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黒板消し
放課後。茜色の夕日が、押しのけられたカーテンの隙間から降る頃。
もう誰も居ない教室で、少女は日誌を書いていた。
学級日誌。無駄にカラフルな表紙に書かれた四文字。平仮名で書いたら八文字。
先生は確か、よくある綺麗事を並べて、この日誌の説明をしていた。
部活終わりにそれを書いていなかったことに気づいたときは、絶望的な気分だったけど。
全ての項目を埋め終わり、少女は腰を上げる。
ヘッドフォンから響く音楽を押しのけて、耳に入った一言。
「ねぇねぇ」
「…?」
誰も居ない教室、という言葉が過去形になった。
学級日誌を提出しようとしていた私に、あんまり聞いたことのない声。
ヘッドフォンを下ろす。顔を上げる。知らないと同義、みたいな顔。
神奈さん。確か苗字はそれで、名前は知らない。憶えていない。
「明日の日直、誰だったっけ」
日直の位置に書かれた、私と神奈さんの苗字。
そういえば、そこを変えていなかったっけ。
「……鈴木さんと、森内さん」
ぺらぺらと日誌をめくって、名前も憶えていないクラスメイトの苗字を二つ、答える。
「ありがと」
簡素な返事と共に、日直の下の名前が変わる。
黒板消しが、私と彼女の名前を粉塵にして。
ヘッドフォンの音が、遠い。
「神奈さんは、昨日自殺しました」
そう言われた時は、驚いた。
だって昨日の今日だったから。
だけど、それだけ。
自殺したのは、深夜だったから。
幽霊でもなんでもない。
でも、死ぬ前にやることが日直の名前の書き換えなのは虚しい、と勝手に思った後。
好きで虚しくなったわけじゃないよな、ってはたまた勝手に思って、ヘッドフォンを上げた。