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引きずり出したい相手
レイがモルズを連れて最初に向かったのは、街の中央にある大きな建物だった。
道を歩きながら、モルズは興味深そうに辺りを見回す。
この環境のせいか、砂ぼこりが舞っていて視界が悪い。
道を行き交う人々は、剣や槍などを持って武装していた。傭兵か騎士だろう。
建物は手入れが行き届いているとは言いづらかった。建物の手入れを行える人材が不足しているのか。それでも、廃墟をそのまま使っているようには見えなかった。
街は特別綺麗なわけではないが、そこで暮らす人々には活気が満ち溢れている。
「良い街だ」
数々の街を渡り歩いてきたモルズから、ぽつりとそんな言葉がこぼれた。
「でしょう?」
レイも誇らしげだ。自身が住んでいる街が褒められて嬉しいのだろう。
大通りに出た。往来の人々の数もさらに増え、場合によってはすれ違うのも困難になる。
この光景だけ見れば、傭兵が多く立ち寄る他の街と同じだ。だが、細かいところまで注視すれば、他の街より行き交う傭兵のレベルが数段階上であることが分かる。魔獣の駆除を求められた結果だ。
大通りを真っすぐ進めば、すぐに傭兵組合の建物に着いた。
「……ここが」
赤いレンガ造りの大きな建物。砂ぼこりで少し汚れているが、レンガ自体は新品同様でひび一つ入っていない。
出入り口は二つあり、モルズが案内されたのは右側の方だった。
「この建物は、騎士団の方と共用しています。私たちの出入り口はこっちですよ」
左右の出入り口に目に見て分かる違いはない。それぞれの出入り口に、「傭兵組合」「各国騎士団」と書かれた立て札が立っていた。
モルズはレイに着いて歩き、傭兵組合の建物の扉をくぐる。そのまま、とある部屋に案内された。
部屋に着くとレイは懐から紙とペンを取り出し、モルズに椅子に座るよう促した。レイはモルズの対面に座る。
「こちら、契約書になります」
そう言って、レイはモルズに紙とペンを差し出した。
「依頼したい内容は担当区域の魔獣の排除。大体針鰐ほどの強さのものが銀貨十二枚、血狼ほどで金貨一枚になります。それ以下の魔獣は一律で銀貨四枚。これより強いものは滅多に出ませんが、出た場合は危険度に応じた額を進呈します。
死体はそのまま放置してもらって構いません。一日に一回、こちらの職員が回収に向かいます。その時に報酬額を確認するので、報酬は担当の方々の間での山分けになります」
レイの口から説明される内容を聞きつつ、相違はないか確認する。
契約書の中に自身にとって不利になる条件が書いてないか。見落としたら大変だ。
「良ければ代筆も行いますよ?」
書類を見て唸るモルズを見て、レイがモルズに言った。
「いや、大丈夫だ」
これまで、モルズは数々の商人たちの依頼を受けてきた。その過程で文字の読み書きを習得している。
契約書に署名した。
「……はい、ありがとうございます」
レイは契約書に折り目を付けないよう注意しながら、契約書を自分の方へ引き寄せた。
「モルズさんの担当区域はB-7、最前線の一つ手前になります」
「分かった。今すぐ行きたいところだが、あいにく腹が減っていてな。おすすめの店はあるか?」
「もちろん。案内しますよ。ちょうど、私もお腹が空いていたところですし。少々お待ちください」
レイは契約書を|懐《ふところ》に収め、立ち上がった。そのまま部屋を出て、上の階に上がっていく。
一分後、レイが戻ってきた。
レイが階段を下りる気配を感じ、モルズは立ち上がる。
古びた建物を出て、真新しい建物が並ぶ街へ出た。
レイはまるで自分の庭であるかのようにクライシスの街に詳しかった。人で混雑している大通りを避け、裏路地を駆使して目的地を目指す。
何度道を曲がったことか。進んでいる方向は把握できても、通った道は覚えていない。
