私は不意に自分の左手に視線を向けた。
そこに意志は無かった気がする。今はもう包帯のないそれは、毛むくじゃらの、獣の手なんかではなく。人の形の、正真正銘人の手に戻っていた。
歯を食いしばった。顎がカチ割れそうな程。
なんでそんなことをしたんだと聞かれても、私に私が分かるわけがないのだが。分かっていれば、願うことなんてしなかった。今もあの時も。
「おやおや、そんなに歯を食いしばったら、
歯並びが悪くなっちゃいますよ〜?」
そんな私の心境を知ってか知らずか、戯けた風に扇くんは言う。剽軽な態度を取って。そこには
何処か、忍野さんの面影を感じた。
その面影が、今は耐え難かった。
「僕が変なこと言っちゃったせいですかね?祈ると願うの違い、なんて教えちゃったせいで。
まぁ誰も駿河先輩を責めはしませんよ。それは
過ぎた事です。あなたが、自分の欲のため
だけに、猿の手に祈らず願ってしまったという
のは、それはそれは愚かな事ですけれど、でも
その選択が全て間違いだったわけでは無かった
でしょう?いつでしたっけね?僕、言ったと
思いますけど、たった一度の過ちも許されない
のなら、人生は窮屈過ぎますからね。駿河先輩は、その過ちが大きかったというだけです。
大きいばかりに、正しい道にも影響も与えましたけれども」
扇くんは、止まる事を知らずに、どんどんと勢いを増しながら喋り続ける。
「猿の手のおかげって事も、割とあったんじゃないですか?猿の手に願って、阿良々木先輩を
ぶちのめしまくって、それで戦場ヶ原先輩と話をつけることができたんですから。まぁ、その心
までキッパリけじめをつけれたかどうかは、僕には分かりようのないところですがね。他に、
猿の手のおかげで、沼地さんと再会できたの
でしょう?沼地さんと、向き合えたんでしょう?阿良々木先輩の言葉を借りるなら、あなたは青春をしたんでしょう?なら、よかったんじゃない
ですか?猿の手に願ってしまったせいで、
あなたはバスケットボール選手という未来を
閉ざされましたけれど、その代わりに人間として成長したんですから。猿の手の事は、包帯と一緒に忘れ捨ててしまってもいいんじゃないですか?
あなたはもう十分、向き合ったと思いますよ」
扇くんは甘いようで甘くない言葉を投げ掛け
続けてくる。私しか知らないはずの言葉も、聞いていたみたいに投げ掛けてくる。蟻を踏み殺す
幼子のように、分からないフリをして。
「大丈夫ですって。猿の手がなければ神原駿河
では無いわけではないでしょう?あなたは、猿の手に、祈るのではなく、願った。それだけです。それ以上もそれ以下もありません。あなたは、
猿の手に願ったその代償を、背負い続けるべきでは無いんです。叔父さんも言っていたでしょう?20歳で猿の手自体は消えるんだと。予定よりも随分早く消えていますけど、それはそれ。
もうあの悪魔の、猿の手によって誰かに害なす
存在にはならないんです。阿良々木先輩のように誰かをぶちのめさなくて済んでいるんです。
もう全てを過去の事にして、やんちゃだった頃の思い出にしてしまいましょうよ?」
「それじゃ、だめなんだよ」
扇くんの言葉を聞き続けて、ようやく声を絞り
上げた。扇くんは目をすっと細めて、自転車の
ハンドルに手をついて、顎を置いていた。依然
タイヤはクルクルと回っているままで、危険
極まりない姿勢を取っていたが、それを咎める
ような気は無い。
「それじゃだめ、とは?もう忘れてしまっても
いいのでは?過去のことにして、流しても」
「流しちゃあ、駄目なんだよ」
そうしてしまったら。
私の、私が犯した罪を。罰を。愚かさを。
無かったことにすることになる。
私が願って。自分の為だけに願って、そのせいで
阿良々木先輩を何度も襲撃した事も、自分が
寝ている間に罪を犯していないかを確認した事もまともに寝る事もできなかった事も、戦場ヶ原
先輩の事を、引きずっている事も、沼地と戦った事も、全部無かったことにすることになる。
目を逸らしただけじゃ、
逃げたことにはならない。沼地なら時間が経てばそれも忘れて解決するさ、なんて言いそう
だけど、これは時間じゃどうしようもない。
どうしようも、出来たらダメなものだ。私が、
私足り得る為に必要な事で、一生背負わなくちゃいけないものなんだ。
_______
「へぇ。まぁ駿河先輩がそうするというので
あれば、従順な後輩としては従いますけど」
扇くんは多少不服そうな顔を浮かべて、こちらに向いていた顔を真正面に戻した。先ほどの危うい姿勢はいつのまにか戻っていて、ハンドルを
握っている。
「僕個人として申しますけれど」
そう扇くんは前置きをして、カラカラと車輪が
回る音がする。
「駿河先輩は阿良々木先輩と同様に自罰傾向が
ありますよねぇ。本来自覚されていてもどっち
だっていいですけど、駿河先輩、あなたは認識
すべきでしょう。そもそも自罰というのは、
僕としてはあまり良い選択とは言えませんよ。
自らを自らが罰する、それは自分の勝手な価値観で自分を罰してしまう事になりますからね。
阿良々木先輩やあなたは、責められて、罪を
唱えられていないのにも関わらず、そうして自分を自分で罰している。正直滑稽と
言えちゃいます。あなたも、阿良々木先輩も。
根が真面目なのでしょうが、真面目すぎます。
羽川先輩は真面目というよりかは、怪物みたいなものですけど。それでも彼女だって、あなた方のように自罰傾向をお持ちになられてはいません。あなたは全てを無かったことになるなんて思っているようですが、そんなことないでしょう?
罰する事でしか、記憶出来ないんですか?いや
確かにあなたは愚かで馬鹿な人ですけど」
最後にさらりと人を貶して、扇くんははぁとため息をついた。
「もうなんかいいです。もうちょっと言いたい
ことはあるんですけどね、それも僕の主観でしか無いですし。駿河先輩はそうするならそうして
下さい。僕は今まで通り、駿河先輩を信奉し尊敬して敬愛する従順な後輩として動きます」
と面倒臭くなったように呟いていた。
私にこれ以上言ったところで意味が無いと判断
したのか、それとも単純に言うのが面倒臭く
なったのか。私に彼の事は分からない。
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