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私は京都の秘密を知りに行く 二話私は京都の秘密を知りに行く 二話
それは、静かな朝だった。
京都の空に、一本の光の筋が走った。
最初は、いつもの淡い白だった。
けれど――
その光は、ゆっくりと赤く染まりはじめた。
「……え?」
校庭にいた生徒たちが空を見上げる。
赤い光の筋は、網の目のように広がり、京都の空を覆っていく。
そして――空間が、わずかに歪んだ。
景色が揺れる。
遠くに見える寺の屋根が、蜃気楼のように波打つ。
「うそ……」
表は胸が冷たくなるのを感じた。
東京では白い光だった。
こんな赤は、初めてだ。
――危険度が、まるで違う。
その瞬間、遠くの寺院の一部が、すっと透明になった。
瓦が、柱が、鐘楼が――
音もなく、存在が薄くなっていく。
「時空が……削られてる……?」
地面が一瞬だけ歪み、空気がひしゃげる。
影の子が、強く表の袖を引いた。
いつもより、焦っている。
影の子の気配も、いつもより緊張していた。
でも、表は一歩前に出る。
「これは……街の記憶の整理じゃない」
ノートを開く。
赤い光は、規則的ではない。
むしろ、暴走している。
歪みは、京都の“古い場所”に集中している。
寺、古い町家、石畳。
歴史の層が厚い場所ほど、赤く染まっている。
――誰かが、無理やり“書き換え”ようとしてる……?
空間が軋む。
鐘の音が、途中で途切れた。
雄が叫ぶ。
「表! あれ消える!」
寺の一角が、完全に透けかける。
表は走った。
「影の子、補助!……お願い……!」
赤い光が足元をかすめる。
空間がねじれ、視界が揺れる。
表はノートに高速で書き込む。
【赤光=強制上書き】
【対象=歴史密度の高い構造物】
【目的不明・暴走状態】
「止まれ……!」
だが赤い光は、今までより強い。
京都の空が、血のように染まる。
そのとき。
赤い光の中心部に、黒い影が一瞬だけ浮かんだ。
“何か”が、向こう側にいる。
誰かが、操作している。
表の背筋が凍る。
これは自然現象じゃない。
――敵がいる。
寺の消失は、影の子の必死の補助で、ぎりぎり踏みとどまった。
だが赤い光は消えない。
空はまだ、歪んでいる。
表は静かに言った。
「これは……戦いになる」
京都編、第二章――
本格始動。
赤い光が京都の空を覆った翌朝。
京都校は、静まり返っていた。
校門は閉鎖。
外出禁止。
寮生は全員待機命令。
空はまだ、薄く赤い。
時おり、空間がわずかに揺れる。
「本日より、校内外の移動は制限する」
放送が流れる。
生徒たちのざわめき。
雄が小声で言う。
「これ、やばくないか……?」
表は窓の外を見る。
遠くの寺院の屋根が、まだ少し透けている。
完全には戻っていない。
――赤い光は、終わっていない。
影の子は、落ち着かない様子で揺れている。
午後。
徹さんが、表を研究室へ呼ぶ。
「昨日の現象は通常の光の筋ではない」
机の上には、観測データ。
赤い波形は、白とはまるで違う。
乱雑で、攻撃的。
「誰かが意図的に干渉している可能性が高い」
表の胸が強く打つ。
やっぱり。
「校外は危険だ。京都市内も一部立入規制が始まっている」
封鎖は、学校だけじゃない。
京都全体が、静かに異常事態へ向かっている。
その夜。
寮の廊下の空間が、一瞬だけ歪んだ。
壁が波打つ。
時計の針が逆回転する。
――校内にも侵入してる……!
赤い光の細い筋が、天井を走る。
「まずい……」
表はノートを掴む。
だが。
今回は、光の動きが読めない。
影の子が強く発光する。
――表、校舎中央へ。
初めて、明確な“誘導”を感じた。
表は走る。
中央ホールへ。
赤い光が集まり、空間が裂ける。
黒い裂け目。
向こう側に、あの“影”。
そして。
低い声が、直接響いた。
『観測者の後継……見つけた』
空気が凍る。
表は息を止める。
観測者――
それは、両親の研究にあった言葉。
赤い光が、一斉に収束する。
だがその瞬間。
影の子の力が強く介入した。
空間が強制的に閉じる。
赤い光が弾け、消える。
静寂。
ホールには、ひび割れた床だけが残った。
封鎖は解除されない。
むしろ強化された。
表は理解する。
これは小さな暴走ではない。
――私は、狙われている。
赤い光は、京都を試している。
そして。
次は本格的に来る。
窓の外の空は、まだ赤い。
京都校封鎖――継続。
封鎖三日目。
京都の空は、完全に赤く染まっていた。
歪みは学校の外へ広がっている。
遠くの寺院が、ゆらりと揺れる。
石畳が波打つ。
町家の壁が、ゆっくりと透ける。
「……京都全域で異常拡大」
徹さんの声が低い。
観測モニターには、赤い波形が京都市内に広がる様子が映っている。
表の喉が乾く。
――これは、整理じゃない。
――消去だ。
歴史の層が厚い場所ほど、赤が濃い。
時間そのものが削られている。
影の子が震える。
沙月の気配も、明らかに焦っている。
そのとき。
京都の中心部で、空間が大きく裂けた。
黒い縦線。
空が割れる。
『観測者の後継』
あの声が、京都全域に響く。
『干渉を開始する』
次の瞬間。
複数の寺院が、一斉に透け始めた。
鐘の音が途切れる。
風が止まる。
時間が、ずれる。
雄が叫ぶ。
「表! 町が消えてる!」
表の心臓が強く打つ。
――止めなきゃ。
――私が。
中央ホール。
空間が裂け、赤い光が渦を巻く。
表は、その中心へ歩いた。
怖い。
でも、逃げない。
ノートを開く。
そこには、両親の最後の走り書き。
【観測者=世界の記録を維持する存在】
【干渉が強すぎれば、世界は自壊する】
理解が、繋がる。
白い光は“調整”。
赤い光は“強制上書き”。
誰かが、世界を再構築しようとしている。
表の中で、何かが静かに目覚める。
視界が澄む。
赤い光の流れが、線ではなく“構造”として見える。
時間の層。
記憶の層。
存在の層。
――見える。
これが、観測者。
影の子が強く発光する。
影の子の声が、初めてはっきり届く。
「表ちゃん……あなたは継承者。
でも“選ぶ”のはあなただよ」
赤い光が迫る。
寺の消失が加速する。
表は、ノートを閉じた。
そして、空間に直接触れる。
書くのではなく――
“認識する”。
「京都は、消えない」
静かに言葉を置く。
赤い光が、止まる。
波が凍る。
時間の歪みが、一瞬静止する。
黒い影が揺らぐ。
『……完全覚醒前に干渉するとは』
空間が軋む。
だが、消失は止まった。
完全ではない。
けれど、京都はまだ存在している。
表は息を荒くする。
覚醒は、不完全。
でも確実に、力は目覚めた。
空の赤が、わずかに薄れる。
京都崩壊――一時停止。