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#14
「…そっか」
ルドはそれ以上追求せず、再び隣に並んで歩き出した。ゴミ集積場までの道は、朝の騒動が嘘のように静まり返っていた。
アジトに戻る途中、ルドは次の仕事の打ち合わせがあると言って、ザンカたちのいる作業場へと向かった。
レイラは一人、自室へと戻る廊下を歩いていた。ルドとの会話が、彼女の中で無理やり蓋をしていた記憶の箱をこじ開けようとしているのを感じていた。
「過去の記憶はできるだけ無くしてるから、よう分からん」とルドにはそう言ったが、それは嘘だった。忘れたいだけで、消えたわけではない。
自室のドアノブに手をかけた、その瞬間。
頭痛と共に、視界が歪んだ。
(ああ、まただ)
レイラは壁に手をつき、歯を食いしばる。脳裏に、鮮明すぎる光景がフラッシュバックした。
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純白の神殿。足元には冷たい大理石。どこまでも続く階段の上には、巨大な月のレリーフが祀られている。子供の頃の自分が、白い衣を纏い、祈りを捧げている姿。
「我らが始祖、|月読命《ツクヨミ》の御名の下に――」
詠唱が聞こえる。自分のものではない、けれど聞き覚えのある声。敬虔な信者たちの声だ。
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そして、その光景は一変する。
「お前は穢れている!」
「奈落へ堕ちろ」
白い神殿は血と炎に包まれ、人々が自分を指さして叫んでいる。なぜ自分が責められているのか分からない。ただ、神殿の最上階から突き落とされる感覚だけが、生々しく蘇る。
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(うるさい、うるさい……!)
レイラは頭を振った。記憶はいつもここで途切れた。落下する感覚と、ザンカと出会い、冷たい奈落の空気。
彼女の家系は、地上でも「特殊」だった。月の神を信仰し、天界人の血を引く者として、独自のコミュニティで生活していた。しかし、その「特殊性」ゆえに、何らかの理由でコミュニティを追放され、奈落へ落ちることになったのだ。
「……っ」
息が詰まる。レイラは深く息を吐き、乱れた呼吸を整えた。記憶が呼び起こされるたび、胸の奥が締め付けられるように痛む。
彼女は震える手でドアを開け、自室に入り、ベッドに腰掛けた。
(ザンカは、僕の名字以外全部知ってる、僕が自分自身で奈落に落ちた理由も……)
『レイラ』
ザンカが付けてくれたその名前。もしかしたら、過去の自分を縛るものではなく、奈落で生きるための、新たな「月」という意味を込めてくれたのかもしれない。
遠い記憶の中の月は冷たく輝いていたが、奈落から見上げる月は、なぜか少しだけ温かい色をしていた。
レイラは顔を上げ、窓の外――地上からの光が差し込む空を見つめた。彼女の瞳の奥には、過去への複雑な想いと、奈落で生きるという決意が混在していた。
🔚