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Ending.1「世界から消えた女王」
加筆あり。
11697文字。
ルイスside
あれから僕は、レイラと
一騎打ちを続けていた。
呼吸の乱れからか、視界が歪む。
いや、これは血を流しすぎたからか。
レイラ「……っ、」
レイラも、死なないとはいえ疲労は溜まっていることだろう。
隙が初めより見えてきたけれど、僕の動きが間に合わない。
踏み込みたいのに、踏み込みきれない。
それは、相手も同じようだけれど。
乱歩『ルイス』
ルイス「……何かな、乱歩。っと、危ないなぁ。僕、あまり話をしている余裕はないんだけど」
乱歩『もう下がれ。このままでは君が先に限界を迎える』
ルイス「知ってるよ、それぐらいのこと。でも僕は戦わないといけないんだ」
せめて、アリスがもう少し話せる時間を──。
レイラ「これで終わりよ!」
走馬灯とかを見るタイプではないのは、戦争でよく知ってる。
死にかけても、何も見れない。
僕はこの世界の住人じゃないから空っぽだ。
でも浮かんだ。
ヨコハマの皆の姿が、英国軍の皆の姿が。
積み重ねてきた、出会い別れの全てが浮かんだんだ。
レイラ「なっ……!?」
???「残念だけど、ルイス・キャロルは殺させないよ」
レイラ「……誰かしら、急に入ってくるなんて」
ぼやけた視界の先にはレイラがいる。
どうやら僕は誰かに抱えられているようだった。
???「お初にお目にかかります、死者軍の女王──なんて、私のキャラではないね」
レイラ「知らないわよ、そんなの」
???「許可のない謁見に気分を害してしまったことは謝罪しましょう、死者軍の女王」
レイラ「謝罪するぐらいなら、ルイスを置いて消えなさい。それとも私と戦うつもりかしら?」
???「“あの”死者軍の女王に真っ向から挑んで勝てるという自信は……。ははっ、生憎と持ち合わせていません」
呼吸が整ってきたところで、声の主が分かってきた。
でも、なぜ此処にいるのか不明すぎる。
???「それでも、キャロルくん。君に助けられた者の一人として、今こそ恩を返そう」
ルイス「どうして君が此処に……?」
???「助け、と云うのは間違いだったかもしれない」
ルイス「……まさか君はッ」
乱歩『ルイス、その仏蘭西軍は──』
ルイス「詳細は後で伝える! とにかくお前は辞めろ!」
???「……悪いな」
降ろされたは良いけど、このままではマズい。
異能でワンダーランドへ此奴を送るか?
いや、間に合わない。
長時間一人で相手にしているのを見て、しびれを切らしたか。
死者軍も街を荒らしていってると云うし、怪我人も増えていってることだろう。
早く対応しないといけないのに、身体が間に合わない。
ルイス「待て、サルトル……!」
レイラ「……その名前、何処かで聞いたような──」
--- 異能力“存在と無” ---
レイラ「──あら? ……、何も起こってない…?」
サルトル「いいや、異能力は発動している。不死者と呼ばれた君も、この異能には敵わないようだね」
ルイス「っ、今すぐ辞めろ! サルトル! おい、聞いてるのか!」
サルトル「……君なら判るだろう? 遅すぎたんだよ、全て。猶予を作ろうとも、上は待ってくれない」
ルイス「これは僕達だけで解決できた問題だ!」
サルトル「だから、私に云わないでくれ。“異能兵器”や“焼却の異能者”よりはマシだろう?」
ルイス「でも君の異能は──!」
彼の胸ぐらを掴む手が、強くなっていく。
サルトルの異能。
それは“対象者の存在を一週間後に跡形もなく消してしまう”というもの。
僕が忘れてしまう前に解除させないと。
ルイス「──解除しろ。いや、解除してくれ……っ、アリスはまだ…!」
