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白昼夢
第1話/白昼夢
ハッと目が覚めた時には純白のベッドで寝ていた。勢いよく身体を起こし、辺りを見回す。そこでちょうど自分が酷く疲れていることに気がついた。
「いってえ」
頭がズキズキと痛む。昨日の地下道での暴力は夢ではないと分からされる痛み。思わず頭を抱えて呻いた。
「あ!お母さん!!起きたよ!」
聞いたことの無い声が右隣から聞こえる。横目で見るとベッドの横の白い椅子に腰掛けている少年がいた。同い年ぐらいだろうか。サラサラの髪で綺麗な目をしていた。睫毛が長くて上に向かってしっかり伸びていた。少年は眉尻を下げてこちらに笑いかける。
「大丈夫ですか?頭、痛いですか?」
当たり前のようにそう聞いてきた。俺は目を丸くしたまま動けなかった。慣れない音が耳に残る。今まで俺を包む音はどれも俺を助けるための音じゃなかったのに。
「ああ自己紹介してませんでした!!」
そう言いながら少年は氷水につけたガーゼを絞った。水滴が太陽を反射しながらゆっくりと垂れる。光る宝石の様だった。俺はそれをぼんやりと眺めていた。
「僕は光です」
きっと俺はこの少年と初めて出逢ったが、妙に納得する名前だった。本当に、光に見えた。
少年は俺の肩を優しく押してベッドに横たわらせた。そのまま冷えたガーゼを俺の額の上にそっと乗せる。ほんのり太陽の匂いがした。少年が心配そうに笑いかける。
「マシになりましたか……?」
なんと返事すればいいか分からずそのまま沈黙が流れた次の瞬間、その沈黙を突き破ってドアを乱暴に開ける音がした。
「大丈夫!?」
ドアの前に突っ立っていたのは女性だった。赤いエプロンをつけて、手にはなにかを持っていた。棒に網がついたような物だった。
「昨日よりは顔色良さそうだよ。目覚ましてくれてよかった。僕、お粥取ってくるね。」
少年が俺の代わりにそう言いながら立ち上がった。椅子が軋む。女性は、少年にありがとうと返してから俺の方に顔を向けた。
「ほんとによかった。あぁ、起き上がらなくていいからね」
そのままその女性は近くのテーブルに手に持っていたものを置いて俺が寝ているベットの上に座った。ベットが少しだけ沈む。床にも布団にも、傷一つなかった。
「あ、えっと」
そう発したは良いものの、続ける言葉が見当たらず俯く。
「そうだ。どういう状況か、分からないよね。」
それからその女性が俺が今何故ここにいるのか教えてくれた。
俺が地下道で倒れている所を塾から家に帰る途中で見つけた少年が、その少年の母に連絡したらしい。そこから女性が俺をおぶってここまで連れてきてくれた。そしてここは少年と女性の家だということを教えてくれた。
「あまりにもボロボロだったから連れて帰ってきちゃった」
そう言いながら女性は落ちかけていた冷たいガーゼをのせ直した。
「ちょうど起きたことだし、貴方もお家に帰ったほうがいいわね」
そう言いながら真っ直ぐと俺を見つめた。俺は一瞬背筋がヒヤリとした。見透かすような目だった。
「…俺、帰る家とかないんスよ」
目を逸らし、頭を掻きながらそう言った。本当は、住んでいる所はあった。でも、彼処は地獄だ。家ではない。
「……やっぱり。そう思って連れてかえってきたの。ごめんなさいね、誘拐みたいなことして」
女性は申し訳なさそうに笑った。
「いや……」
また何も返せず目を背ける。
「このご時世じゃ、警察も頼れないし…」
女性はそう言いながら窓の外を見た。俺も真似て窓の外を見てみる。カーテンが柔らかく靡く。青空に白い烏が飛んでいる。向こうの方には綺麗な山が見える。縁が太陽で照らされて薄く光っていた。昼くらいだろうか。そのまま俺は窓の外の景色に釘付けになっていた。見たことのない景色だった。しばらくそうして町を見ていた。遠くの方からサイレンが聞こえる。遠くの家の隙間に赤色灯が回っているのがぼんやり見えた。パトカーだろうか。呑気にそう思っていると、女性が急に立ち上がり、カーテンをぴしゃりと閉めた。急にサイレンの音が曇る。立ち上がった衝撃で、ベットが揺れている。白いカーテンに鳥の影が通り抜けた。女性は焦った顔をして頬には汗をつたらせていた。
「どうしたんですか」
ただ、気になっただけだった。軽い気持ちで聞いた。でも、女性は顔を引き攣らせ、急に近づき俺を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫よ。」
全身があたたかい。はじめて感じる人の温かさに戸惑って女性の顔を見た。女性は涙を浮かべていた。湧き出る感情を必死に押し殺すような顔をしていた。抱きしめる力が強まる。女性は震えて、大丈夫だと何度も繰り返した。まるで自分に言い聞かせているように。困惑でそのまま動けなくなる。
この町で一体なにがあったのだろうか。