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コーヒーの向こう
2025/08/14
カフェの中、二人席に座って友達がやってくるのを待つ。頼んだコーヒーはまだ半分ほど残っているけれど、飲む気にはなれなかった。あとで飲もうと思いつつ、時間が経てばそれは冷めて、飲む気をさらに失せさせる。といって決して不味いわけではなく、むしろ美味しいのだが、今の私は何も受け付けられなかった。カランコロンと、カフェのドアが開く音が聞こえた。顔を上げる。長い茶髪を揺らし、きょろきょろと店内を見回す背の高い女性。友達の美咲だ。私を見つけ、こちらに向かってきた。「ごめんごめん。遅れちゃった。」私は眉をひそめてみせた。「ごめんて。」そういう美咲は、けれどどこか楽しそうだ。いや、楽しそうというか、ヘラヘラしているというか。
「遅い。何があったの?」一応聞いてみるも、どうせ何もないのだろうと内心ではまともな返事を期待していなかった。多分、寝坊とかそのレベル。だって彼女はいつもそう。本当に反省してほしいというかなんというか、だが反省したらそれはもはや美咲ではない。反省しないのが美咲であり、いやそれって一体どうなんだろう。頭の中で考えている間に、美咲はコーヒーを注文していた。「ちょっと寝過ごしちゃってねー。ごめんごめんー。」やっぱり。これで何回目だ。問い詰めたくなったけれど、その会話で彼女の遅刻癖がなおるわけでもないだろうしと口をつぐむ。先ほどまで飲む気になれなかったコーヒーを口に含んだ。ぬるい液体だった。
「それで何の用?」その質問に、何から話そうかと視線を右上にやりながら答えた。
「私、もうすぐ死ぬんだ。」
美咲は運ばれてきたコーヒーに反射的に視線をやって、そのまま固まった。10秒ほどの沈黙の後、やっと彼女が口を開いた。「まじ?」相変わらずヘラヘラとした表情だったけれど、瞳は細かく揺れていた。「まじまじ。大まじ。」私の冷めたコーヒーと、美咲の良い匂いを醸し出すコーヒーを交互に見つめた。表面に私の顔が写った。無表情で、自分でも少し突っかかりにくそうだと感じる、私の顔。
「もうすぐってどれくらい?」「まあ、あと1週間。」即答された美咲は、困惑顔で「え、え?」と呟いている。「本当は、半年前に宣告されてたんだけどねぇ。」「じゃあなんでその時言ってくれなかったの?」美咲が前のめりになった。ガタッと椅子が動く音が、比較的静かな店内に響いた。
「別に理由はないけど、なんとなく。」
美咲は力が抜けたのか椅子の背もたれにもたれかかって天井を仰いだ。私はぬるい液体と化してしまったそれを飲み干し、美味しそうな美咲のコーヒーを眺めていた。