サルトル「……キャロル君。たった一人のために、世界が滅ぶ危険をそのままにしておけるか? “時計塔の従騎士”が下した決断を裏切ることは不可能だ。そして僕が異能を解除することも同じく、な」
ルイス「っ、それなら無理やりにでも──」
そこで僕の意識は途切れた。
疲労は消えることなく、注意が疎かになっていたのもある。
欧州では、時計塔の従騎士が絶対だ。
悔やんでも悔やみきれない。
それなのに僕は、きっと──。
---
サルトルside
おっと、なんて思わず声が漏れる。
まさかこんなところで気絶するなんてね。
まぁ、ボロボロの体を見ればすぐに分かるけど。
確か現在彼がいるヨコハマの組織──確か“武装探偵社”に“治癒能力”の持ち主がいたな。
“妖精使ヰ”に預けるには厳しいよな。
あの“本モドキ”と戦ってる、と話は聞いている。
サルトル「……“ワンダーランド”への行き方分かんないや」
レイラ「私のことを無視しないでちょうだい!」
カキン、と刃の交わる音が耳を刺す。
サルトル「ルイスを死なせるわけにはいかないからね。それに君も限界だろう?」
レイラ「何言って──!」
そこで彼女の言葉は止まった。
この異能は死者だろうが、何者だろうが関係ない。
私が解除しなければ、存在ごと消えてしまう。
レイラ「本当に、何をしたのよ……っ」
サルトル「女性を見下す趣味はないけど……。まぁ、私にとってはルイスを助けることが最優先だからね」
レイラ「……──思い出した、」
膝をつくレイラの目は見開いていた。
レイラ「ジャン=ポール・サルトル……異能名は“存在と無”で、その効果は──」
サルトル「気づいてよかったね。あぁ、気づかないで完全に孤独となった状態で死にたかった?」
レイラ「っ、解除しなさい……っ!」
サルトル「断る。キャロル君に借りを返さなければならないし、何より《《上》》に歯向かうのは自殺行為だ」
レイラ「なら無理矢理にでもっ!」
レイラが死者を呼び出すと、私へその剣は向けられた。
しかし、ルイスを抱えながらでも避けるのに問題はない。
サルトル「……軽いね、別世界の君は」
アリス「これでも最近は食べている方なのよ。……ルイスの身体とはいえ、重いと言われたら傷つくからこの話は終わりにしましょう」
サルトル「そうだね」
借りるよ、と落ちていた“ヴォーパルソード”を取ってレイラに向かう。
異能で消えるより先に殺そうとしたが、剣はキーン、と高い音を立てて止まる。
レイラ「なっ……!」
剣を止めたのは、《《一つの鏡》》だった。
サルトル「……どういうつもりかな、アリス」
アリス「わざわざ、今殺す必要はないでしょう?」
サルトル「ワンダーランドにいたから記憶があるけど、そのうち消える。この瞬間だけ守ったって意味はないよ」
アリス「えぇ、知ってるわ。でも私は家族を見殺しに出来ない」
私から離れ、アリスはレイラの横へ並ぶ。
アリス「レイラ」
レイラ「……何よ」
アリス「ここで死ぬのと、消えるのどっちがいい?」
レイラ「私は生きるわ。こんな男に、殺されてなんかいられない」
アリス「……そう」
立ち上がるレイラの腕を引き、アリスが前に立った。
サルトル「その判断、間違いとは思わないのか?」
アリス「えぇ。私は彼女の家族だから」
レイラ「……アリス」
サルトル「虚像じゃないから|この剣《ヴォーパルソード》は必要ないな」
カラン、とヴォーパルソードが落ちると同時に戦いの火蓋は切られる。
---
アリスside
でも、サルトルの剣は届かない。
アリス「また何処かで会いましょう」
流石といったところね。
タイミングよく足元に穴が開き、私とレイラは落ちていく。
アリス「……ふぅ、やっと一息つけるわね」
レイラ「何なの」
アリス「ん?」
レイラ「なんで私を助けたの! あそこで殺せば異能は──っ」
