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わん子と豪鬼の恋愛
殺意の波動に目覚めたわん太
山の匂いが、アスファルトから立ちのぼっていた。
町の外れ、人通りはほとんど無い
その静かな路地を、1人の女の子が歩いていた。
名は、わん子。
首輪は赤。
右耳だけ少し垂れていて、散歩のたびに尻尾をくるんと振る、ごく普通の犬人間はずだった。
だが、その夜。
わん子は“波動”を感じた。
路地の奥。
電灯の届かぬ闇の中に、巨大な影が立っていた。
赤髪。
隆起した筋肉。
背中に刻まれた「天」。
そして、燃えるような眼。
豪鬼だった。
「…………」
豪鬼は黙っていた。
わん子も黙っていた。
犬と修羅。
普通なら交わるはずのない二つの存在。
だが、わん子は逃げなかった。
「こんにちは」
小さく鳴いた。
豪鬼の眉が、わずかに動く。
「……貴様、恐れぬのか」
低く、地鳴りのような声だった。
わん子は近づく。
豪鬼の拳の力を感じる
そこには血の匂い、炎の匂い、そして――孤独の匂いがあった。
豪鬼は生涯、強さだけを求めてきた。
拳を極め、
戦いを極め、
人を超え、
鬼になった。
だが。
「…………」
豪鬼の身体が硬直する。
「なにをしている」
「やめろ」
ぶんぶんぶん、とわん子は尻尾を振った。
その瞬間だった。
豪鬼の胸に、これまで味わったことのない衝撃が走った。
殺意の波動ではない。
もっと柔らかく、
もっと苦しく、
もっと逃れられないもの。
――恋であった。
「馬鹿な……この俺が……人間に……」
豪鬼は後ずさる。
だが、わん子は追いかける。
てちてちてち。
「来るな」
てちてち。
「来るなと言っている」
わん!
その一声で、
豪鬼の心は完全に崩壊した。
数日後。
山奥。
滝に打たれ修行する豪鬼の隣には、小さな小屋が建っていた。
わん子はそこで丸くなって眠っている。
豪鬼は焚き火を見つめながら呟く。
「強さとは……なんだ」
わん子「わふ」
「守りたいものを得ること……それが真の拳か」
わん子は起き上がると、豪鬼の膝に前足を乗せた。
豪鬼はしばらく黙っていたが、
やがて巨大な手で、そっと頭を撫でる。
その手は、
かつて数多の強者を沈めた鬼の拳。
だが今は、
女の子を撫でるために使われていた。
山に朝日が差し込む。
豪鬼は空を見上げる。
「……悪くない」
わん子は嬉しそうに吠えた。
その声は、
修羅の山に初めて響く、
平和な音だった。