昇れば沈む

　パチパチ、パチパチ。メラメラ、ゴウゴウ。ぎゃあぎゃあ。 　灼熱にくぐらされて、罪人が叫ぶ、赤色と黒色が塗りたくられたような世界。人間達は、ここを地獄と呼んでいる。 「助けてくれえ、どうかあ。やめてくれえ」 「黙れ。罪人に情けなど、無い」 　遠くから、人間と鬼の会話が聞こえてきた。次の瞬間には、それよりももっと激しい血肉の音が耳に入った。おそらく、鬼が人間に何か、何かしたんだろう。全く、本当に残酷の限りだ。 　俺は皆から離れた所から、地獄を見守っていた。生臭い血の匂いも、灼熱の温度も嫌いだから、いつもそうしている。俺は鬼なのに。 「あいつら、正気か。あんなくっせえ血を浴びて、喜んでやがる。それによお、人間が助けを乞うてるのに、躊躇の一つぽっちもねえとは。どっちが地獄行きなんだかよお」 　俺は確かに鬼だ。でも、ああいうのは嫌いだ。人間を虐げる事の、何が面白いのか、分からないのだ。いくら人間が悪い事をした奴だからと言って、そんな事をする気にはならない。 　周りの奴らは、そんな俺を優しいと言う。優しすぎると言う。鬼に向いてない、人間に生まれるべきだったな、と口にしてくる奴も居た。 　本当にそうなんだろうか。俺は、優しいんだろうか。俺は、ただ自分が嫌いなものを嫌いだと思っているだけだ。そこに、慈悲なんてあるんだろうか。 　俺がそこまで言うと、その理由が優しいんだ、と皆は口を揃える。 　いいや、そんな事もない。理由なんて、血だとかそういうものが苦手なだけだ。 　じゃあ、なんで苦手なんだろう。俺が優しいからなんだろうか。俺は、人を襲わないから優しいんだろか。優しいから人を襲わないんだろうか。どっちなんだろう。ぐるぐる、ぐるぐる、理由の理由を考える。 「俺は、なんであいつらと違うのか」 　そう思っていると、頭が混乱してきて、ふっと疲れてきた。なんだか無性に息苦しくなってくる。 　これではいけない、と思った俺は、空を仰いだ。理由も無く上を見ると、月が昇っていた。まんまるの、お月様だ。地獄の赤い空を照らす、お月様だった。 「ああ、今日はいつもより綺麗だ」 　なんだか、昨日よりも明るく見えた。月光が、地の惨状を、もっともっと照らしていたのだった。