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スジリエ
6月終わっちゃった
ガタゴトと、音を立ててまわる車輪。
森の中を進んでいく商人の馬車には多くの荷物が積まれていた。
商人は休憩がてら馬車を止め、荷台を覗き込む。
「おじさん、まだ掛かりそう?」
荷物の中で裁縫している少女。
整備されてない道を進んできたというのに、その完成度はただ座っていた時と変わらない。
「あと30分ぐらいだな」
「え、早くない?」
アンタのお陰だ、と商人は微笑む。
少女は戦闘が出来るので進路を塞いだ魔物を倒していた。
自分の為だったが感謝を言われ、少し頬を赤く染める。
これは、少女が入学するまでの物語。
side/ジェルヴェーズ
現在、私とおじさんが向かっているのは『スジリエ』と呼ばれる世界一の魔法都市。
魔法関連の施設や商店が多いことで有名な都市で、観光客も多い。
「俺は商人だから仕事で来てるんだが、嬢ちゃんはどうしてスジリエに?」
「招待状が来たから」
「何だって!?」
おじさんは大声をあげて驚く。
この世界でスジリエに関係がある招待状と言えば一つしかない。
王族や貴族が多く在学している『スリジエ魔法学園』という、魔法使いを育成する学校。
普通は合格率0.1%という、超難関試験を乗り越えないと入学できない。
でも、招待状があれば試験を受ける必要がないらしい。
「でも嬢ちゃん、魔物と戦ってたとき……」
「そうなんだよね。間違いだと思うから招待状を直接返しに来たの」
私は魔法が使えない。
なので手違いが起きたのだと思って、初めて遠くの場所へ向かっている。
休憩が終わり、馬車はスリジエへ向かって再出発した。
道中で襲ってきた魔物は私が倒し、素材はそのまま商人へと譲る。
少しすると辺りが明るくなった。
森を抜けたのか、荷台から顔を出して見ると目の前に広がった草原。
様々な場所で魔法使いが魔物と戦闘をしている。
そして、障壁で包まれた都市が遠くに見えた。
「あれが魔法都市『スリジエ』……」
凄い、と思わず声に出してしまう。
私の村は田舎だから木造の一軒家と田畑しかない。
遠くからでも分かる、高い建物が幾つもあった。
障壁を無事に抜けた私たちは馬車を預けて都市を歩いた。
見慣れないものばかりでキョロキョロしてしまう。
いつの間にか倒してきた魔物の素材を換金していたおじさんは、私に渡してきた。
「え、これはおじさんに……」
「荷台に置いておいただけで、これはアンタが倒した魔物の素材だ」
何度か返そうとするが、おじさんに断られてしまう。
その理由を聞いた私は受けとるしかなくなった。
元々、スジリエまで汽車で来る予定だったが所持金では近くの街まで行くので精一杯。
その時、街で護衛がいなくて困っていたおじさんと出会った。
私が護る代わりに、馬車に乗せてもらうという取引。
つまり素材は売ったと言うことにしてくれたのだ。
「あと、宿も取らないとだろう?」
確かにその通りだった。
合格発表と入学手続きは始まっていないし、知り合いがいるわけでもない。
お礼を言おうとしたが、少し考え込む。
いつまでもおじさんと呼ぶわけにもいかないよな。
「……ジェルヴェーズ」
「ん?」
「私の名前は、ジェルヴェーズ」
そうか、とおじさんは私の頭を撫でる。
「俺はルイ。まぁ、おじさんのままでも構わない」
「ありがとうございます、ルイさん」
数日後。
スジリエ魔法学園の合格発表と、入学手続きが開始した。
私はルイさんに貰った地図を頼りに学園へと向かう。
あの人とは都市についたその日の内に別れた。
村へ帰るときは送ってくれるらしい。
「ほわぁ……」
都市の中で一番高く、広い施設。
思わず変な声を出して驚いてしまった。
招待状を持っているだけで目立つとルイさんが教えてくれた。
その助言を参考にして、受付が閉まるギリギリの時間に訪ねる。
もう夕方だからか、誰も並んでいなかった。
「すみません、招待状について聞きたいことがありまして」
なるべく小さな声で言ったつもりだったが、受付の奥にいる全員の視線が集まる。
自身が選ばれるのは何かの間違いだろう。
そう伝えると、受付の人たちは確認を始めた。
結果、招待したことは間違いなどではないとのこと。