アリス「解除されないわよ」
レイラ「なっ、!」
アリス「……貴方の目的は私でしょ? なら此処で踊りましょうよ」
クルクルと回りながら、私は笑う。
やってきたのは“ヴァイスヘルツ”にある大広間だった。
遠い過去、皆でご飯を食べたり勉強をしたりと活気溢れていた場所だ。
アリス「ただ、私は虚像に戻るわ。貴方が消したいのは私だけでしょ?」
レイラ「……なら早くすることね。私、気が長くない方だから」
知ってる、と私は一瞬姿を消す。
次の瞬間にはレイラに刺された状態の──虚像の私が“ヴァイスヘルツ”にいる。
アリス「七日しか時間がないのよ」
シュッ、と虚空からヴォーパルソードを抜く。
アリス「どちらも時間が残っていない……そんな状態でどこまで戦えるのか楽しみね」
レイラ「……貴方よりも私の方が強いわ」
アリス「数で押してるだけじゃない」
レイラ「異能も自分の力の一つよ。こんなところで壊れても文句はなしよ」
アリス「えぇ。口喧嘩はここまでにして、あとは此処で語り合いましょう?」
---
──「これで良かったのだと……貴様は本気で、心の底から思っているのか?」
──「……分からないわ」
──「何故、私にだけ教えた。何故、私に見届けさせた?」
──「それも、分からないわ」
──「“分からない”と繰り返すことしか出来ないのか、貴様は」
──「……しょうがないじゃない。私は今さっき消えてしまったレイラのことを、あの子のことを忘れたくない」
──「アリス。貴様は今、馬鹿げたことを考えているな?」
アリス「……よく分かったわね」
──「顔に出ている」
アリス「そう」
「「……。」」
──「必要なものは揃っているだろう?」
アリス「|日本のヨコハマ《本のある場所》に|中島敦《道標》、ねぇ……。それだけじゃ足りないわよ。私はレイラみたいに完全服従の使者の兵隊もいなければ、驚異的な頭脳も持ち合わせてないわ」
──「……動き始めるなら早いほうがいいぞ。世界が貴様を変えてしまう前に、な」
アリス「まるで私が悪になるのを望んでるみたいな言い方ね」
──「貴様のしたいことを応援してるだけだ」
アリス「貴方が応援? ははっ、明日は雪でも降るのかしら」
──「……ひとまず私は戻るぞ」
アリス「そうか、応援してくれるのね……」
──「何だ、計画を始められる段階になる前に知ったから殺すか?」
アリス「そんなことするわけないじゃない」
──「じゃあ何だ」
アリス「いや、私には父親も母親もいなかったから……。それに悪事を応援するの、立場的にどうかと思うわよ」
──「……貴様にとっては悪事ではないだろう。大切な友人を──否、家族を取り戻すための貴様の正義だ」
アリス「……どーも」
──「行くのか?」
アリス「いや、帰るわよ。ルイスに迷惑を掛けたくないから。あとはレイラが消えるまでの口裏合わせをしないとだから」
──「そうか」
アリス「貴方も帰ったらどう? どうせ山積みの書類が待っているのでしょう?」
──「……こちらのこともお見通しか」
アリス「それじゃ、また会いましょうね。ヴィルヘルム・グリムさん?」
ヴィルヘルム「……あぁ」
---
太宰side
あれから二週間が経った。
コレといって大きな案件が連続で起こるわけもなく、平和と云えることだろう。
特務課は昼を、マフィアが夜を。
私達武装探偵社がその狭間を担当する、夏目先生の三角構想は今も問題なく続いている。
変わったことと云えば、英国軍と特務課の連携がうまく取れるようになったことでルイスさんがホントーッに忙しい。
今日も英国の方で、帽子屋と協力しながら頑張ってるようだ。
そのお陰で私はこうやって話が出来るのだけれど。
太宰「ということで、第一回『レイラはどうなったのでしょう会議』のコーナー。司会進行は自殺未遂ばかりで一向に死ねない、みんな大好き太宰治がお送りします」
