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第4話:重力を嗤う茉莉花
「……桜。あんた、パトロール中なのに心拍数が上がりすぎ。無駄な緊張は筋肉を硬直させる。非効率」
「うるせぇ! 茉莉、なんでテメェまでついてきてんだよ!」
放課後の商店街。パトロールに勤しむ桜たちの隣には、風鈴の制服を着崩した蒼の姿があった。
彼女は進学校の特待生だが、放課後はこうしてボウフウリンの「脳」として街を歩く。
「……街の安全はデータの蓄積から。不審な動向、地形の死角。全部スキャンし直す必要があるから」
蒼が淡々と答えたその時だった。
路地裏から「ひったくりだ!」という叫び声が上がる。
「っ、あっちか!」
桜が即座に駆け出そうとしたが、逃走犯はすでに高いフェンスを乗り越え、複雑に入り組んだ廃ビルの屋上へと逃げ込んでいた。
「チッ……あんなところ、追いつけねぇ……!」
「……桜、あんたは下を。……上は、私がやる」
蒼が呟いた瞬間だった。
彼女は助走もなしに、垂直な壁を蹴り上げた。
「なっ……!?」
桜の目には、彼女が重力を無視しているように見えた。
壁を蹴り、エアコンの室外機を足場にし、わずかな窓枠の突起を利用して、蒼の体は吸い込まれるように上空へと昇っていく。その動きはしなやかで、まるで獲物を追う猫のようだった。
「……演算終了。三秒で叩き伏せる」
屋上の縁に手をかけた蒼は、そのままアクロバティックな一回転を決め、逃走犯の脳天に正確な踵落としを見舞った。
ぐしゃり、と犯人が崩れ落ちる。
「……確保。桜、回収して。時間の無駄だから」
下から見上げる蒼の姿に、桜は呆然としていた。
ただのガリ勉でも、ただの医者でもない。その身のこなし、重力を利用した戦い方……。
「(……あいつ、どこでそんな動き覚えたんだ……?)」
桜の脳裏に、ボウフウリンの伝説として語り継がれる男——焚石の影がよぎった。
「……茉莉、お前……その動き」
「……言ったでしょ。効率を突き詰めれば、重力なんてただの計算式の一つ。……あぁ、演算使いすぎた。……心拍、乱れてる……」
蒼はそう言って、少しだけ遠い目をした。
かつて5歳の頃、自分を「重力の外」へと導いてくれた、あの人の背中を思い出すように。
「……やるじゃん。今の着地、少しは様になってたよ、桜」
「……褒めてんのかよ」
桜は毒づいたが、蒼が見せた一瞬の「寂寥感」が、胸にざらりと残った。
その夜、蒼は夢を見た。雪の降る神社で、誰かの温かい背中を必死に追いかける、幼い自分自身の夢を。
🔚