公開中
第5話 不透明
湊斗のバンドは4人組ポップバンド。
ボーカルとギター担当の湊斗、リードギター担当の黒瀬遥斗(くろせはると)、ベース担当で、唯一このバンドの女子、佐伯悠梨(さえきゆうり)、そしてドラム担当の有村楓真(ありむらふうま)。
大体は学校の中で出会った。
楓真は中学生からの付き合い。遥斗は休み時間にギターを持ってきていた。悠梨は路上ライブをしていた。
こんな感じで、湊斗が声をかけ、バンドを組むことになった。
そして、なんで文化祭に向けて練習しているのか。
実際、ライブハウスは近くにあるんだし、そこでライブをすればいいのではないか。
そう思うのが普通なのだが、バンドメンバー的にまだ湊斗らのバンドは流行っていないから、チケットノルマなどが達成しない場合が多い。
自腹で払えばいいという方法もあるのだが、あいにく湊斗達はお金はそこまでもっていない。
悠梨は路上ライブをしていたのだが、みんなで路上ライブするのも、機材運んだりとかするのがだるいらしい。
実際、今流行ってるバンドマンはこういう道をたどるのだろうが、一番近いところで湊斗達の腕前を披露するのが最適なのは”文化祭”だと気づいたのだ。
そして、噂によると”事務所の人が来る”可能性が高いと湊斗達は聞いていた。
普段そんなことはないが、湊斗の高校の先輩は、今現在流行っているバンドの卒業校である。
まぁだから、お遊びというか、軽い感じで事務所の人が見学に来るらしい。
自分たちでライブをするよりも、文化祭を見てくれる人が多い中で、しかも事務所の人も見に来る中で、自分の腕前を披露できるならそっちのほうがいいと、湊斗達は解釈したそうだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「よし!このまま行けば、文化祭までに間に合うね!」
楓真がパンと手を叩き、嬉しそうな顔で意気込んだ。
「あぁそうだな。」
湊斗もそれに応えるように、バッグから缶コーラを取り出し、椅子に座って缶コーラを飲み始めた。
それに反応するように、悠梨がベースをスタンドに置き、湊斗の隣に座った。
「本当、湊斗くんってかんかんのコーラ好きだよねー」
悠梨は、湊斗が飲んでいる缶コーラを物欲しそうに見ながら、そう言う。
湊斗もその目で察し、「あげねーぞ」と缶コーラを上にあげた。
「缶のほうが、ペットボトルより美味しく感じるんだよね」
「えぇそう?」
湊斗はその缶を見つめながら、説明を始めた。
「ペットボトルよりも冷たいっていうのと、あと普通に量がちょうどいいんだよなぁ」
「えー、量多かったらみんなで分けれるじゃん!」
「…悠梨は本当に欲しいんだな……」
湊斗は悠梨とそう話した後に、「ふぅ」とため息をつく。
その理由は、やっぱり詩羽だった。
蓮と相談したが、湊斗自身は「すべて解決」とまでは行かなかった。
実際、「蓮ならどうするか」としか聞いていなかったし、これから詩羽にどう接していけばいいのかとかは聞いていなかったから。
まぁ同じ高校とはいえ、今日会えなかったのだが。
それでも、バンドメンバーのみんなに相談するという考えは湊斗にはなかった。
そんなため息をつく湊斗に反応するように、楓真は話しかける。
「なぁ湊斗?今日、どうした?」
「んっ、え?」
湊斗は、缶コーラを手にしたまま一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに気まずそうに目を逸らした。
「…別に……」
「いや、明らかに今図星みたいな反応したよね」
楓真は笑いながら、ドラムスティックをバッグの中に入れる。
その時、ギターの弦を拭きながらずばりと最適解を遥斗が答えた。
「図星みたいな反応をするイコール、なにかあったとしか思えない。」
「話したほうが気が楽になると計算できる。」
遥斗の言う通りで、湊斗は蓮に相談した時は少しだけ荷が軽くなった気がした。
(まぁ話すくらいならいいか…)
「蓮にも話していることだし、相談するくらいならまだいいか」と湊斗は考え、またため息をついた。
「もし、もしさ。夜遅くに、同じ高校の制服を着ている女子が公園のベンチに座っていたら、どうする?」
みんなが蓮と同じように「はぁ?」と息を合わせて湊斗に返す。
そのみんなの反応に湊斗は笑いそうになるが、パッと表情を変えて、「どうする?」と聞き直す。
「一人寂しく公園にいたなら、なにか問題ごとを抱えていると計算できる。」
「俺もそう思うなぁ…」
「私も!私も!」
(やっぱそう思うよなぁ…)
湊斗は缶コーラを飲み干し、缶を近くのごみ箱の中に入れた。
「じゃあその問題ごとを抱えているかいないかわからないことにして、話しかけたりとか…」
湊斗のその一言をすぐに否定するかのように、みんなは「しない」と次々と言っていく。
湊斗は自分の行為を否定されたかのように思い、「えぇ…」とぽつりという。
「いやだって、話しかけたりしたらその問題ごとに首つっこむことになるじゃん」
「そうだよ!そうだよ!文化祭に向けて私たちは頑張ってるのに、そんな他人の問題を一緒に解決できる時間なんてないよね?」
「悠梨の言ってる通り。俺たちは常に練習で時間がないのに、そんな他人の問題を解決する時間はないと計算できる。」
「だよね…」
湊斗は「やっぱりか…」とため息をつく。
湊斗のため息を楓真は察したのか、口元を抑え、大きな声で言った。
「ま、まさか……話し…かけたのか…?」
湊斗は冷や汗をかくが、こくりとゆっくり頷く。
その瞬間に、スタジオ内が「えぇ!?」という声で埋め尽くされた。
「だってよ!気になるじゃん!」
「まぁ湊斗のそういう性格はわかるけどさ…」
「でも流石にあと少しで文化祭だよ!?湊斗くん!」
湊斗は必死に言い訳を並べるが、そんなのはお構いなしにみんなは否定し続ける。
そんな様子に呆れたのか、遥斗は手を顔に当てながら、はぁとため息をつく。
「でも、もうやってしまったことは変えられないと計算できる。」
遥斗はギターの弦を拭き終わり、バッグにギターを入れながら、そう言う。
楓真も下を向いてがっかりした表情を見せるが、悠梨はパチンと手を叩く。
「そうだよね!湊斗くんのそういう性格は前から変わらないし、もうやっちゃたから、私たちも手を加えよう!」
楓真は悠梨のその一言で、「…そうだな」とバッグを持った。
「ほら、早くしないとスタジオの時間が過ぎるぞ?」
「あぁそうだな。ごめんこんな俺だから…」
湊斗が悲しい顔でみんなに謝るが、楓真は湊斗の肩を力強く叩く。
「なぁに、心配すんな!俺らも手伝えることはするからさ!そうだろ?」
「うん!」
「楓真の言う通り。」
湊斗は、みんなの一言でぱぁっと明るくなり、「あぁ!」と大きな声で言った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なぁ、マジでうぜぇんだよ」
詩羽と湊斗が初めて出会った公園。そこで静かに暴力を振るっている人がいた。
「私の湊斗を取りやがって…」
そう言った人は、地面にうずくまっている人を蹴り始めた。
無言で。
蹴られている人は地面にうずくまり、声を殺した。
数分蹴っていたが、はぁと息を吐き、蹴るのをやめた。
そしてその場をゆっくりと離れた。