乱歩「……僕、下らない茶番をするつもりなら戻るよ?」
太宰「すみません、乱歩さん。最近いつも以上に国木田くんが構ってくれないので」
与謝野「アンタ、そんなに構ってちゃんだったかい?」
ナオミ「まぁ、最近の国木田さんはいつも以上に仕事に熱心でしたので」
ハァ、と乱歩さんはため息をつく。
乱歩「それで結局、あの日は《《何が起こったんだ》》?」
太宰「乱歩さんもやはり分かりませんか」
与謝野「……この面子を集めたのは、全員がレイラを覚えているからだろう?」
与謝野さんの言うとおり、共通点はソレだ。
何があったか私は詳細を知らない。
けれど、仏蘭西軍が異能を発動したというのを乱歩さんが見ている。
それも時計塔の従騎士に関連しているという。
太宰「とりあえず、例の異能者は分かったんですか?」
乱歩「一応、特務課の方に聞いてみたよ。僕の知っている情報は名前と、異能力名の二つだけ。だけどヒットした」
海「誰だったんですか……?」
乱歩「それは──」
???「──ジャン=ポール・サルトル」
声のした方に私達五人の視線が集まる。
ユイハ「遠い昔にルイスと共闘した異能兵、らしい」
海「どういうことですか……?」
ユイハ「僕の本体──俺は“ワンダーランド”にいたから異能がちゃんと効いていないらしい」
乱歩「……特務課に聞いたんだけど、“対象者の存在を跡形もなく消してしまう”で合ってる?」
ユイハ「それは此奴に聞いてくれ」
ユイハ君が部屋に入ると、後ろに人影があった。
その時、誰もが気がついたことだろう。
ワンダーランドにいたのは自身達だけではないことに。
アリス「えぇ、だいたい合ってるわ。ただ、“一週間後に消えてしまう”のと“存在が消えた者の異能力を使える”のが抜けてるわね」
太宰「……。」
与謝野「それはまた凄い異能だねぇ……」
アリス「それにしても、口裏合わせに少し手間取ってしまったわ。此方に顔を出すのが遅くなって、悪かったわね」
太宰「そういえば直行さんもいたんでしたっけ」
ユイハ「口裏合わせに行ったのは俺だけだろ。因みに、あの時ワンダーランドにいた全員のところへ行ってきた」
ナオミ「それは大変でしたわね……」
乱歩「アリス、一つ聞きたいことがあるんだけど」
乱歩さんはボーッと遠くを見つめながら問いかける。
対して、何かしらとアリスさんは質問が分かっているかのように微笑む。
乱歩「結局、決着はついたの?」
アリス「もうレイラは存在ごと居なかったことになっている。それが私の考えていた救いになるかと聞かれたら……正直、分からないわ」
でも、とアリスさんは寂しそうに笑った。
アリス「私は最後まで彼女の傍にいれた。消えてしまう直前まで戦っていたけれど」
太宰「……ルイスさんと違って一週間休みを取ったのはそれが理由ですか」
アリス「えぇ」
乱歩「それで? 口裏を合わせて来たことを伝えに来ただけじゃないでしょ?」
与謝野「おや、そうなのかい?」
ユイハ「……今は覚えていても、二週間後には俺達の記憶からも消える」
その場にいた全員が、驚きを見せていた。
ワンダーランドにいたことで覚えていられる、というわけではないらしい。
ユイハ「結局のところ、世界自体が変化する異能だから俺等も勝手に順応するんだよ。他の奴らみたいに、レイラが知らねぇ敵に置き換わる」
乱歩「本当に全員?」
アリス「……太宰君は異能無効化で覚え続けられる可能性があるわ」
太宰「特異点にならないと良いですけど」
海「あの! 本当に太宰さんしか覚えていられないんですか…?」
アリス「ワンダーランドにいたことで、順応するのに時差が生まれただけ。そう考えて貰えたらいいわ」
海「……アリスさんも?」
アリス「……えぇ、残念だけれど」
