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忘却した紫桜の第二章
『お久しぶり。元気?わたしのこと、忘れてない?』
匿名で送られてきたファンレター。その一言しか書かれていないから、おそらく小説の内容は関係がなかったのだろう。それに、1番新しい小説に送ってきている。
返信ができない以上、放っておくしかない。運営に報告しようとも思ったが、アンチでもなんでもないので、削除もせずそのままにしておいた。貴重なファンレター、削除するわけにはいかない。
奇妙なファンレターはそのままにして、わたしは30分しかない猶予で『むらさき日記』を書き進めた。
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『ファンレターは見てくれなかったの?私は潜在能力を引き出して、心が読めるようになったから。だれにも言ってないけど』
投稿した『むらさき日記』についた応援コメントは、どうやら同一人物が書いたものらしかった。「はぁ?」と言いたくなった。報告してやろうかと思ったが、少し面白い。やってみようじゃないか。
「紫桜?」
「何?」
灰色のボブヘアを揺らしたのは、わたしの代理である紫藤紫音だ。生意気な口を叩いて、作者に一切敬意を払わず、寧ろぞんざいに扱う。代理のテンプレだ。こんな性格しか思いつけなかった過去のわたしを恨みたいが、これはこれで…いや、言ったらたぶん悲劇が起こる。
「どうしたの、浮かない顔して?」
「いや…なんか、コメントが…」
語尾を濁し、お茶も濁す。察したのか、紫音はさっとタブレットを覗き込んできた。
「うわ、何このコメント?」
「ね…」
知らない人のコメントにも、強く当たる。その姿勢はどうかと思うが、生み出した性格なので仕方ない。
「うーん、女っぽいけど、普通に男とか、中性とかの可能性もありそうだし。何、潜在能力って?心が読める?」
わたしの好きなゲームのキャラかよ、とか言った。
「イタすぎでしょ、潜在能力がどうとかこうとかって?あんたみたい」
「え、わたし?」
「そもそも、再生力を操れるとかいう能力を、リアルにいる人にキャラ付けしてるのがおかしいっつーの!」
「はあ?それは他の人にも失礼ってもんがっ」
「あんたは人一倍そんな感じなの!リアルとの区別つけろよ!」
「あぁ?やる?うちは作者だから、絶対勝てるが?」
「じゃあ殺さねぇよ、鼓膜をぶち破って生き地獄にしてやる!」
何を、はぁ、そっちこそ、という言葉の暴力喧嘩。
**「うるさーーーーい!!」**
ドアをバンッとしたのは、小鳥だった。代理ではないにしろ、大切なオリキャラのひとりだ。性格は形容しがたいが、好きな傾向は大体紫音と同じだ。
「何してるの、紫桜♪」
軽いのにじわじわ責めてくるのが、本当にうっと来る。
「何も?奇妙奇天烈なコメントが来ただけだよ」
「じゃあなんで紫音とそんな言ってたの♪」
「それは、紫音がっ」
それがはじまりだった。
「はあ?何言ってんの?この厨二病が!」
「うるさい、厨二になるにはあと2年の猶予が有るんだよ!」
「いつどこで誰が何に影響されてどうなろうと、まわりが厨二って言ったら厨二病なんだよ!」
「ちょっといい加減にしろよ代理が!」
「代理はこういうキャラ付けされてんだよ!」
「うるっさいな、もう金輪際話しかけてくるな!」
「あ゙?言ったな?もう話さねぇよっ!」
**「うるさあああい!!」**
「何回言ったらわかるの?」
はあ、なんで自分のオリキャラに怒られるんだ。
「はぁい…ところで、小鳥はこのコメントどう思う?」
「何が、さ?」
「このコメントを送った人。普通の匿名感想なら、べつに追求しない。まあ、例外はあるけど」
「例外って何?」
「面白かったです、自分の小説も読んでください、ってやつは追求したい」
ぼんやりと思い出す。幾つかコメントはもらったが、あまり追求はしない。
「でも、ただの感想コメントじゃないから、やっぱり少し気がかりで。もし事件の予告だったら…」
「考えすぎでしょ」
ズバリ、と紫音が切り捨てる。
「どうしよう。何事もなく投稿しようかな」
「まず、日記は少しだけ休みをもらったら?小説は投稿ね♪」
