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秋風
十月某日、その深夜。
僕は、マンションのベランダで風に吹かれて、ヘッドホンで音楽を聞いていた。
秋。僕が大好きな季節。
十月。僕が大好きな月。
僕。僕が大嫌いな人間。
僕に好かれているというだけで、秋も十月も、穢れているように思えてしまう気がする。僕が言えることじゃないけど。
ベランダに少し、身を乗り出す。秋の風が、僕の前髪を撫でるように通り過ぎて行く。
僕は、秋のこの風が大好き。強いけど優しい、冷たい風を浴びていると、嫌いな自分が風に流されていく気がするから。
……このまま、ここから飛び降りたら?
きっと、僕は秋の風に包まれて、急降下で重力に従っていくんだろう。一番下、地面の道路に、この身を叩き付けて死ぬのだろう。そして、翌朝にでも冷たくなって発見されるのだろう。
それは、理想的な死に方だった。大嫌いな僕を捨てられる。大好きな秋に、大好きな秋の風を浴びて。
その時、僕の思考を遮るように、強い風が吹いた。耳からヘッドホンが外れて音楽が聞こえなくなって、思わずぶるっと身震いする。
でも、それが少し嬉しくもあった。
僕が僕をどんなに嫌いでも、秋は、僕の大好きな秋は、僕を必要としてくれている。死ぬことを考えた時、『死なないで』って、言ってくれる気がする。
だから、僕は生きる勇気を貰える。
秋風は、背中を押さない。今、僕の背中を押したら、僕は、重力に従って真っ逆様になるから。
秋風は、僕を振り向かせて、僕に生きて欲しいって言ってくれる。
だから、僕は秋が好き。秋の風が大好き。
ヘッドホンを付け直して、僕はもう一度、音楽に耳を任せた。
「ありがとう」
僕は、後ろに振り返って、ベランダから室内に戻った。