そんなアリスさんの言葉を最後に“レイラはどうなったのでしょう会議”は終わった。
二週間後──事件から一ヶ月がたった頃には、本当にレイラのことを忘れているようだった。
レイラが知らない敵に置き換わる、とユイハ君は云っていたけれど実際は違った。
もう事件自体が無かったことにされており、ルイスさんの出生や英国軍異能部隊の御二方に関する“全世界配信”も消えた。
それは多分、ルイスさん達にとっては良いこと──なのだろう。
過去を掘り返されるのは、心身ともに疲れるだろうから。
それにしても、と私は少し思うところがあった。
異能がサルトルに取られると考えれば、彼を殺せば消えた人達も戻ったりしないのだろうか。
澁澤の件──DEAD APPLE事件は自分の異能が襲ってくるが、倒せば取り戻せた。
ユイハ「おい包帯、掃除するのに邪魔だからどけ」
太宰「私先輩なんだけど???」
ユイハ「俺のほうが長生きだから先輩だ」
太宰「同じ時を繰り返しているのは長生きとは云わないよ、ユイハ君」
ユイハ「……うるせぇ」
私は無理矢理どかされ、彼は私のいた場所を掃除する。
まぁ、さっきまでのことを考えても仕方ないか。
どうせ私しか覚えていないのだから。
ユイハ「そう云えば太宰」
太宰「……ちゃんと呼んでくれるの珍しいね」
ユイハ「気分だ気分。それで“アリスが死ぬ未来”はどうなったんだ?」
あぁ、そんなことも話したな。
とりあえずアリスさんは死んでいない。
太宰「……可能世界だったんだろうね、きっと。それか誰かの行動一つで未来が変わったか」
ユイハ「ふーん」
聞いてきた割には興味がなさそうなユイハ。
それ以上の会話はなく、レイラのことも可能世界のことも。
両方、暫くは考えないことにした。
もう忘れることが一番いい。
それが最適解の筈だからと自分を納得させる。
森さんみたいで嫌だなぁ、なんて考えながら掃除の終わった場所でまた仕事をサボる。
否、私はサボっているわけではなくて次に起こるかもしれない大きな戦いの為に力を温存しているだけ。
太宰「──本当に…?」
ユイハ「ん?」
太宰「……本当に覚えているのは私だけで、忘れることが最適解なのか?」
何か、引っかかる。
『……特務課に聞いたんだけど、“対象者の存在を跡形もなく消してしまう”で合ってる?』
ここは違う、乱歩さんの言葉じゃない。
特務課の情報なら多少信頼できるし、アリスさんも否定していなかった。
それなら、もう少し後の話だろうか。
否、少しなんてものじゃない。
その直後にアリスさんが云った言葉は何だった。
『(前略)──ただ、“一週間後に消えてしまう”のと“存在が消えた者の異能力を使える”のが抜けてるわね』
──此処だ。
注目すべきは今日、私以外がレイラを忘れてしまったことじゃない。
太宰「“存在が消えた者の異能力が使える”……っ、!」
アリスさんのことだ。
嘘を付くとは思えないし、多分事実だ。
太宰「……どうしたら」
太宰「安吾に連絡を取って欧州に繋げてもらうか?」
太宰「否、ルイスさんを通したほうが早い。でも敦くんと依頼に行ってるし──!」
ペチン、と優しい音が響いた。
理解するのに時間が掛かる。
私は、今、ユイハ君に、叩かれた、よね。
太宰「……ゑ?」
本当に不思議で彼の方を見ると、掃除道具でフルボッコにされた。
国木田くんが止めるまで叩かれまくったんだけど。
もっと早く止めてくれてもよくないかな。
え、日頃の行いが悪いって──。
太宰「──それでも早く止めてよ!?」
国木田「……。」
太宰「無言やめて?」
ユイハ「……。」
太宰「え、もう一回云うよ? 無言やめて???」
ユイハ「……なら、さっさと社員集めて情報共有しろや」
バコン、と過去一の音が事務室に響いた。
---
No side
銀色の髪が風で揺れる。
