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愛の檻
暗めの話、グロくはない。
あいつが殺された。
それを聞いたときに、俺の何かが崩れ落ちていく音が聞こえた。
同居を始めてから3年、これからもっと幸せになれるはずだったのに。
電話の向こうで警察が何かを言っている。俺の脳はそれを|音《ノイズ》として捉える。
俺の生きがい、他の何にも代えられない存在が奪われた。
・・・・あいつは愛を売る仕事をしている、と言っていた。
飢えた獣に、餌という名の愛を。
あいつは何かに怯えていたようだった、きっとそれは偽物の愛だ。
その愛にあいつは殺された。
俺に無償で愛を売ってくれたあいつが。
昨夜の自分の判断を悔やむ。
やっぱり一人きりの外出は反対すればよかった。
俺以外に配っていた愛は、所詮偽物なんだから。
偽物は本物に敵わないのだ。
速報、と称されたニュースが流れる。
その事件での被害者はあいつだった。
容疑者はすでに逮捕されているらしい。
専門家は、懲役10年くらいだろうと推測している。
―――人殺しが、10年反省して許されるとでもいうのだろうか。
あいつは行方不明者だったとか、色々な情報が流れる。
逮捕されたそいつは、こう言う。
「あの化物から救うにはこれしかなかったんだ」
「申し訳ないとは思ってる、でもこれ以上汚れてほしくない」
俺は、あいつをほとんど家から出さない。
だから汚れるはずなんてない。
外に出したとき、他の誰かと出会っていたのか?
ふつふつと怒りが湧いてくる。そこで一つの疑念が生じた。
―――俺への愛も偽物だったのか?
いや、俺達は相思相愛だ。首を振って邪念を消す。
「僕の恋人が変わってしまったのを見たくなかった」
「次はきっと僕のところに―――」
容疑者は何か喚いている。
部屋が夜の海のように薄暗くなり、俺の思考が沈む。
そして、頭の中に一つの小さな光が生まれた。
俺のものを奪ったなら、次はそっちが奪われる番だ、と。
準備はすぐに終えた。
捕まっている場所も調べたし、心は落ち着けた。
あとは奪うだけだ。
本物の愛をもらった者として。あいつに選ばれた男として。
そいつは「奪う者」には見えなかった。
自分の中での何かを貫いているようだった。
無造作に置かれた本のそばで、そいつはずっと笑っている。
「お前が・・・、俺からあいつを奪ったのか。」
憎しみよりも驚きと落胆が勝った。
こんなやつに奪われてしまったのか、と。
「ふふ、はははっ。僕は自分の正義を信じただけですよ。」
「お前の正義は俺の悪だ、|戦士《ヒーロー》を気取るな。」
「・・・それは違う。」
犯罪者に否定されても痛くも痒くもない。
俺は鼻でせせら笑った。
だが、それは真剣な表情で透き通った瞳を向ける。
「お前が悪だ、僕達の悪がお前の正義なんだっ・・・・!」
迫力もなにもない。見る価値も聞く価値も、なにも。
「ここに来たのが間違いだった、もういい。」
「僕、あなたに一つだけ言いたいことがあります。」
俺は無視する、聞くに足らないセリフだろうから。
「ここに来てくれてありがとうございます、すべて―――」
「計画通りに進みましたから。」
そう言って胸元から警察手帳を取り出した。
「警察・・・・っ!? 俺は何もしていない!」
「監禁罪であなたを逮捕します。君たちも、ほら。」
先程のような弱々しい雰囲気は風とともに流れていく。
部下らしき人物に命令を下す姿は、どこか貫禄もあった。
そいつらの後ろには、愛してやまないあいつがいた。
「生きてたのかっ・・・・、よかった。ほら、こっちにこいよ。」
「ごめんなさい、あなたとはここでお別れなの。」
後頭部を殴られたような衝撃が走る。
あいつが俺を拒絶した?
そんなはずない。あいつは俺を愛しているのだから。
「本当に愛をもらっていたのは僕なんですよ、犯罪者さん。」
「ごめんね、でも私達は一緒にいちゃダメなの。」
「言わされてるんだろ? そうだ・・・、よな?」
あいつは何も言わない。ただ少し怯えたように見える。
「改めて言っておきますが、僕は本物の彼氏で本物の警察官です。」
死んだというのは嘘だったのか。そんなに俺を誑かしたいのか。
無機質な手錠が、俺を嘲笑うようにこちらを見ている。
「・・・・なんでだよ。俺は・・・・、俺は・・・・!」
首輪だってつけてあげたし、ご飯も与えた。
ほしいものは何でも買ってやった。
俺はかすれた声で呟く。
「なあ、俺の行動は『愛』だったよな? 鎖なんかじゃない・・・・、純粋な愛だよな?」
そう尋ねても、あいつはいつもの笑いを浮かべるだけだった。
いや、あれは・・・・。
笑っているのか?