公開中
第1話:氷の令嬢と、準備室の熱量
王立学園の廊下を歩くイゾルデの姿は、まさに「動く彫刻」だった。
水色に白が混じった美しい髪をハーフアップにまとめ、最高級のマントをなびかせる。その瞳は冷たく、すれ違う生徒たちは背筋を伸ばして一礼し、彼女が通り過ぎた後にようやく安堵の息を漏らす。
「イゾルデ先生……今日も氷のように美しいな」
そんな囁きを背中で聞き流し、彼女は目的の場所――魔法薬準備室の扉を開けた。
放課後の準備室は、薬草の香りと静寂に包まれているはずだった。
だが、扉が閉まり、カチリと鍵がかかった瞬間。背後から逞しい腕が伸び、彼女の小柄な体を壁際へと押し込めた。
「……お疲れ、イゾルデ。今日もキマってたな、先生」
耳元で響く、快活で少し低い声。オレンジの瞳を細めて笑うのは、体育教師のソーレだ。
「……っ、ソーレ。ここは学園よ。節度をわきまえて」
イゾルデはいつもの無表情を維持しようと努める。だが、至近距離から放たれる彼の「身体強化魔法」特有の熱量に、自慢の氷結魔法がじりじりと溶かされていくのがわかった。
「節度ならわきまえてるさ。だから鍵をかけたんだろ?」
ソーレの大きな手が、彼女の白い頬を優しく撫でる。結婚三年目。家では毎晩のように愛し合っているはずなのに、学園という「公の場」での秘め事は、心臓の鼓動を狂わせる。
「だめ、あと五分で……んっ……」
拒絶の言葉は、熱い唇に飲み込まれた。
深い口づけ。ソーレの独占欲が伝わってくるような、強引でいて慈しむようなキスに、イゾルデの膝が震える。
その時だった。
「あ、あのー!失礼しまーす!イゾルデ先生、質問がぁぁぁぁ――!!」
勢いよく廊下を走ってきた生徒が、半開きだった窓の外を通り過ぎる際、中の「光景」をバッチリと視界に収めてしまった。
「あ、ああぁぁぁぁ!! す、すみません! お邪魔しましたぁぁ!!」
絶叫と共に遠ざかっていく足音。
イゾルデの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
「……終わった。私の、私の教師としての威厳が、粉々に……」
がっくりと項垂れるイゾルデ。しかし、ソーレはケロッとした顔で、逃げた生徒の方向を睨んだ。
「……チッ、いいところだったのに。なぁイゾルデ、あいつ、確かオレたちが学費支援してる商家の息子だろ?」
「……ええ、そうね。それが何か?」
「決まってんだろ。『口止め』しに行くんだよ。|非合法《オレら流》なやり方でな」
ソーレの目が、獲物を狙う肉食獣のように光る。
イゾルデは震える手で、愛用の杖を握り直した。
「……そうね。私の失態を見たからには、ただで済むと思わないことだわ」
先ほどまでの「溶けかけた乙女」はどこへやら。二人は「街の守護者」としての冷徹な顔を取り戻し、獲物を追うために準備室を後にした。
――しかし、その日の夜。
自宅の玄関をくぐった瞬間、イゾルデはソーレの背中に泣きついた。
「うぅ……ソーレが、|そうれ《あれ》……強く脅しすぎるから、あの子、泡吹いて倒れちゃったじゃない……どうしましょう……っ!」
「あー、よしよし。やりすぎた自覚あんのか(笑)」
二人の本当の「生存確認(愛の儀式)」は、ここから始まるのだ。
🔚