仏蘭西軍でもなければ、
時計塔の従騎士でもなければ、
その男を理解している人はいない。
異能力については、尚更。
???「おかえりなさい、サルトルさん」
サルトル「……どうせならお前以外に迎えられたかった」
???「まぁ、そう怒らないでくださいよ。口調が変わってますよ」
微笑む男を横目に、サルトルは遠く離れた椅子へ座る。
サルトル「──で。どうするんだよ、魔人さん」
フョードル「僕も記憶が継承されているわけではないので、何をしてどの異能を手に入れたか教えてくれませんか?」
サルトル「断る」
フョードル「……何故か理由を聞いても?」
サルトル「俺は──否、私は彼の友人として手を貸したかった。情報の対価を支払いに来たというのに……全く、シグマ君なら良かったものを」
フョードル「僕がいるのは想像できたでしょう?」
サルトル「……チッ」
最悪な空気の中、部屋に入ってきたのは何も知らないシグマ。
フョードル「良かったですね、シグマさん。サルトルさんに好かれていますよ」
シグマ「はぁ……?」
サルトル「誤解を生む言い方をするな」
困っているシグマを見ずに、手元の本を読み進めるフョードル。
サルトルは鞄から資料を取り出した。
サルトル「とりあえずルイス・キャロルの関係者──主に欧州と日本の異能力者のリストだ。何に使うか予想はつくが……」
ダンッ、とフョードルの顔の横に足が勢いよく当たる。
風で少し揺れた髪が落ち着いてから、彼は小説から視線を上げた。
サルトルは片足を上げたまま顔を近寄せる。
サルトル「キャロル君をあまり苦しめるようなら、俺がお前を殺す」
シグマ「なっ……!?」
サルトル「“天人五衰”、とか云ったか? ハッ…目的は知らないが、俺が今まで手に入れてきた異能をナメるなよ」
フョードル「……僕と貴方、どちらの方が多くの異能力者を手に掛けてきたんでしょうね」
サルトル「お前……!」
フョードル「口調。……気をつけるのではなかったんですか?」
サルトル「……チッ」
いつの間にかヒートアップしていて掴んでいた胸ぐらをサルトルは手放す。
フョードルは何事もなかったかのように微笑みながら、崩れた襟を直していた。
サルトル「……では、私はこの辺で」
フョードル「えぇ。背後にはお気をつけて」
サルトル「……ご親切にどうも」
部屋を出ると同時に鳴り響く銃声。
服が紅く染まっていったかと思えば、重力に沿って床へ倒れ込む。
シグマは音のした方へ視線を向けた。
フョードルの持っている銃口から煙が上がっている。
シグマ「……何故だ。情報に間違いはなかった。どうして撃ったんだ」
フョードル「異能力について話していただけなかったのと、彼の異常な執着は計画に邪魔だと思ったので」
シグマ「だが──!」
フョードル「それこそ治癒能力、又は《《それと同等の力》》が無ければ助かりませんよ。心臓を一発で撃ち抜きましたし、ズレていても大量出血は避けられません」
????「……そうだな。私が《《あの異能》》を持っていなかったら魔人さんの言う通りだっただろう」
第三者の声にシグマもフョードルも驚いた。
そして好奇心旺盛な子供のように、小説を投げて駆け寄る。
フョードル「即死ではないのは分かっていましたが真逆まだ意識があるとは……英国軍ですか? それとも探偵社のように即死だから回復したんですか?」
サルトル「教える義理はないね」
フョードル「あぁ、そうですよね。しかし僕もちゃんと忠告はしましたから」
サルトル「……俺がキャロル君の為に手を貸したことを忘れるなよ、魔人フョードル」
フョードル「えぇ、忘れませんとも」
次の瞬間にはサルトルの姿は何処にもなく、床に広がっていた筈の血痕も消えていた。
シグマ「おい、フョードル……」
フョードル「何でしょうか」
