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怨恨ノ京 #7 播磨国まで二十八里(松)
#7 播磨国まで二十八里(松)
「は〜あ〜」
気が付けば梅雨時。
何度空を見ても、薄暗い雲に、失恋した乙女の涙のような澄んだ雫が落ちていく。
この時代、失恋はあるあるだが、今もこの雨みたいに泣いてる人がいるのだろうか。
最も、恋愛ごとに全く縁のない宇京には関係ないが。
姉の宇葉が殺されて三ヶ月。
何の手がかりも無いまま、時は他人事のように流れていった。
「面白く無いな〜本当に。雨ばっかり降ってると我も能力を失ってしまう」
「何が能力だ、インチキ陰陽師。だいたい、伊達に術も使えないで、陰陽師なんて名乗ってんじゃねぇよ」
今のはるあきを見れば、あの大陰陽師・安倍晴明と対決しようとしていたことが馬鹿げて見える。
はるあきは、自分のかけた術も解けなければ、占いも天文学も長けておらず、怨霊だって見ることすらできない。
「インチキなんかじゃない!」
「よく言うよ、鬼や化け物だって見えないくせして」
はるあきはそれ以上言わなくなった。
最近、はるあきは、悲しいような怒っているような複雑な目をしている。
過去に何かあったのだろう。
しかし、宇京は面倒ごとだとでもいう様に、聞きもしなかればそのことをからかおうとも思わなかった。
「二人ともご機嫌斜めですね」
「ふん。雨じゃすることないな」
「そうですか?」
左夜宇は、だらんとしている宇京とはるあきを仕方なさそうな目で見ている。
それからしばらく経って、雨が引いた。
雫が乗っている葉が、暖かい日の光に包まれている。
それを悲しげにぼーっと見ていたはるあきは、いきなりぱっとつぶやいた。
「播磨に帰りたい…」
そのつぶやきは宇京にも聞こえていたらしい。
「播磨?お前、播磨からきたのか?」
「そうだ。我は播磨を代表する、『|播磨法師団《はりまほうしだん》』の副代表だからな!」
左夜宇は『播磨法師団』という名を聞いて、何かを思い出したかの様に目を見開いた。
その響きにどこか聞き覚えがある。
「播磨法師団って、|道満法師《どうまんほうし》の…」
「そう。我は道満兄貴の大親友だった。しかし、あの安倍晴明が道満兄貴を流罪にしたのだ!」
道満法師は安倍晴明のライバルとも言える存在で、|蘆屋道満《あしやどうまん》とも呼ばれている。
過去に、安倍晴明の主君・|藤原道長《ふじわらのみちなが》を呪い殺そうとしたことや、晴明の妻・|梨花《りか》に手を出したことで、播磨国に流罪を言い渡されていた。
はるあきは、道満の仇をとるため安倍晴明と勝負にならない勝負を申し込んだのであった。
「晴明は流罪にするだけじゃ飽き足らず、道満兄貴をやわな札で殺しおった!道満兄貴の仇じゃ!」
今まで怒りや悲しみを抱えていた原因はこれだったのだろう。
はるあきも宇京や左夜宇と同じく、恨みを持つ者がいたのだ。
宇京は、はるあきの右肩に手を置いて言った。
「はるあきにも仇がいるのか。あんたの仇討ち、手伝ってやる」
「本当か…?」
はるあきは潤んだ目をキラキラさせて宇京を見つめる。
宇京もこの時ばかりは、ふふんと嬉しそうに笑った。
「暇だからな!」
「私も、一緒に行きましょう」
左夜宇も、はるあきの左肩に手を置き、顔を覗き込んで言った。
自分にも仇がいる。
殺された大切な者を思うと、今でも苦しくなってしまう。
その辛さが、左夜宇と宇京には痛いほどわかった。
知りたくもなかった痛みだ。
はるあきは、涙をグッと堪えて、晴明に聞こえるように叫んだ。
「待っとれ!道満兄貴!仇、我が取ってくれる!」
まあ、行方も知らぬ晴明に聞こえるわけがないのだが。
しかし、はるあきは構わずやる気満々で宙を見上げ、恨めしい晴明の顔を浮かべた。
あの時、自身を見下すように左夜宇の術を解いた晴明の顔を、はるあきが忘れた日などなかった。
そして、あの時の自分の力不足も忘れた日はなかった。
道満兄貴が殺された。
まだ幼い頃のはるあきには、過酷過ぎる経験だ。
「まずは、我の故郷・加古川へ帰る」
はるあきは、複雑に絡み合う感情をグッと胸の底にか押し込む。
宇京も左夜宇も、はるあきに頷いて見せた。
それに応えるようにはるあきは、雲間から差し込む日の光に向けて腕を大きく押し上げた。
「播磨国まで二十八里じゃ!」
「マジかぁ…」
展開早っ!
「播磨まで本気か?だって二十八里だぞ!」
二十八里(平安京(ネットでは平安京跡)から播磨(設定上、加古川です)まで約、110km。これを歩いて行きます。ちなみに歩くと、約20時間かかるそうですが、私のイメージでは3、4日かけてる感じです)