学園長自らが話をしたいらしく、受付の女性に案内されながら学園へと足を踏み入れた。
「連れてきました」
女性が声を掛けると、扉が勝手に開く。
その先にいたのは大きな窓から外を見る男が一人。
「はじめまして、ジェルヴェーズくん」
「……サシャ学園長」
「おや、私のことを知っているのかい?」
魔法学園の創設者にして、魔法都市全体を包み込む魔法障壁を作り出した魔法使い。
その名の通り、スジリエで暮らす人々の擁護者だ。
知らない人の方が珍しいだろう。
私は適当に返事をし、本題に入ろうとする。
しかし、それは叶わなかった。
学園長が笑うと同時に現れた魔方陣。
一般的に魔法というのは、空中に漂う魔力を杖などの道具使って魔方陣を描くことで発動される。
どうやったのかを考えている間に炎が飛んできた。
後ろには受付の女性がいるのに、一切の躊躇いがない。
残念ながら、魔法の使えない私にはどうすることも出来ない。
死が近づいてくる。
そんな状況にも関わらず私は──
side/サシャ
笑った。
彼女は私の魔法を前にして笑った。
普通なら少しでも生存確率を上げる為、魔法障壁や同等の魔法を発動する魔方陣を描く。
「──!」
現在使える魔法の中でも最上位の回復魔法を用意していた。
だが、やはり発動する必要はなさそうだ。
招待状を送る人間の選抜の為、私は毎年国中を旅している。
数年前、彼女の『特異体質』を初めて見た時に私は開いた口が塞がらなかった。
そして現在も、やはり驚きは隠せない。
被弾したにも関わらず、ジェルヴェーズくんには《火傷一つもないのだ》。
「魔法学園が創立されて30年。新しいことに挑戦してみようと思ってね」
「その実験に私が巻き込まれたと?」
「私が言うのは少し恥ずかしいけれど、この学園は多くの有名な魔法使いを世に送り出している」
王族や貴族といった、元々魔法を扱う素質がある子を集まるのも一つの理由だろう。
しかし、どんな魔法使いにも共通の弱点があった。
それを克服させる為にも、新しい風を吹かせる為にも彼女へ招待状を送った。
「……私の他にはいるんですか?」
「一人だけ」
君と同じ女の子だよ。
そう伝えると、ジェルヴェーズくんは少し考え込んだ。
彼女たちはそう簡単に認められない。
特に、王族や貴族が文句を言ってくるだろう。
「君には入学を断る権利がある。だが──」
「構いませんよ」
やはり、そう簡単にはいかないか。
「あまり権力を振り回すのは好まないが、学園長権限で在学中の君を出来るだけサポートしよう」
「だーかーら、入学しますって。別に断る理由なんてありませんから」
私が今、どれだけ間抜けな顔をしているのか。
そんなことは鏡を見なくても分かった。
年甲斐もなく、全力で叫びたくなるのを抑えてジェルヴェーズくんの手を握る。
「本当にありがとう」
何度も感謝を伝え、入学手続きを始めた。
彼女の出身はスジリエから遠く離れた、汽車の通っていない小さな村。
通学だけで、往復3万ユタほど必要になる。
年間だと600万前後だろう。
本来なら招待状を受け取った特待生は教材費が無料になるだけ。
なので、学園長権限で授業料と学生寮を無償で用意することにした。
在学中の彼女をサポートすることは、私が招待したので当然のことだろう。
本当は食堂メニューも全品無料にしようかと思ったが、自炊したいらしく断られた。
「さて、必要な書類は揃ったかな」
ペラペラと紙を捲りながら確認をする。
家族構成を書いて貰った時、肉親も育ての親も亡くなっていた。
その為、保護者のサインの欄はいずれも空白だ。
「入学式は一週間後。寮には式と簡単な試験が終わってからじゃないと入れないけど、特別に許可を出そうか?」
もう掃除が済んでる筈だけど、問題は売店と食堂だ。
在校生に見つかった場合は少々、いや結構面倒くさいことになる気がする。
それに彼女が荷物を全て持ってきているとは思えない。
「式の前日からでも大丈夫ですか?」
「構わないよ。受付に声を掛ければ案内するように手配しておこう」
「ありがとうございます」
side/ジェルヴェーズ
入学手続きが終わり、私は宿に向かう前に夕食を取ることにした。
数日の間に様々なお店に行き、その中でも特に気に入った小さな食堂を目指した。
「おい、嬢ちゃん」
オムライスを食べていると、聞いたことのある声と共に肩を叩かれた。