「はい、着きました!」
レイが案内したのは、多くの傭兵でにぎわう串焼き屋だった。
今はお昼時を過ぎた時間帯。席に空きがあり、モルズとレイはすぐに席につくことができた。
「串焼き、塩、大盛りでお願いしまーす!」
入店早々の注文。しかも大盛り。
「お待たせしました! 串焼き(塩)、大盛りです!」
大皿と共に店員が現れ、伝票を置いて去っていく。
ごくり。モルズは唾を飲んだ。
「いっただっきまーす!」
元気よく手を合わせたレイは、早速串焼きにかぶりつく。
「う〜ん」
唸り声を上げ、一本食べ終わるとまた一本、と手を伸ばしていった。
モルズも串に手を伸ばす。
湯気を上げる串焼きを一気に頬張った。
「……!」
声にならない声が漏れる。
噛む度に溢れる肉汁。口の中を火傷しそうになりながらも、それを飲み込む。
――脂が旨い。
肉が柔らかい。店長の腕が良いのだろう。薄利多売で利益を得ているとおぼしき店で、ここまで感動するものを食べられたのは久しぶりだ。
モルズは無言で次の串に手を伸ばす。
肉の焼き加減が絶妙だ。
「ふぅ……」
結局、一息つけたのはモルズが五本目の串焼きを食べてからだった。
水を一口飲み、串焼きを求める体を落ち着ける。
モルズは少し冷静になった頭で、辺りを見渡してみた。
今日は休日なのか、仲間と酒を飲み交わす者たち。机の上には酒の空き瓶がいくつも転がり、羽目を外したのだと推察できる。
金欠なのか、一つの大皿を仲間でちまちまつついている者たち。四人で大皿一つは少ない。美味しい串焼きに目を輝かせ、それを心ゆくまで食べることのできない自らの懐具合に肩を落とす。
「なあ、聞いたか?」
ふと、隣のテーブルから聞こえてきた話。
耳が暇になったモルズは、何の気なしにその話に耳を傾けた。
「魔王のことか?」
「ああ、そうだ」
酔っているのか、少し滑舌が悪い。
「にしても、眉唾だよな」
笑い混じりに続けられた言葉に、モルズは目を見開く。
「――魔王を倒せば、全ての魔獣が死ぬなんて」
魔獣の皆殺しを目標に掲げるモルズにとって、それはまさに青天の霹靂。
「だよな、おとぎ話かよってんだ」
「がっははは!」
「……! 信憑性……いや、魔王はここにあれだけの魔獣を呼び出してる、確実に何かで繋がってるはず」
今すぐ飛び出そうとする体を押さえ、今までで一番頭を回転させる。時間はかけていられない。モルズには、この衝動を長時間抑える術はなかった。
「……」
レイも黙って物思いにふけっていた。
驚愕、動揺、懐疑。様々な感情がないまぜになった、なんとも言えない表情。
こちらは思考が言葉になって表れることはなく、本人以外には何を考えているのか分からない。
「魔王の存在こそ眉唾か? 姿を見た者は誰もいないと聞く。となると、魔王をここまで引きずり出す策が必要だ」
最初に出した声明以外、魔王は表舞台に姿を現していない。何が起ころうとも出てこない可能性すらある。
「あんなことを宣言したやつが、劣勢になると縮こまるなんてことはないか」
串焼きをかじりながら、モルズは自身の考えを検証していく。
人類への逆襲を謳った魔王。あの傲岸不遜な物言いは、自信がある故のものだろうか。 あの言葉からは、劣勢になった途端に逃げ出す小心者の気配は感じられなかった。
ほぼ確実に、魔王軍が壊滅寸前まで追い込まれれば出てくる。
ならば、モルズが取るべき選択は。
「今まで通り、魔獣を殺す」
串焼きを三本同時に頬張りながら、モルズは言った。
「私もお供しますよ」
いつの間にか思考を終えていたレイが、モルズに微笑みかけた。
「……」
いつの間にか考えが口に出ていたらしい。モルズは少し恥ずかしさを覚え、レイの言葉に返答することができなかった。
「……食うか」
モルズは少し冷めて適温となった串焼きを指差した。
「そうですね」
長らくお待たせしました。本日より、投稿再開です。更新は4日に一度となります。