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片想い
「天才小説家と持て囃された澄野祐希の現在」
「澄野祐希、3年前の栄光は何処へ」
なんて見出しの記事が溢れるこの世界。
こんなチンケな記事で喜ぶ人間が一定数いるなんて、どれだけ日常が暇なのだろう。
俺、澄野祐希は、デビュー作「あの時の君の涙を拭えたとしたら」が映画化し、一躍有名となるが、デビュー作以降何作かが、不評だったことからか、スランプに陥っていて、小説の新作を書けていない、過去の人、らしい。
過去の人だなんだと騒ぎ立てられて入るが、俺は今だって生きている。
遠くで打ち上がった花火の音に焦ったり、過去の栄光に縋らないと、藻掻き、やるせない思いを抱えて生きている只の人間だ。
今日も今日とて、ネタが見つからない。気分転換に部屋の掃除をしていると、昔ボツにしたのであろう短篇を見つけた。内容は、生きるのが下手な主人公が心からやりたいと思うことを見つけ、ヘタクソながらも、奔走していく、という話だった。
なんでボツにしたんだろう、なんでこの小説の存在を忘れていたのだろう、そう思いながら再び掃除に取り掛かろうとするも、この短篇を、どうしても人に見てもらいたくなってしまった。
パソコンで昔、小説を投稿していたサイトを開き、新しいアカウントを作る。名前は「結城澄乃」。「小説新規作成」をクリックし、原稿用紙を見ながら文字を打ち、投稿した。
俺はメンタルが豆腐だから、当時投稿していたサイトは、閲覧数もランキングも出ず、コメントが来ることでしか人に読まれているんだということがわからない。当時は時々来るコメントだけで満足していたのに、数年で俺は随分と承認欲求が強まってしまったらしい。
朝起きると日課になっている、マイページ確認。一ヶ月続けているが、成果はまだない。どうせ今日もないだろうと開くと、「ファンレターが来ています」。そう通知が来ていた。
慌ててクリックすると、学生の女の子かららしいコメントが。
「私は、このお話の主人公みたいに、生きるのがヘタです。だから、この小説を読んだ時に、自分だけじゃないんだって、安心することができました。私もいつか、この主人公みたいに、心からやりたいことを見つけたい。という目標が見つかったので、それまで、もうちょっとだけ、頑張って行きてみようと思います。」
俺はずっと、これのために小説を書いていたんだ。賞を穫ることが無くても、大勢に読まれるベストセラーにならなくても。数人、いや、1人でもいいから、俺の書いた小説で、心が温まって、もうちょっと頑張って生きてみようって、そう思ってもらえる小説を書くために、俺は俺の人生を使いたい。
「澄野先生!準備できたので、セットの方来てください!」
「はい、今行きます!」
そう言い、セットの椅子に座ると、インタビュアーさんが口を開く。
「澄野先生、お忙しい時期にお時間いただきありがとうございます。今回は発売後即重版のヒット作『片想い』についてや、澄野先生自身について、お話聞かせてください」
「今回の小説は、前回の『あの時の君の涙を拭えたとしたら』とは違う印象を受けたのですが、執筆中に心境の変化があったのでしょうか」
「そうですね、前回の小説は無意識の中で賞を穫るために書いていたところがあると思います。でも、あまり、小説が書けなかった5年間のうちで、一番最初、小説投稿サイトで小説を書いていた頃の写真を思い出せたような気がします」
「なるほど。では、澄野先生の初心、とは何でしょうか?」
「僕、本当に生きるのがヘタなんですよ。学生時代とかは特に生きるのが辛くて、精一杯で、そんな時の唯一の救いが、僕みたいな生きるのがヘタな主人公が頑張る小説を読むことで。序盤は自分だけではないんだ、ということに安堵し、後半は自分と主人公を重ねて読んでいました。烏滸がましいかもしれないけど、僕も僕みたいな人のために、小説を書きたい。喜び、幸せになれないかな、と」
「素敵ですね。澄野先生は前回のヒット作から5年間、心ない言葉をかけられたこともあると思います。小説を書くことをやめなかった理由とは何でしょうか」
「単純に、小説が好きなのと、他にやりたいことがないからですね。他にやりたいことがあったら、例え小説から『逃げた』という形になれど、新しいことに対しては『進んで』いると思うんです。やりたいことがないまま、物事を放棄するのは苦しい、ということを学生時代嫌というほど感じたので。でも、逆に言えば、本気でやりたいことがあるのなら、学校でも、会社でも、辞めてもいいんじゃないかな、って僕は思っています」
「一方から見たら『逃げて』いるかも知れないけど、もう一方から見れば『進んで』いるというふうに映る、ということですね。では、最後に。澄野先生にとって小説とは何ですか」
「そうですね…『生きていくのに必要無いけれど、あったら落ち着くもの』ですかね」
「といいますと?」
「人間、最低限衣食住があれば生きていけるっていうじゃないですか。でも、あれって、体面、というか。メンタル度外視だと思うんです。それだけ、最低限だけでは、きっと、心が、ままならないと思うんです。無くても生きられるけど、あればちょっと微笑える。そんな存在ですかね」
結構長かったのに、最後まで読んでくれてありがとうございました!
どうだったでしょうか?コメントくれると嬉しいです!