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7.晴れ
--- ♢ Aller side ♢ ---
「ッ‥」
今の状況を一言で言うのならば、“絶望”だ。
「壊すのに少し時間がかかったのぅ。全く、面倒な拘束をかけよって。まぁまだまだ未熟なものだった故に壊しやすかったが。」
グランさんは私の拘束を簡単に壊してしまった。簡単に、壊されてしまった。
「‥アレル、動けるか。」
「‥ごめんなさい、フラフラして動けないかも、です。」
「‥参ったな。」
私は血を流しすぎて貧血、オスカーさんは私がいるから逃げれない、グランさんはまだピンピンしている。なす術がない。
「シェリアが来るのを待つしかないが‥」
「‥」
私は今この状況で、所謂“お荷物”なのかもしれない。オスカーさんは私がいなければ今既に逃げられている。グランさんに狙われる事もなかったはず。私が怪我をしたから、私の能力が弱かったからオスカーさんもピンチになってしまっている。
「‥__私、何がしたいんだろう。__」
助けるはずが助けられてて、役に立とうとしたら迷惑になってて、全部空回りだ。
「そろそろお遊びは飽きた故に、本気で行かせてもらおう。そこの小娘、次男を庇ったら、右脚を思わずもいでしまうかもしれないなぁ。」
クスクスと笑いながら私に話しかけるグランさんに、恐怖心を抱かないなんて無理な話だ。
私は弱いから、誰かに頼らなきゃ生きていけない。オスカーさんみたいに自立していない。まだ未成年なんだから、平気だと世間は言う。それでいいんだと自分が納得してしまったら、きっと私は成長しない。このまま、弱いまま生き続ける。そんなのは、嫌だ。死んでも嫌だ。
「“ 𝒷𝓁ℴℴ𝒹 𝓇ℴ𝓈ℯ ” !!」
“薔薇のように美しく、棘のように恐ろしい華を咲かせましょう。”体を突き刺すような鋭い棘は、グランさんに狙いを定めた。
「‥小娘を少々下に見過ぎたようじゃな。」
棘はグランさんの両足を突き刺した。地面から離れぬよう、ずっと太い束で。
「だが貴様はなにがしたいのじゃ?この拘束を先程といたのを見ていなかったのか?」
「‥見てましたよ。だけど、それが諦める理由にはなりません。」
「‥どういうことじゃ?」
「‥私は弱いです。誰かに頼らなきゃ生きていけない。今だって、オスカーさんに助けて貰ってたし、迷惑かけてばっかり。いつも誰かが支えてくれて、そこに立っている。」
無意識の内に体に力が入る。掌に爪が食い込んで痛い。けど、それ以上に心が痛くて仕方がない。
「だけど、それでも今は一人で立っている。どんなに苦しくても辛くても、この二本の足で地面の上に立っている。自立って、そう言う事を言うんです。」
「‥」
「私は一人で立っていたい。その為には、何に対してでもすぐに諦めちゃ駄目だから。弱い自分じゃなくなりたいなら、強くなりたいなら人に頼りきりじゃ駄目だから。」
ふらつく脚に力を入れて必死に立つ。荒くなる呼吸を整えて、私は彼女に言う。
「だから、どんなに絶体絶命の状況だって私は諦めない。人に頼られる人間になりたいから。貴方を、後悔させたいから。」
「‥つまらぬ小娘かと思えば、案外芯のある小娘じゃったな。じゃが、貴様一人に何が出来る。この拘束をわしがまた壊す事は考えてないのか?」
「考えてますよ。けど、それは貴方を殺す為にやってる訳じゃない。」
あの人が来るまでの時間稼ぎにやっているから。
「あの人、それは誰じゃ?教えてくれな。」
「君に教えることはない。アレル、もう休んでおけ。__もう少しだ。__」
「‥」
大人しくここは引き下がる。出しゃばっていい時を見極めなければ、それはただの我儘になってしまうから。
「わしを後悔させるとは、どうするんじゃ?」
--- ♢ No side ♢ ---
「“ ℐ𝓇ℴ𝓃 𝓉𝓎𝓅ℯ𝓀𝓃𝒾𝒻ℯ ” 」
街灯照らす路地にそこにいた三人ではない声が響く。それと同時に空から降ってきたナイフがグランの足を拘束していた血を切った。
「ぇ‥」
アレルの顔が青ざめていく。拘束が何者かによって外された事に対する絶望だ。諦めないとは言ったが、貧血の状態で血を使う能力はもう使えない。
そんなアレルとは違い、オスカーは安心していた。その能力の呪文を唱える人物を、オスカーは待ち望んでいたから。
ふわりふわりと動く上着はまるで海月のよう。耳につけられたピアスが月明かりに反射して輝いた。開いた瞳はアクアマリンのよう。二人の前に降り立ち、振り返るその顔にアレルも安堵した。
