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カフェ
時計が16時を回ったのを、ちらっと見る。ああ、まだ5分しか経っていないんだ。
「これって見た?」
原作が小説の、新作映画。
「ああ、」
|麻耶《まや》の顔色をうかがうまでもなく、わたしは相槌を打った。
「小説は8回ぐらい見た」
「そうなんだ、じゃあ面白いんだ!今度見てみよっかな〜」
ことり、とカフェオレが入ったマグカップを置く。学級文庫にいいのがなくて、必然的にそれを読んだだけなのだが。そう付け加えるのも面倒くさく、わたしはマスク越しに口をつぐんだ。
麻耶はガトーショコラにフォークを入れた。オレンジの照明。白い粉糖が、キラキラとオレンジっぽく光った。口に運び、「うん、美味しいっ」とわざとらしく演技する。
マスクから口を開放して、酸素を吸う。甘い感じの空気が届く。わたしはレアチーズケーキにフォークを入れて、口へと運ぶ。チーズが濃厚で甘い。しゃべらずに、じっくり味わいたかった。
中学の同級生である麻耶は、相変わらずおしゃべりで、面倒くさい。
そもそもこのカフェは自習OKで、自習するために来た。現に、端にやられた漢字テキストがある。今はすっかりおやつタイムとなっている。
「うわっ、出てる!」
どうやら麻耶の推しが出ているらしい。スマホをポチポチと弄る麻耶を横目に、わたしはフォークではなくシャープペンシルを握った。
新出漢字は、小学校の頃にくらべて遥かに多い。目眩にももう慣れたが。
「今日ってどこやる?」
「まあ、残り全部?」
そう言って、なぞり書きを始めた。少し太め、灰色の文字。今更何やってるんだろうと思う。
「あたし、なぞり嫌いなんだよね。なんか無理」
へえ、という相槌も出ない。
「なんか、枠からはみ出すなって嫌な感じがするじゃん?なんか社会もそうだよなって」
「…って、これ名言?」
少し良さげだったのに、最後の一言ですべて台無しだった。そのせいで、少しズレてしまう。
「ねえ、どう思うって?」
「どうも思わないよ」
「相変わらずドライだね」
比較すればそうなるでしょうが。
その言葉を喉の奥に押しやり、飲み込む。テキストじゃなく、レアチーズケーキに目を合わせたい。シャープペンシルじゃなく、フォークを握りたい。
『なんか、枠からはみ出すなって嫌な感じがするじゃん?なんか社会もそうだよなって』
さっきの麻耶の言葉を思い出し、わたしはふっと息を吐いた。
なぞりきらーい自由に書きたーい