振り返ると、やっぱり想像していた人だった。
「ルイさん!」
「数日ぶりだな。例の件はどうなったんだ?」
招待状という言葉を伏せてくれたルイさんに感謝しながら今日あったことを話す。
すると、まるで自分のことのように喜んでくれた。
お父さんというより、お祖父ちゃんがいたらこんな感じだったのだろうか。
そんなことを考えながら私は会話を楽しんだ。
「明日の朝早くにスジリエを出る予定なんだが、ジェルヴェーズも乗っていけ」
「良いの?」
「護衛は見つかったから、俺や積み荷の心配はいらない」
料金の話をすると、ルイさんは知り合いだから無料と言われてしまった。
しかし、そういうわけにもいかないだろう。
なので話し合いをして、お互いが納得のいく半額だけ支払うことになった。
翌日の早朝に私たちはスジリエを出発した。
汽車の止まるあの駅まで大体二日で、村まではそこから馬車と徒歩で半日。
お金がないから時間が掛かってしまうが、別に嫌な気分ではない。
「アンタ、商人のおっさんの孫か?」
「数日前に出会ったばっか。仲良しに見える?」
あぁ、と男性は小さく返事をした。
彼が今回の護衛らしく、スジリエ魔法学園を卒業した魔法使いらしい。
つまり、私の先輩に当たる人物だ。
「それにしても、ここら辺は道が整備されてないから揺れるな」
「少しでも近道したくてな、申し訳ない」
「謝んなくていいですよ。こっちもアンタに同行させてもらってるからね」
どうやら、この人もこの前の私と同じで運んでもらう代わりに護衛をしているらしい。
魔物を倒したとしても、どうせルイさんは換金して渡すんだろうな。
そんなことを考えながら私は黙々と裁縫を続けた。
揺れる荷台の中でも特に問題なく作ることが出来る。
普通は無理だ、と男性に褒められたときは少しだけ嬉しかった。
「そういやアンタは、あの村に何の用なんだ?」
「ただ荷物を取りに行くだけ」
もう、あの村に戻るつもりはない。
小さく付け足した私の拳は強く握りしめられていた。
魔法学園を卒業したらすぐ就職して、貯金がそこそこ出来たら小さな学校を作ろう。
王族でも下民でも、魔法の素質があろうとなかろうと入れる学校。
この世界から差別がなくなれば良いのに。
「あ、起きたか」
「……いつの間に寝てたんだろう」
「半日は寝てたんじゃねぇのかな。前回の護衛はお前らしいし、見張り変わってくれよ」
辺りは暗く、すっかり夜だった。
前回と同じように野宿らしい。
見張りの大変さは、よく知っている。
ルイさんには黙っておかないと、お金を返されるかもしれない。
男性には後で口封じすることにして、魔物の素材は自分で持っておくことにした。
街の換金でも結構もらえるけど、都市に戻ってからの方が絶対にいい。
そんなこんなで、ルイさんと男性とは街で別れた。
どうにか村の近くを通る馬車に乗れたが、あの人の荷台と違って人が多くて狭い。
少しだけ息苦しかった。
馬車を降りても村までは一時間ほど掛かる。
正直、ここまで苦労して戻る意味があるとは思えない。
「……数日ぶりか」
村の警備は、いつも私を見るなり罵倒する。
しかし今回の彼らは違った。
嫌な顔はされたが、どこか上機嫌な表情。
それは村の中でも一緒だった。
誰かとすれ違っても罵倒されず、石を投げられることもない。
私は、何もしてこないことに違和感しか感じなかった。
同時に嫌な予感がした。
「──は?」
遠くから見えた、私の家がある場所。
見間違いだと自分に言い聞かせ、止まっていた足を前に出す。
その場所には《何もなかった》。
私が育った家は元々存在しなかったかのように、更地になっていた。
辺りからはクスクスと笑う声、そして嘘の哀れみが聞こえてくる。
「おや、ジェルヴェーズ」
帰ってきたのか、と後ろから声が聞こえた。
その瞬間、私は彼の胸元を掴む。
まるで魔法を使ったかのような速さに、自分自身も周りも驚いていた。
「じいさんは?」
「死んだよ。君がスジリエへ旅だった日にね」
私は思わず手を離してしまった。
村長だったあの人は、育ての親も亡くなった私を支えてくれた。
まだ、何も返せていない。
生きる。です
物凄く半端なのは7月に入ってしまったからです
いつも通り気が向いたら書き直します
これからは1ヶ月に1本出せたらいいな、と思ってます
それでは、また明日も生きる。