「もう大丈夫、僕が来たからね。」
シェリア・ヴィクトリアの到着だ。
「おぉ!其方はリュネットでわしの依頼を受けた男じゃないか!」
「会った時は少女だったんだけど‥その正体はバケモノだったか。困った奴だねぇ‥」
「シェリア、さ‥」
「お疲れ様、アレルくん。オスカーくんもお疲れ様、何があったか後で聞かせてね。」
「あぁ、ちゃんと報告する。」
「うん、じゃあ安全な場所に行っててね。今からヴィスを取り除く。」
「‥あの、シェリア、さん。」
「ん?どうしたのアレルくん?」
「その人、殺しちゃうんですか、?」
「だってヴィスだよ?」
「でも、その体は、普通の女の子の体ですし‥殺さないで、すみませんか?」
「‥ねぇ、アレルくん。」
「はい‥?」
「この世に存在してていいヴィスなんていないんだよ。」
そう言うシェリアの瞳は、見た事がないほど冷たい目だった。
「‥ぁ、」
マジックのようにシェリアの手に現れたナイフを振りかぶり、グランの首元にいるヴィスを切った。グランの首元からは大量の血が吹き出し、シェリアに返り血がつく。グランの体は地面へと倒れ込み、目を見開いたまま動かなくなった。首から流れる血は真っ黒で、止まることはない。グランの死体から離れたヴィスは逃げようとしたが、シェリアに踏まれて逃げられなくなっていた。
「“ 特待能力 𝒯𝒽ℯ 𝒹ℯ𝒶𝒹 𝓁𝒶𝓊𝑔𝒽 ”」
輝く鏡に吸い込まれ、ヴィスはその場から消えた。残ったのは驚いて動かなくなったアレルギと、倒れそうになるアレルを支えて見てはいけないものを見たかのような顔をしたオスカー、そして動かなくなったグランと、グランの死体の前にいるシェリアだけだった。
「‥シェリア、さん。」
「‥ここで見たことは全部忘れて、ね?」
シェリアは泣きそうな顔でこちらを向き、無理矢理口角を上げて微笑む。何かを押し殺すように微笑み、ゆっくりとアレル達の方へと歩いてきた。
「‥お疲れ様アレルくん。ゆっくりおやすみ。」
そうシェリアが言った瞬間、アレルの体から力が抜けて倒れそうになる。それをオスカーが受け止め、どうしたのか確認すると眠っているだけだった。
「‥一体、何をしたんだ。」
「何もしてないよ、本当に。無理に意識を保ってる状態だったから、安心させるような言葉をかければ意識が落ちるだろうな〜と思ってただけ。」
「‥助かった、ありがとう。」
「ううん!こういう時に助け合うのが仲間ってもんでしょ!」
「それもそうだな‥では、さっきの感謝はなかった事に‥」
「なんでぇ!?それはおかしくない!?」
先程までの雰囲気はどこかへ行き、二人はいつものおふざけ雰囲気に戻っていた。
「‥私はアレルを運ぶ。」
「およ、ありがとうね〜!じゃ、帰ろっか!」
♢
あの後にアレルが地図を開いた分かれ道へ戻って行き、路地を抜けるのもあと少しというところまだ来た時のことだった。
「‥ねぇ、オスカーくん。」
「?どうかしたか?」
「君は僕を殺せる?」
「‥は?」
「あぁいや、この質問は変だったかな。‥君は僕がヴィスに寄生されたら、迷いなく殺せる?」
「‥どうした急に。」
「さぁ?どうしてだろうね〜、なんか聞きたくなっちゃった。」
ケラケラと笑う彼に、何か隠しているのではないか、と思ってしまうのは普通の事だろうか。
「‥わからないな。お前がヴィスに寄生される場面に出会っていないから答えられない。」
「あ〜そっか。僕ヴィスに寄生される訳ないから想像できないか。」
「寄生される訳がないって、凄い自信だな。」
「だってこの僕だよ?そう簡単には寄生されないさ!君だって、そう思うだろう?」
「‥まぁな。」
「でしょ!」
「‥君は、どうなんだ。」
「ん?」
「君は、私を殺せるのか。ヴィスに寄生された私を、迷いなく。」
「殺せるよ。」
「‥」
「だって、寄生されたら君の体は残っても君じゃなくなるでしょ。ヴィスは駆除しなきゃ。」
「‥私はそう簡単にヴィスに寄生されない。」
「あれ、何処かのイケメンと同じ事言ってる〜!」
「誰だイケメン?」
「いやほら、目の前にいるでしょ?」
「‥いないぞ?」
「失礼だなオスカーくんってばもぉ〜!!」
「叩くな、アレルが落ちる。」
「落ちても大丈夫!気付かないでしょ!」
「よし、アレルに教えとくか。」
「やめて〜!!」
雲の隙間から太陽が顔を出し、彼らの進む道に光が差した。水溜まりに二人の姿が反射する。
天気は絶望の雨ではなく、“希望の晴れ”だ。
第一章 天気は晴れ
「終」