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8 影
第8話です。
数人の者たちがあの隙間を通ってきて、ぼくの前に躍り出てきた。誰もが奇怪な格好をしている。全身は水色の服装で統一しており、しかし一方、顔の下半分は白い布で隠していて口元は見えない。それらが口々に言いあっている。
「これですか? 〝じゃらくだにさま〟という人形は」
「ああ、だろうな……」
「なんて禍々しい。これが、その……〝じゃらくだにさま〟」
〝じゃらくだにさま〟?
ぼくには聞いたことのない言葉だ。
「泥でよごれた木目込み人形と、煤にまみれたかような着物姿……」
「ああ、|奴《・》が言った通りだ。こうして凝視しているとなんか、背筋がうすら寒くなるな」
「これが原因で、あの洪水が……」
謎の集団はぼくに向けて、なんだかよく分からないことを言っている。
ある者はぼくに背を向けて、ある者はぼくに勇んで近づき。あれか、それか、とぼくに対して指をさし、好奇なまなざしをむけている。
……何? 何なの、この人たち。
少し浮かんだのは、この祠に用がある者たちかな、という考えだ。
安い考えだけど、祈りに来たとか、何らかの供物を捧げに来たとか。あるいは、掃除をしに来たとか。
この祠はずいぶんと汚れている。先の洪水の件もあるし、それ以前に箱型の木材の色は、本来のケヤキの白く澄み切った色からはるかに濁った色あいをしている。茶色く変色して、見るからに木材は脆くて腐ってそうだなぁと近くで見ていてそう思う。
それを見かねて、ようやく掃除をしに来たのだろう、これは工事の人たちなのだ、というのがぼくの直感。
でも、この人たちは祠ではなく、どうやら「ぼく」の方に用があるように見えてきた。
考えてみればそれはそうか。彼はこう話していたじゃないか。この地はすでに祠としての機能はなくなって、人々の記憶から遠ざかって消されてしまったのだと。
忘れ去られた記憶っていうのはそうそう戻るものじゃない。となると、祠には用がないってことになるよな。……となると、ぼくなんだろうけど、勿論初対面だ。何が目的で来たんだろう。
極めつきは、〝じゃらくだにさま〟という呼称。
なんだよ、じゃらくだにさまって。最後の「〜さま」は「様」でいいんだろうけど、その前の〝じゃらくだに〟ってどういう意味?
〝じゃらくだに様〟
この呼び名、どう考えても昔の人が呼んでそうな響きだ。
もしかして、『守り神の名前』? 祠で祀られることになった、人々に利益をもたらした〝善神〟の?
とすると、ここに集まってくる理由はいくらか推測することができるが、そうなると〝じゃらくだに〟『という人形』の言い方が本当によく分からない。
〝じゃらくだに〟が守り神の名前だとすると、人形ってのはなんだ? 人形ってことはぼくのことを指しているんだろうけど。
ああ、もう。そんなじろじろと見ないでくれよ。
ぼくの今の気持ちは状況が把握しきれない違和感と、動物園にある安全な順路から物珍しそうに見られるあの嫌悪感の入り混じった目線を送られていて気分が悪い。誰だこいつら、という気持ちと、なぜいきなり大勢で? という不気味さ。そして顔の下半分が白い布で覆われている奇怪さ。顔にブリーフパンツでも履いてきてるのか?
なんだかこの地の神秘的な雰囲気に土足で踏みにじってきたかのようだ。ここはぼくの場所なんだ。人を寄せ付けない、ある意味では冷たい感じのする場所。それがいいのに――今は。
今は、ぞろぞろと列をなし、今になって何をしに来たんだろう。あの狭い隙間を通ってまで、こちらに来る理由が思いつかない。
今この瞬間だけ、祠としての機能がよみがえったかのようだ。理由は分からない。けれど、突拍子のない出現の仕方、人ごみの復活の仕方。それに言いようのない恐怖を感じさせる。
「しかし、いつからこんなものが……」
「まあそんなのいいだろ。早くカメラを設置しよう」
「はい」
そういって、人々は踵を返し、あの隙間の方へ引き返していく。何だったんだ? 今の……とぼくが思っていると、再び隙間からぞろぞろと人が返り、やがて往復するようになった。
小脇に抱えた小さな棒は、元の長さの三倍、四倍とするする伸びていって、三つの棒を床に突き立てるように広げた。
その上に、さっきの棒よりも小さな、四角く薄べったい物を縦にして、ぼくの方へ向ける。
「そっちはセッティングできたか?」
「できました。赤外線カメラも設置完了です」
「ようし!」
どうやら髭の生えている細長い男性が棟梁、集団のリーダー役のようだ。長いつばのある帽子を揺さぶるように首を動かして、
「いいか、この撮影は長期戦の撮影になる。本部も本腰を入れたとの噂もある。心してかかれ!」
「はい!」
そう言って、男は去っていき、半分仮面のような、白のブリーフパンツ変態たちは持ち場についた。
『カメラ』と呼ばれるものを操り、幾数人を残して隙間のほうに吸い込まれていく。去っていく。
――こいつらの目的とは何なんだろうか?
――そして〝じゃらくだに〟様とは?
ぼくの頭のなかは、よくわからない疑問で一杯になって、ポーカーフェイスの顔をしかめたくなる。
唯一分かるのは、多分この人たちは『ぼく』のことを誤解してるな、ということぐらいだった。