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透明のあつかい方
深海の底よりも静かで、かすかに冷たい夜だった。
街灯の明かりが水溜まりに落ちて、黄色い光の円をつくっている。
僕はその円の端を歩きながら、胸の奥をそっと確かめる。
心臓の底には、いつだってひとつのビー玉がある。
小さくて、少し冷たくて、どこまでも澄んだ透明な願い。
触れればすぐに指の熱で溶けてしまいそうな、けれど決して消えないその球体を、僕は生まれたときからずっと誰にも気づかれないように秘めて生きてきた。
隣を歩く彼女が、笑いながらガラス細工の指輪を夜空にかざした。
露店で見つけたというその指輪は、街灯の光を反射して、まるで夜の欠片を閉じ込めたみたいに儚く煌めいている。
僕が答えると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
けれど次の瞬間、彼女の指からすべり落ちた小さなガラスはアスファルトの上に落ちて、乾いた小さな音を立てて弾けた。
足元に散らばる、無数の透明な破片。
彼女が漏らす、落胆の息。
けれど僕は、その足元に広がる光の粒子から目を離すことができなかった。
人が作ったものは、どうしてこんなにも呆気なく壊れてしまうのだろう。
そして、人そのものもまた、ガラスと何ひとつ変わらない。
昨日まで笑っていた誰かが、ふとした風の向きが変わるみたいにいなくなる。
些細な言葉ひとつで心が砕け、二度と元には戻らなくなる。
誰かを愛する気持ちも、すれ違いの破片で容易に傷つき、粉々になって消えていく。
人間は、あまりにも簡単に作られ、あまりにも簡単に壊れていく。
だからこそ、僕はそこに途方もない美しさを見出すのだ。
永久に変わらないものなんて、きっとこの世界には存在しない。壊れるからこそ、失われるからこそ、その一瞬に宿る光は僕たちの眼球を強く焼き付ける。
僕は屈み込み、細心の注意を払いながら破片を集め始めた。
指先に刺さらないように。この一瞬の美しさを台無しにしないように。
心臓の底のビー玉が、微かに揺れて澄んだ音を立てる。
僕は知っている。
彼女のこの笑顔も、僕たちの穏やかな時間も、いつか必ず壊れる日が来ることを。
そして、僕自身もまた、いつか砕けて散っていくただのガラスに過ぎないことを。
首をかしげる彼女の瞳に、街灯の光と、僕の姿が映っていた。
僕は最後の小さな破片を掌に拾い上げ、そっとポケットに仕舞い込んだ。
「壊れてしまったことも含めて、君が選んだその指輪は最初からずっと綺麗だったよ」
僕たちは、いつ壊れるかわからない脆弱なからだと心を持って、今日という薄氷の上を渡っていく。
だからこそ僕は、この世界を、人を、そして僕の隣にいるあなたを、壊れものを扱うように、丁寧に、大切に、扱っていく。
胸の底のビー玉を、永遠に澄ませたままで。