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1-1「初授業」
教室で騒ぐ生徒たち。
僕はその輪には加わらず、時計を見つめぼーっとする。
ガラガラ……と戸を引く音がし、僕たちの教材をカゴに入れて持ってきた成瀬先生が入ってきた。
先生の姿を認めた生徒たちが慌てて時計を確認し、授業開始時刻二分前だと知るとバタバタと椅子を引き着席する。
「よーし、全員揃ったな。授業が始まる前に教材を配布するぞ」
そう言って先生が教材の入ったカゴを教卓に『ドン!』と音を立てて置く。
列ごとにまとめて配布され、みんなのところに回っていく度に顔を曇らせる生徒が増えていった。
ああ、今その理由が分かった。
回ってきた教材を受け取り、後ろへ回す。
片手で持つのは物理的に不可能だったので、両手で持って回した。
配布されたソレを見つめる。
サイズはA4、辞書並の分厚さを誇るその教科書の表紙には、『異能概論〈実践編〉』との題が。
ページ数は2049。
ぱらぱらとめくってみる。
見た感じ、〈理論編〉と対応しているみたいだ。
みんなに行き渡ったのを確認したのか、成瀬先生がまた別の教材を配り始める。
回ってきた教材から一冊取り、後ろに回す。
今度はサイズこそ同じだったが、辞書並の太さがあるというわけではなかった。
ページ数は135。
表紙に、『異能概論〈理論編〉』とある。
「今、二冊の教科書を配布した。薄いものと太いものだ。薄い方は毎回『異能概論』の授業に持参してもらうが、太い方は家で保管してもらって構わない。自由に学習に活用してくれ」
筆箱から名前ペンを取り出し、記名する。
「それと、次回の授業からノートを持ってきてくれ。特に指定はしないが、B5やA4サイズがちょうど良いと思う」
ノートが必要、と。
名前ペンを収める前に、左の手の甲に『異能概論、ノート必要』と書いた。
「さて、配るものも配ったし、伝えることも伝えたな。それでは、これから一年間、異能概論の授業でどんなことを学ぶのか、それと授業の進め方を話そう」
いわゆるオリエンテーション。
授業の進め方や評価材料、年間のカリキュラムについて話す。
「資料を配布する」
配られたのは、A4サイズの一枚のプリント。
表と裏の両面印刷で、表には年間カリキュラム、裏には授業の進め方について書いてある。
「まずは表……年間カリキュラムの方を見てくれ」
なるほど?
『異能の成り立ち』や『異能を扱うエネルギーを増やす方法』など、どの異能でも役立つ基本的なことを学ぶのか。
「基本的には、このカリキュラム通りに授業が進む。まあ、『こんな内容を勉強するんだ』と思ってくれたら良い」
僕たちはこんな内容を勉強するのか。
異能について知ることができそうでわくわくする。
「次に、授業の進め方についてだが」
と、そこで言葉を切った成瀬先生は、なぜか僕と目を合わせた。
「ふむ、九十九。異能とはなんだ?」
突然当てられた僕は、周りから向けられる視線に慌て、答えを求める先生の視線に焦った。
一般常識程度で良いのであれば、一応答えられる。
ただ、それが先生の求めたものであるかは分からない。
「一人に一つ宿る唯一無二の力で、六歳から七歳の頃に目覚めます」
僕の解答に満足したのか、先生は頷き、
「そうだ。今はそれで良い。その答えをより深く、広くするために今から学ぶのだからな」
ああ、普通の新入生の解答として満足したということか。
「と、こんな感じに指名しまくる。君たちが授業に積極的に参加できるようにだな」
それはちょっと……
とモヤモヤするのは僕だけではないようで、微妙そうな表情をしている人が何人かいた。
人前で話すのが苦手なのか、少しうつむいている人もいる。
「もちろん、手を挙げて答えてもらうのも大歓迎だ」
分からない問題で不用意に当てられないよう、分かる問題は手を挙げるようにしよう。そうしよう。
先生は時計をちらりと見ると、
「説明するべきことも終わったし、時間もちょうど良い。少し早いが、授業を終わろうか」
先生がそう言った瞬間にチャイムが鳴り、授業が終わった。
本当に少しだった。
そんな感じで、僕の初授業は終了。
異能概論、国語、英語の授業があったが、どの教科も成瀬先生が担当し、教材の配布とオリエンテーションがあった。
聞くところによると、異能概論や国語、英語など共通の授業は担任の先生が担当し、近距離戦闘術や遠距離戦闘術、経営術など専門的な選択科目は専門の先生が担当するのだとか。
自分のかばんに今日配られた全ての教材を詰め、学園を出る。
他の生徒にとってはこれが今日の終わり、だが僕にとってはここからが始まりだ。
なるべく短く信号による影響を受けない道を選び、走って家まで帰る。
「ただいま」
靴を揃え、奥の自室に荷物を置く。
素早く手を洗ってうがいもして、家着に着替えた。
かばんから教材を全て出し、本棚へ。
異能概論の理論編とノートを一冊、そして筆箱を取り出し、机へ向かう。
時刻は午後四時二十二分。
時間はたっぷりある。