「…そうだね」
わたしはタブレットに向かった。そういえば、登下校中のアイディアが纏まりつつある。あとは打ちながら書き上げるだけだ。
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休日。
わたしはトップページで、7時30分に確かに投稿された小説を確かめた。現在はそれから10分経ち、7時40分。
もう煩わしいことはしたくない。
『私に既読になったか確かめる術はないから、こうするしかないんだ。もしきちんと話したいって思ってくれたのなら、『匿名コメントへ』っていう鍵小説を作って、『短編カフェのむらさきざくら』っていう鍵にして投稿して。期間は1週間ね。1周年っていうけど、私のことを忘れて、もう1年余りが経つってことは覚えておいて』
えらく長文だった。こんな長文コメントはあまり来たことがない。
「また来たの?もううんざりするね」
「まあ…」
「それにしても、この人のことを忘れて、1年余りが経つってどういうことかな」
さあ、と言った。
ネッ友の方でも、明確に忘れ去られた、と断定できる材料はなにもない。ユーザーページに確かに記載はしているし、リア友でもないはずだ。少しのリア友は招待したり、ネットで活動していると言ったりした。でも、あまり親しくない、その中で1年間喋っていないリア友を今招待する理由などない。身バレも考えたが、全員サイトの存在は知らないだろうし、小説投稿サイトにも疎そうだった。
「ネッ友でもリア友でもないし。家族は違うし。なんだろう。動画サイトにコメントし始めたのは、ここ半年弱のことなんだもん」
「さあ…」
この厨二めいた奴は、一体誰なのだろうか。
「取り敢えず、鍵小説作りなよ♪」
小鳥が急かした。ネットとリアルの境界線があやふやになるこの場で、わたしはただキーボードを叩く。
『匿名コメントへ』という鍵小説を作成した。本文は刹那悩み、『ここで連絡等をお願いします。』のみにしておいた。
直ぐにコメントがついた。
『言う通りにしてくれたんだ、ありがとう。会いたいけど、たぶん今は会えないから、ここで会うしかないよね。
ところで、今、1番仲が良い人は誰?勿論リアルのほうでも、こっちのほうでもいい。オリキャラでもいい。そこでどんな会話を交わしているのかを知りたい』
こいつは、わたしのことを特定しようとしている?
ネッ友の類だと鎌をかけ、何かを突き止めようとしているのだろうか。でもそれなら、オリキャラでもいいとは言わないはずで。
「頭悪いな、それで中学受験するつもりなの?」
「うるさい、もうちょっと黙って」
これはわたしの問題なんだから、と言った。
「ええと…」
もう一度、『むらさきざくら』を振り返る。
リア友を招待して、オリキャラを11人作って、ネッ友さんと繋がって。小説を投稿して、『むらさき日記』を投稿して。
「なんかないの、ほらあ!」
「思いつけないもんだから。紫音も考えてよ。あんた、短編カフェイチの『むらさきざくらガチ勢』のはずでしょ?そこが代理のポテンシャルってやつ!」
そう吐き捨て、わたしはまた思考に戻る。
「1年以上前って言ってんでしょ?」
ヒントのようなものを言う。自分の中で、整理しているのかもしれない。わたしはゾーンに戻った。だが、声は貫く。
「1年余り前。2年は経っていない。1年と、ちょっと」
「それがどうしたの、うるさいな」
「いや?」
あながち間違ってないと思うよ、と紫音は言った。
「例えば、繋がりがあるとしたら、だけど。『短編カフェ』で、『むらさきざくら』より前に繋がりがあるとしたら、って考えたわけ」
「あるとしたら?」
小鳥が催促した。
「いや、単なる推測だけど。|前世《サクラ。》で何かあったんじゃないのか、ってね」
探偵よろしく言った。前世、とは『サクラ。』のことだ。はじめて『短編カフェ』に出会って、作成したアカウント。5つぐらいしか投稿していない、幻に等しい前世のアカウント。
『レイとの遊び』は、その頃に投稿したのをリメイクしたものだ。
「前世、か」
『むらさきざくら』としてまた生まれたのは、あれから2ヶ月ぐらい後のことだ。
「でも、ネッ友は誰も作っていない」
「でも、多少は関わりはあるはずだ」
