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心臓の重さ
2025/08/19
心臓が重い。
朝、目が覚めた。ベッドから起き上がる時、ゾウのように、しかしゾウほど優雅ではない、のっそりと動いた。部屋を出て、階段を降りると、朝ごはんのトーストの良い匂いが漂ってきた。リビングに入り椅子に座った、お母さんがトーストを出してくれる。食パンを小さく齧り、咀嚼して飲むこんだ。パンが下に落ちていくのがわかった。この感覚は好きだ。
身支度を終え、家を出た。私の制服は真新しく、太陽に当たると美しく輝いているように見えた。教科書が詰め込まれたリュックを背負い、通学路を歩いた。思うように動けないこの感覚は、あまり好きではない。
朝の透き通った空気と、煌めく光。私にはそれが眩しくてたまらなくて、目を閉じていたかった。
学校では、みんな軽やかに歩いている。学生らしい希望に満ちた笑顔で友人たちと会話を交わす。少し前までは私にとってもそれが当たり前だった。けれど、今は前ほど軽やかに動けないし、前ほど純粋な笑顔が出てこない。私自身が勝手に抱いた、自分だけが違うという思いが、私自身を縛り付けている。
「歩、おはよう。」教室に入ると、友人の渚沙がそう言って口角を上げた。小さく跳ねるようにして渚沙が歩くたびに、彼女の短く折られたスカートと、束ねられた黒髪が揺れていた。かわいらしいと思った。私もこんなふうだったら良かったのになとも思った。
心臓が重い。生きづらい。うまく笑えない。
これが大人になるということなのかもしれない。
今日も心臓は重いし、今日も歩きにくい。今日もトーストが胃に落ちていく感覚に居心地の良さを覚え、眩しい光にまぶたを閉じ、友達に羨望の瞳を向ける。
でも、この日々にもだんだんと慣れきた。それはもしかしたら、少しだけ怖いことなのかもしれなかった。私にはまだ、わからないけれど。