シグマ「──いや、何でもない」
ゴーゴリ「はぁーい! 軍警の視察終わった僕が帰ってきたよ☆」
フョードル「おかえりなさい。あぁ、そうだ。紅茶でも淹れましょうか。確か美味しいものがあっちの棚に──♪」
そんなことを云いながら、フョードルは部屋の奥に消えた。
ゴーゴリ「……ドス君、機嫌良さそうだね」
シグマ「フョードルは何者なんだ? 頭脳明晰かと思えば、あれではまるで子供だ」
ゴーゴリ「一般人のシグマ君には分からないと思うけど」
シグマ「おい」
ゴーゴリ「頭脳明晰で、先の展開が読めてしまえるからこそ……予想外の出来事が起きると嬉しくなるんじゃないかな。それが君の目には“子供らしく”見えた」
シグマ「……貴様、姿を現すより前に帰ってきていたな?」
ゴーゴリ「あ、バレた?」
シグマ「バレた?、じゃなくてなぁ……! ハァ…私はもう寝る」
ゴーゴリ「えぇ、勿体ない。ドス君がせっかく紅茶入れてくれるのに…って、もう行っちゃった……」
ゴーゴリは辺りを見渡して、フョードルの投げ出した小説を取って机に置いておいた。
まだ机上に広げられたままの資料を手に取りながら、鼻歌交じりに指先を踊らせる。
---
『はぁ〜、結局最後まで戦い続けるなんて頭おかしいんじゃないの?』
『貴方が負けないのが悪いわ』
『そりゃあ最初で最後なんだから負けたくないでしょ』
『……死者も出し切って、結局1対1で戦ったわね』
『そうね。にしても、何なのよあの剣は』
『聖剣“ヴォーパルソード”。ルイスに下賜された“異能をはじめとした人の理から外れたもの”だけを斬る事ができる剣よ』
『だから死者軍が瞬殺されるのね』
『アレはスカッとするわね』
『こっちはイラッとしたんだけれど』
『まぁまぁ、そう怒らないでよ、レイラ』
『……はぁ』
『それにしても無理して最終的に二人とも倒れることになるなんてね』
『異能には慣れていた筈だけれど、貴方の剣が私に向くたびに異能が少しずつ消えていった。だからもう、私は生き返れない』
『私も身体がボロボロなんだけれど』
『良いじゃない、貴方はまだルイス・キャロルたちと生きていける。というか、そう簡単にくたばるならとっくの昔に死んでるでしょ』
『まぁ、そうね』
『あと数分かしら』
『えぇ。何か言い残したことでもあるの?』
『……いえ』
『何かあるやつね』
『あれ、私否定したわよね』
『どうせ私は助けられない。貴方の記憶もなくなってしまう。なら、伝えても伝えられなくても変わらないわよ』
『……私、貴方のことが羨ましかった。仲直りしたかった筈なのに、いつの間にか嫉妬に変わっていたのよ』
『そう……』
『でも、アリスはアリスのままだったわね』
『それを言うなら貴方も変わらないわよ、レイラ』
『……そう』
『っ、レイラ! 身体が光って……!』
『これが“存在と無”なのね。本当、最悪な異能だこと』
『嫌だっ、私まだ話したいことが……!』
『……なんで貴方が泣くのよ、莫迦ッ』
──「記憶を見るのはどうだい?」
レイラ「最悪の気分ね」
はぁ、とレイラは暗闇の中、座り込む。
レイラ「で、ここは何処?」
──「忘れられたものが辿り着く場所さ」
レイラ「貴方の見た目についても聞きたいのだけれど」
──「それはまだ教えられないね」
レイラ「……《《まだ》》?」
──「いいや、こっちの話だよ。とりあえず此処から友人を見守ったらどうだい?」
レイラ「遠慮しておくわ」
──「何故?」
レイラ「貴方の言うことを聞くのが癪だし、見守る必要はないだろうから」
──「そうかい」
『私のことは早く忘れて、ルイス・キャロルを支えてあげてね』
『そんなこと出来るわけ……!』
『それが私の最後の願い。貴方達が平和な世を生きていけるよう、祈ってるから』
レイラ「……神とやらがいるのなら、どうか二人を──」