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三
レオと別れて、宿に帰って、ベッドの中に潜り込みながら ため息をつく。
「どうしよっかなぁ……」
魔力を喪う人なんて、そうそういない。
レオと会うだいたいの人は、レオの瞳に刻まれている傷跡を見て怪訝そうな顔をしていた。
レオは別に平気そうにしていたけど、こちらからしてみれば可哀想だ。
「言った、ほうがいいのかな……」
私は彼に、言っていないことがある。
私が、———人に魔力を与えることができるということだ。
私の持っている魔力の色は、黄金色だ。
黄金色の魔力は 他の色の魔力よりちょっと特別で、人にその魔力を譲渡することができる。
具体的には、『与える』という意思を持って与える人間の体内に自分の血液を両掌一杯分くらい注入することで譲渡が成立する。
そのかわり、私の魔力はなくなってしまうけど。
———レオになら、あげてもいいかな。
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「あ、いた。レオ〜?」
レオが働いているという店に入って、彼の姿を探す。案外あっさり見つかった。裏口でなんだかぐうたらして座っている。
「何してるの。仕事は?」
ひょいっと顔を出して唇を尖らせてみせると、レオはやっとこちらを向いた。
げっと明らかに眉根を寄せる。
「またお前かよ。……今は休憩中。従業員の休憩時間にケチつけるのはクレーマーのすることだぞ」
「うるさい」
なぜかクレーマー扱いをされ、私も眉根を寄せた。
隣に座る。
「なんだかホームレスみたいだよ」
裏口なので、薄暗い。そこに座り込んでいる人など、はたから見たら|曰《いわ》くつきの不審者にしか見えないだろう。
「サボり魔の次はホームレスかよ。なかなかひでー奴だな」
そう言いながら、レオは自分の目の下を指でトントンと叩いた。
「……もともと《《こう》》だから、問題はない」
傷跡のある目の尻を下げて、にっと笑む。
私は膝を抱え込んでいる自分の腕に目を落とした。
レオが、店の会計しかできる仕事がないのは知っている。だいたいの仕事が魔法を使うなかで、レオは魔力を持っていないからだ。
どれくらい稼ぎがあるのかも分からない。
「とりあえず、は、……暮らしていけてるし」
声に気づいて顔を上げると、レオがこちらを見下ろしていた。
どんな表情をしているか分からない。傷跡のある瞳は、なんとなく不安そうだった。
「……じゃ、そろそろ仕事に戻るわ」
|徐《おもむろ》に腰を上げて、レオの姿は裏口ドアの向こうに消えていった。
「———あえ?」
自分でもびっくりするくらい間抜けた声で、目が覚めた。
目を|擦《こす》って辺りを見回すと、薄暗い通りが目に入ってくる。ドアの近くで、座り込んでいた。
つまり。
レオが戻ったあとも、ここにいたのか。何やってるんだ、自分。
しかも空を見上げると、少し明るめの藍色と、それを染めるように橙の光がほんのり浮いている。
「もう夕暮れじゃん……」
よいしょと体を起こした。ずっと同じ体勢で寝ていたからか、少し体が痛い。
少し伸びをしてから、ドアノブに手をかけた。ギイ、と音が鳴って、店内が映し出される。
品物整理をしている人影が目に入った。それと同時に、人影もこちらを向く。
「……お前、まだいたのかよ」
レオだった。手を止めて、つかつかとこっちに歩み寄ってくる。
「もう黄昏だぞ」
「あー……なんか寝ちゃってて」
一拍おいて、ものすごく呆れたようなため息が聞こえてきた。
「お前どこで寝るんだよ。……つーか、お前の住んでるとこ、門限厳しかったろ」
あ、と声が漏れた。確かに、門限は日没だったような……
しかも、逃すと建物内に入れなくなる。
「今夜、野宿でもすんの?」
「……」
答えられない。本当にどうしよう。瞬間移動ができるような大層な強い魔力を持っているわけじゃないし、もう日は暮れようとしている。高速で走る魔法を使って間に合うとは思えない。
しかも門限を逃した理由が「裏口の通りで寝ていたから」なんて、アホすぎる。
はーあ、と再びものすごく呆れたようなため息が聞こえてきた。
「もうしょうがね。」
「え?」
顔を上げて、レオの方を見た。
「俺の宿貸してやる。それでいいなら、泊まってけ」
「ほんとに!?」
半ば投げやりのようないい加減な口調に、私は心から感謝した。