「ファンレターも応援コメントも、何も来ていない」
「思い出せ」
そう言った。
「あっ、」と、小鳥が声をこぼした。その後、「あ、ごめん、なんでもない。本当になんでもない。そういえば、あのチョコはどこで売ってたんだっけっていう」フラグでもなんでもない一言。これがフラグなら、わたしはそう仕立て上げた小説家を尊敬する。
「この《《架空》》という名のオリキャラと、《《現実》》という名のユーザーが交わる場所。オリキャラは、わたしたち いろはな だけじゃないでしょ?例えば、小説のキャラとか」
ふと、雪菜や結花が脳裏に現れる。
「5つ投稿しているでしょ。そのうちの1つはレイで、忘れたことはないから除外するとして。残り4本に登場したキャラとは、必ず繋がりがあったはず。それで、忘れ去ったはず」
そう紫音が言った時、わたしは反射的にキーボードに手を置いていた。『匿名コメントへ』という小説の本文に、書き加えた。
『気づきました。あなたは、前世の小説の登場人物でしょうか?』
オリジナルキャラクターと、リアルの人物が入り混じるこの世界。小説の登場人物だってれっきとしたオリジナルキャラクター。
すぐにファンレターが来た。ファンレターという名目のチャットだった。
『やっと気づいたんだ?あの子は生きることができたのに、こっちはここに閉じ込められっぱなし。私はあの子を恨んでない、お前を恨んでるんだ!』
あの子、はたぶん、レイのことだ。恨むのも当然のことだった。自分だけ出してもらえない、自力では絶対脱出できない檻の中。他の物語のキャラクターと和気あいあいと楽しむ小説を見て、怒らないわけがないのだ。
相当の恨みがこもっていた。それは確実だった。俗に言うカスタマーハラスメントのような言い草にも、わたしは納得した。きっと、彼女は納得、という表現ではそれこそ納得しないだろう。
「どうしたらいいと思う?」
「どうするもこうするもないでしょ。あんたにできることをするしかないんじゃないの?」
「できることって?」
「あんたができることでしょ」
紫音はぶっきらぼうに言った。ただ、言い方は棘があるだけだった。
「わからないの?」
小鳥も言ってきた。
「彼女を救う方法」
そう付け足す。
そうだ。
検索すると、『異能力の友達姉妹』がヒットした。その下には、『レイとの遊び』、上には『魔法街』も。その時ハマっていたものが容易に想像できて、文才だって成長を感じた。
誰も望まぬまま打ち切りとなった作品たち。彼女らを救うには、どうすればいい?
簡単だ。
|彼女《レイ》と同じように、また世界を生み出せばいい。
「…わかった、やってみる」
プロットはもう出来ている。
『あなたの気持ち、十二分に伝わってきました。
あの子と同じように、あなたを生かせます。絶対に、です。約束です。
だから安心してください、真紀さん』
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『異能力の友達姉妹』は、冴えない主人公・真紀が、異能力を持つ友達とそのウメノ3姉妹に出会う物語だ。
長女の亜美は、軽いものを少し浮かべる力が。
次女の亜紀は、未来を少し見る力が。
三女の亜衣は、人を幸運にさせる力が。
本編はたった2話。亜紀が宇宙船が侵略してくる夢を見て、最後の手段として真紀が《《潜在能力》》を引き出す実を齧るところで終わる。プロローグレベルのところだ。
あのあと、わたしはどんな展開を考えていたのだろう?まるでわからない、というのが本心だ。書きかけがない以上、忘却した以上、思い出すことはできない。
いや、べつに思い出さなくていいのだ。今のわたしの力で、彼女らを生まれ変わらせればいいのだ。
「待ってて、真紀」
するするとアイディアが浮かぶ。わたしはそれを文にするため、キーボードで打ち込んだ。
いつも以上に手汗がひどく、いつも以上にワクワクが止められなかった。
あの時の彼女を生まれ変わらせる。彼女をまた創生させるために。彼女の第二章をつくる。
それを、わたしという名の第二章に刻む。
これが1周年記念です
この後、8:00にメン限を投稿します(この物語の別視点です)
鍵はこの小説に関わるものなので、しっかり読んでみてね〜