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君に勝利を捧げよう
試合終了のブザーが鳴る。
「かっ、た?」
息苦しいのに、心の奥はどこか清々しく、満足感が体中を満たしていた。
「ヤー!」
「メーン!」
気勢を上げ、防具に身を包んだ女子高生が、竹刀を振り回す。
ダーン!
という重い踏み込みの音。
バシンっ!
という竹刀の音。
今日もこの剣道場は活気に満ちていた。
私ー有明由梨は高校2年生。剣道部に所属している。
練習中、つい目で追ってしまっているのは、3年生の東堂絢先輩。
誰にもいったことはないけど、私は先輩のことが好きだ。
いつからかは分からないけど、先輩の強さに憧れた。
先輩のようになりたいと思った。
卒業するまでには告白すると決めているけれど、あまり関係に進展はない。あくまでも先輩後輩の関係であって、たまに一緒に帰る程度。友達とは言い難い。
しかも、先輩の引退の時期は刻一刻と迫っていて私を焦らせる。
だが、進展は無く、そうしている間に引退試合は近づいてきて、私は現在、多忙な日々を送っている。
剣道の団体戦は5人制。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で相手チームと試合をし、勝者数が多い方の勝ちである。
私はともかく、先輩は絶対レギュラーになれるだろう。
同じチームで共闘!とできればよいが、正直レギュラーになれるかどうかわからないのが現状。
それでも私は諦めきれず、絶対にレギュラーになるぞと息巻いていた。
「先鋒田中。」
「ハイッ。」
「次鋒は入沢、中堅は浜里な。」
「ハイッ。」
部内の実力者たちは次々に名前を呼ばれている。
「副将はー」
「宮坂。」
「大将東堂絢。」
「ハイッ!」
ああ。
名前なかったな。
すこし、というかかなりがっかりした。
個人戦に出られるのは3人だけ。
ここにも私は入っていなかった。
【大会3日前】
「ヤー!」
「ドー!」
大会前なのもあってか、道場はいつもより活気に満ちていた。
「あっ!」
突如響いた悲鳴に皆が練習の手を止める。
「先輩!」
人だかりの中心に、先輩はいた。
たおれていた。
「東堂は、足を捻挫してしまったらしい。」
監督の先生はうつむきながらそう言った。
「大会は、難しいと...」
そんなっ。と場の空気が重くなる。
「東堂のかわりはー」
冷や汗が出てくる。心臓が痛いほど打っていた。
「有明で行く。」
有明、ありあけ、ありあ、け?
「行けるか?」
そこでやっと、私に視線が集まっていることに気がついた。
「私が、先輩の代わり、ですか。」
「東堂が、ぜひお前にやらせろと。」
先輩が?信じられない。
「やってくれるか?」
「やりますっ!」
胸を張って答えた。
かくして、私は先輩の代わりとして団体戦に出ることになった。
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大会当日、先輩は制服姿で現れた。
今日は応援役だ。
1回戦目は危なげなく勝利。
私も面で2本勝ちを納めた。
2回戦目は大将である私まで勝負がもつれ、何とか勝利した。
今日は体が軽い。
ここぞというときに体が動く。
先輩の代わり、という責任が、かえって私を支えてくれているのだろうか?
私達はついに決勝まで勝ち進んだ。
相手は去年の優勝校。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
勝負は結局つかなかった。
引き分けが5回。
代表者による代表戦が行われることになった。
「有明。」
「はい。」
「行ってこい。」
「はい、ってええ?私ですか?」
「由梨ならできる。」
先輩が皆を代表して言った。
「私の代わりに勝ってきて。由梨ならできるから。絶対。」
絶対、勝つ。
勝って、先輩に告白しよう。
私はそう決めた。
「始めっ!」
開始の合図。
相手と竹刀を合わせ、正対する。
「ハァーっ!」
「ヤー!」
気声を上げ、にじり寄る。
相手が打ってきた。
一本勝負だから、取られたら終わりだ。
体が反応し、動く。
「由梨ならできる。」
「ドォー!」
面返し胴。
相手の面を受け止め、胴を打つ技。
「胴ありっ!」
勝った。
勝負を制したのは、私だ。
あれから時は経ち、私は社会人になった。
「セーンパイっ。」
「由梨。」
待ち合わせ場所の公園で、私は先輩の名を呼ぶ。
「待った?」
「いま来たところ。」
二人並んで公園を出ていく。
二人の手は固く繋がれている。
「先輩、好きで〜す!」
「何回言うの、それ。」
照れているのか、顔が赤い。
「私も、好きだよ。」
今度は私が赤くなる番だった。