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第三話 雨夜、チェンジクロス
自主企画、参加お願いします!
ーー死んでたまるか!
振り下ろされる刀を前に。
とっさに、手を前にかざす。
ぎゅっと拳を握りしめる。
ごつっとした感覚。
それは、驚くほどに雨夜のてのひらに馴染んだ。
いつの間にかつぶっていた目を開く。
そこにはナイフがあった。
なぜかとか、そういうのを今考える余裕はない。脊髄反射でナイフを刀の軌道上にやる。
かちん、
という音がして。
刀の手応えは驚くほどに少なかった。目の前にいる謎の女を見やると、女はにやりと笑い、
「合格だ」
そう言った。
心なしかその顔は、なんでか、安堵しているようにも見えた。
「ふざけるなよ、月宮」
雨夜はさっき幾度も思ったことをもう一度口にする。疲れが声から滲み出た。かすれているような気さえする。
「まあまあ。日向坂から合格を貰えるなんて、そう無いよ? 初手合格は初めてじゃない? センスあるよ、君」
慰めているようだが、相変わらずの底の知れないひやりとした笑みを浮かべているので慰められている感じがしなかった。
「センスあるって言われてもなぁ……」
「役に立つぞ、お前さんは」
苦虫を噛み潰したような顔で雨夜が言うと、即座に日向坂と呼ばれた女が返した。
「いやだから、なんの役にだよ!」
「それもこれから説明する」
さっきからそればかりだ。
「だいたいお前、好戦的すぎるだろうが。なんであんな殺気浴びせてきたんだよ。バトルジャンキーかよ」
「ああ、そうだ」
即答。
思わず絶句する雨夜。まさか悪口のつもりだったのにあっさり肯定されるとは。
日向坂とにやっと口元をゆがめて言う。
「私は戦いが三度の飯より好きだ。さっきも、お前さんを試すというのもあったが、うずうずしてしまってねえ」
……………………。
もう何も言うまい。
月宮が去り、雨夜はまず部屋に通された。
どうやらここは雨夜の読み通りデパートらしいが、ホテルもあるらしい。
すごいなこのデパート、と雨夜は感心した。
部屋こそ小さいものの、ふかふかのベッドがあるし、必要最低限の生活設備もあるし、じゅうぶん贅沢だ。なぜか部屋も小綺麗だし。
「水は出ないし、電気もないがねえ」
訂正。
むしろ割と最底辺だった。
「はあ!? なんでだよ!」
「それを今から説明するから、ついてきな」
雨夜はぶすくれながらも日向坂についていく。機嫌は最悪だった。プチ天国から地獄に落とされた気分だ。
「おっと」
雨夜の機嫌を悪くすることを狙っているかのように、日向坂はまた止まった。
「なんだよ?」
「服を着替えないとねえ」
そこは服屋の前だった。
若者らしい服がずらずらと並んでいる。へそだしや肩だしは序の口、なんだかフェミニンで透け透けな服がたくさんおいてある。
「その格好じゃあまずいだろう」
自分の格好を見下ろすと、なるほど確かにそうだった。
今までは薄暗くて気付かなかったが、比較的明るくなり始めた今は分かる。愛用だったパーカーはぼろぼろである。だいぶ小汚ない。
「…………」
うわあ、と思いながら雨夜はさっさと適当な服をとって試着室に入る。
ひきこもりの最中でもお風呂はちゃんと入っていたし、こう見えてきれい好きなのだ。
かといってなんというか若者若者している服は似合わないので、ふつうのパーカーにホットパンツだ。それすらもなんだか刺繍が施されていて、おしゃれさを感じさせたが。
「ほう。似合っているねえ」
「それより風呂はいつ入れるんだよ?」
落ち着かない。さっきまであんなに汚れた服をまとっていたと思うと寒気がした。
「基本、近くのきれいな川で水浴びだねえ。沸かすの面倒臭いし。入るのは夜だ」
まだ朝である。
「まだ朝だろうが!」
「はいはい。じゃあウエットティッシュを渡すから、今はそれで我慢しな」
むっとしながらも、雨夜は妥協した。
そもそもこんなやつらに心を許してはならないのだ。まだこいつらがなんなのかも分かっていないのに。なんならいきなり毒を盛られるやもしれぬのだ。
警戒心たっぷりながらも、しかし雨夜は、ウエットティッシュは受け取って身体の隅々まで拭いたのだった。
部屋についた。
たくさんの子供が戦っていた。
雨夜はその時点で既に困惑したが、しかし、日向坂は平然と「後で稽古つけてやる」と言い、子供は「はい!」と威勢よく返す。当たり前の光景なのだろうか。
「師匠、その子、新しく起きた子ですか?」
「ああ、そうだよ。覚えていないみたいだから、これからあの日のことを話すのさ」
「なるほど、覚えてないんですね……」
子供のひとりとそんな会話を交わしながら、日向坂はなおもすたすたと進む。
奥の部屋に入ると、部屋ががしゃあんと閉められた。
「さて、それでは物語ろうじゃあないか。あの日、起こったことについてを」