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第九話「雨の音、のちの会合」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
最愛の恋人であるフーゾを亡くしたショックからか、記憶を失ったシイ。それでもなお恋人がいたころの感覚が抜けないシイは、その原因を探るべく、自身の師匠であるリーを元を訪れたが…
その頃、記憶喪失になったシイを心配する零は、気分転換のために自身のそっくりさん(?)を探すことにしたようで…
「え、ほんとに分かんないんだけど!なんでオレの話聞いてくんないの師匠!!」
「…その、無理なものは無理なのじゃ!もう良い歳なのじゃから、自分でなんとかせい!」
「じゃあ師匠は良い歳して年下に嘘ついたってことになるじゃん!棚に上げるにはその棚ちょっと向いてないと思うんだけど?!」
「~!もう、言えんのじゃ!愛弟子に頼まれたのだから、こればっかりは譲れん!」
「…え?」
「あ、あぁ~…じ、冗談じゃ…よ、ほほ…」
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どういうことと詰め寄れば、師匠は案外簡単に話し出してくれた。正直師匠にガチで根比べされると、絶対に勝てないからとてもありがたいのだが。
話を聞いたところ、どうやらオレの記憶喪失に深く関わる奴に「絶対に知らんぷりしろ。記憶の神のことも教えるな」と言われたらしい。そしてソイツは、オレとおんなじ愛弟子のようだ。
「…フーゾ?」
「そうじゃ。それがあやつの名じゃよ…トホホ、駄目な師匠を許しておくれフーゾ…」
「いや、ホントに師匠ってそういうとこあるよね…それはフーゾって奴の判断ミス」
「良いとこみせたかったのにのう…」
どんまい、と師匠の肩をぽんと軽く叩く。
そういえば、零くんも前にフーゾって言ってたな…もしかしたら、零くんもソイツに言われて…?
「あ、おぬしらが最近囲ってる落安零とやらは何も関係はないぞ」
「そうなん?じゃあめっちゃ気ぃ遣ってただけか…悪いことしちゃったなぁ」
最近増えた視線はこれのせいだったか、と思うと少し気の毒になる。そりゃ、同居人が死んで、もう一人が記憶を失くしたとなれば戸惑うよな…まだ25歳の子供だし…
「しかし、オレに恋人がいたとは…やるなぁオレ。どうやって付き合ったんだろ」
「ああ、それは確かフーゾの方から告白したと聞いたことがあるぞ。…ここだけの話じゃが、一目惚れだったそうじゃ」
「ええ~っ?!オレに一目惚れ?!すげぇなオレ…!!!」
心の中で、やるじゃんともう一人のオレを小突く。もう一人のオレは、髪の毛が長かった。…そういや、髪の毛切っちゃったけど良かったのかな。もしソイツが長髪フェチだったらどうしよ。
…まぁでも、もう死んじゃったらしいし、いいか。
「…ねぇ師匠、オレの記憶を戻してって頼めたりしないかな。どうせなら、覚えときたいんだよね。恋人のこと」
「え、良いのか…?…愛しく想っている者がいないというのは、辛いのじゃぞ…?」
「…うん、分かってる。それでもだよ」
幼い笑い声が頭に響く。柔らかな日だまりのような、暖かな記憶。"それ"はもう経験済みだった。
「…そうじゃな、おぬしはそうじゃった。…良かろう。それであれば、使いを寄越そうではないか」
「使い…って、誰?」
「おぬしがよく知っておる奴じゃよ」
「ふぅん?ならいいか」
「今から呼ぶから、少し待っておれ」
「りょーかい!ししょーありがとう!」
そう言うと、師匠は満足げな顔をした。師匠、威厳ないから他の神様からもぞんざいな扱いされてるんだっけ。オレはちゃんと頼ってやんないとね!と、一人で腑に落ちる。
(…フーゾ、フーゾ。名前聞いてもわかんねーけど…でも、会えば分かるのかな)
待ってろよフーゾ、今迎えに行くからな、なんて、呟いてみてみたりして。記憶にない恋人に、少し心が踊る心地がした。
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「え~、昨日は見たんだけど…確か、外郭地区の近くにいたような気がする。あ、双子なんだ?どうりでそっくりだと思った」
「ああ、あの人?体調悪そうだから声かけたんだけど、外郭地区に行くって言ってたよ。お兄さんなの?確かにそっくりだね。生き写しみたい」
「あ、さっきすれ違ったよ!あっちの角曲がってたから、多分急いだら会えるんじゃない?…ああ、そっか。兄弟なんだ、たしかに凄い似てるねぇ」
「本当ですか?!ありがとうございます、行ってみますね」
ものの数十分で、追い付けそうになってしまった…本当にこんなスムーズで良いのか?なんか、虫がよすぎる気が…
(…まぁ、襲われたら殺せば良いや)
随分物騒になってしまったなぁ、なんて他人事に自身を客観視する。殺し屋になってから、倫理観がおかしくなっているのはひしひしと感じてはいるのだ。
まぁでも仕方がない。殺せば全部なんとかなってしまっているのだから。
足を早めつつ、そんなことを考えているうちにやってきた角を曲がる。と、奥の方に黒い三つ編みがひらりと消えていった。
そういえば、前に話しかけてくれた誰かが男が三つ編みだと言っていたはず。きっと彼が、僕のそっくりさんだろう。
(てか、そんなにそっくりなのか…?生き写しは普通に盛ってるだろ…)
まぁ別に、ちょっと確認するだけだ。ハンカチがあるから、落としましたよくらいに話しかけて、顔を確認すれば良い。それで僕が死んだらそれまでだし、相手が死んでもそれまでだ。
もう一度角を曲がるが、今度は走らずゆっくりと覗くようにする。さすがに足音は消してたし、まぁ気配も控えめにしていたから感付かれてはいないだろう。そう思い、細く暗い路地裏を覗き込んだ。
「え」
鏡があるかと思うほど、顔のそっくりな男がそこにはいた。こちらをじっと、温度のない瞳で見ている。
すると突然、男がこちらに近づいてきた。思わず後退りしようとするが、そういえばここは角なのだから当然後ろは行き止まりだ。背中がとす、と壁につく。てか、後追ってるの普通にバレてた…恥ずかしい。
「…落安零さん、ですよね?」
「え、なんで、僕の名前…」
僕にそっくりの声で、僕そっくりの顔の人に僕の名前を呼ばれる。なんだか不思議な感覚だった。
妙な胸騒ぎがする。でも、何か新たな出会いに心が踊っている自分もいた。
男はふっと微笑む。その妖艶さに、思わず固唾を飲んだ。
「ふふ、分かりませんか?まぁ、無理もないですね…僕もまた、あなたと同じ落安零だからですよ。今は、Rという名前ですが」
【次回予告】
「お~ガチでシイさんだ」
「じゃあ…師匠、行ってきます!」
「シイさんはさぁ、フーゾさんに会ってどうすんの?」