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【魔導院結界】弍
「やぁッ!」
とある男子生徒が、炎の球を飛ばした。
「<迸る紅蓮よ、乱れ咲け>!!」
それに被せるように、女子生徒が格上の炎属性魔術を詠唱する。
炎の球は紅蓮の華に覆われて、たちまち消え失せる。
これは二限目。
好きな相手と魔術の撃ち合いをして、どちらかが敗北宣言をあげるまで一生続く。
ここで死ぬ訳にはいかない。
無駄なプライドを掻き立てられ、生徒達は次々と挑んでいく。
ルィはその光景を静かに見守っていた。
「ねぇルィ、腕試しといかない?」
突然背後から声が聞こえて、しかも自分の名を呼ばれ、何事荒事とルィは振り返る。
ルノアだ。彼女も戦いたかったのだろう。
ルィはとにかく眠かったが、丁重に断ってもルノアが泣くかも、とこくりと頷く。
ーー刹那、閃光のような光線、爆発、光線、爆発。
何度かそれが繰り返され。
「<冥界にて眠る愚な者よ、蘇>!」
ルノアが霊属性の呪文を素早く、とても素早く詠唱する。
周りの生徒たちは聞き取れないほど早口で、強力な化け物的な何かがルィ目掛けて飛んで行く。
「しね」
ルィは呟く。すると、あろうことかその化け物たちはぐしゃりと捻り潰され。
が、ルノアは驚きを見せず
「<死爛漫>!!」
化け物たちから無数の腕が伸びて、ルィの方へ。
「失せろ雑魚」
ルィは感情もその呪文で失せたかのような冷静な表情でただ呟く。
またもや腕は引きちぎられ、苦しそうにもがく腕もある。
「ルノア」
不意にルィに名を呼ばれ、ルノアは立ち止まる。
いやこれは作戦だ、と思う隙も無くーーー
強烈な悪寒がルノアの身体を襲った。
「ひっ…」
恐怖だった。
ルノアは気が抜けたかのようにその場に崩れ落ちる。
これで終了だった。
ルィはそんなことまるで無かったかのように長めの欠伸をする。
「何か悪口だけでルノア先生圧倒してたよね…」
「強ッ」
生徒が口々に呟く。
ランもこれには驚いたようで
「かっけぇ…(星)」
と呟いた。
これは、レヅサに言われた通りしたおかげか。
暗めの奇妙な生徒ルィがそんなこと言ったら、誰かは気絶しそうな雰囲気だった。
ーーーー
「やばいですね~~~、魔導講師第一級免許持ちの魔導士ルノアを圧倒するとは」
片手で魔術片を弄びながら言うのは、灰翠色の髪、右目は薄い緑色。片目を呪詛的な言語が筆書きされた白紙で隠している妖しい雰囲気の十五〜十六歳ほどの容姿の少年こそがレヅサと名乗った|其奴《そやつ》なのだ。
人目につく場所では特に奇異な目で見られそうなローブを身に纏っている。
「やばいって…」
ランがクスクス笑う。嘲りの笑いではなく、無邪気に楽しむような笑声。
今、レヅサは木の枝に乗っかり跨っている格好。ランはそれを見上げる形。
「まあとにかく、《《あれ》》はまだ誰にも知られてないんですよね?」
「あっ、はい、大丈夫ですね」
ランは居住まいを正して言う。
「ラウニャはここに来ると言いましたか?」
「は、はい…。」
「そうですか…、話題を決めておかないと」
レヅサはいつでも楽しそうな人だった。
いや、実は人間ではないという噂があるのだが。
この国において、世界壊滅の魔術を使えるほどの魔力を持ち合わせる者などレヅサ以外には決していないだろう。
世界にはその絶大な魔力をほこる魔導士は三人ほどしかいない、と言われている。
「僕も学校行きたいよ〜〜」
「無理ですよ、生徒が死んじゃいます」
「ですよね〜」
レヅサもこれほど魔力に恵まれる者じゃなく生まれてきたなら、今は魔術学習に疲れて寝ているか、魔導書でも読み漁って宿題している年頃なのだ。
魔導士誰もがレヅサに憧れるが、レヅサにとってはそんなに楽しいことでは無かった。
魔力だけで化物扱いされるし、敬遠される。
そして位的にも、一般市民よりは上で。
生きたくなかったなどと、これまで何度も思った。
いやでもあれだし。魔術的に好きにやれるのこの生だけかもしれないし。
早まるな、自分。
的に考えた(嘘)結果、ここに流れついたのだ。
そしてランと出会い。
ラウニャと出会い。
色々と結構事が流れ込んできた。
魔導学院の管理を任された時期もあったし。
皇帝国王陛下と女王陛下と会話したり。
とにかく面倒事が舞い込んできた。
「レヅサ」
「はい?」
「レヅサって偽名か本名かどっち?」
聞いて来たのはラウニャだ。
「レヅサという名前、珍しいですか?」
確かに。
「ルノア先生が言ってて」
「あ〜、ルノア最近目立ってますよね……、本名ですよ、もちろん」
ーーー。
「ルィさん、強かったよ」
「へぇ…少し手こずるかもね」