公開中
歌ってさ
ハルキ:机に伏せてた方
サド:フーセンガム膨らませてた方。サディストではない。
それまで机の上に伏していたハルキが唐突に顔を上げて呟いた。
「三分で解決するなんておかしい」
「何? ウルトラマン?」
(一応は)部室として確保された空き教室、くちゃくちゃ鳴っている友人のお喋りにうんうん耳を傾けていたハルキだったが、思い出したように告げたのだ。唐突な主張であってもサドは耳を傾けてくれる。いい奴だ。
「歌の話だよ」
「はあ……?」
サドは口の中から小さな桃色の膜を膨らませる。くちゃくちゃ言ってたのはガムだったらしい。小さかった膜がまた膨らんでいく。こうであっても一応はハルキの主張に興味があるようで、ボサボサの頭を見下ろしている。
「歌ってだいたい三分くらいだろ。それなのに三分……いや二分とか二分半でなんか勝手に前に向かってる。俺ついていけねえよ……」
「あー……?」
要領を得ない主張だったが、サドは少々頭を巡らせる。ハルキが曖昧なところで説明を終えるのはもはや癖のようなものだったので、サドがかみ砕くことが多々あったのだ。
「歌の冒頭だとネガティブだった主人公でも、ラスサビあたりで気持ちを持ち直してるから、落ち込んでるときに聞いても心に入ってきません。ってコトか」
「それ」
「はー。毎度お前めんどっちぃこと考えんのな」
「サドが元気すぎるだけだろ……」
「いーや。おめぇがメンブレのヘラってるだけだね。お前さん浅いんだよ解釈が」サドはガムの入っていたプラスチックの容器でぺしぺしハルキの頭を叩く。叩くと言っても痛みはなく、ただ黒髪に少し埋もれるくれいの強さ。
「どーいうことだよ」
「いいか」
サドは容器をぐりぐりと押し込めたまま語り始める。
「歌としては三分だ。でも作中の時間とか考えたことあるよ? それに、人サマに見せるんならある程度形を整えなきゃならん。だから逆に『瞬間を切り取ってるだけ』なんだよ」
「……ふーん」ハルキの目が泳いだ。
「お前、今『でも俺の気持ちに寄り添ってない』とか考えただろ」
「……まあ」
「アホか。作品がイチイチお前個人にカスタマイズするわきゃないだろ。ウジウジしてたいなら好きな部分だけ飲んでたらいいんじゃねえの。それか書け。文芸部員だったろ」
「あのさあ……そんな簡単に書けたら苦労しねえよ」
「ほーん。だったら書かなくても良いけど」
サドはハルキの旋毛に合わせてなじる。左巻きの渦に合わせてコロコロ、コロコロガムの粒が転がった。
「お前はぜーんぶのモンに合わせなきゃならんって考えるからそーなんだよ、分かったか」
「合わせてないし。合わせてたらその曲が好きとかなるし。そもそもこんな隅っこで文字書いてるような陰キャになってない」
「ほーらすぐそうやって比較する。迎合してる証左だぞ。お前さんまだ高校生だからしゃーないけどな」
「お前に言われたくねえよ」
サドはケラケラと笑いながらプラスチックをハルキから離した。桃色のガムがまた、口の中から膨らんでいく。まだまだ膨らむ。周りの景色を鏡みたいに映し出すまで。夕色と景色が混じっていく。桃とオレンジ。美味しそうな組み合わせだ。文字だけを見れば。
パン。
辺りを薄い夜が飲み込む前に、下校時間のチャイムが響いた。
フーセンガムが割れる。机に広げていたノートの上にガムの破片が散らばる。文字列にちょっとした桃色が引っ付いた。
「ああ……」
ハルキは罫線の上に広がった小さな粒を片付ける。あらかた綺麗になると消しカスをゴミ箱に捨て、シャーペンを片付けて最後にノートを閉じた。学生用のものではない、分厚い日記用の手帳だ。
慌てて空き教室を後にする。
「早く戻んないと、次の電車までリーマンのごった煮だぞ~がんばれ~」
サドがけらけら笑っている。昇降口の前まで早歩きで移動する。走らないのは教員とすれ違いそうになったからではない。床に微量なワックスがかかっていて少し滑りそうになったからだ。
「もう俺とお前しか部員居ないんだからな。帰ったらまた話そうぜ、ハルキ」
(分かったよ。またな、サド)
『2-D 佐渡春樹』
下駄箱の中から何の変哲もないスニーカーを取り出して。