公開中
オリオン座が完成した夜
星辰学園。そこは寿命が近い星々が、人間の姿を得て現れる場所。
「君‥‥。いつも一人だよね?」
俺、リゲルに話しかける人間は殆どいない。いや、全くと言ってもいいほど居ない。
そんな俺に話しかけてくれた。でも、俺は縦に首を振ることしか出来ず、言葉を返すことが出来なかった。
制服は夏組。夏組のイメージカラーは赤。濃紺と白を基調とした制服の差し色に赤が入っている。
俺の場合は冬組。全校共通の濃紺と白の制服に、青や水色の差し色が入っている。
「私はスピカ。死ぬまでのほんの少しの間かもしれないけど、よろしくね」
「あ、ああ。よろしく」
俺は今にも消えそうな声を振り絞った。
言葉を返すべきじゃない。
それは人として、生を授かった者としてどうかと思うような言葉だ。だが、死期が近いことくらい、俺でも分かる。俺はもう腕が、いや、肩辺りまで半透明に成りつつあるんだから。
彼女は過ぎ去っていった。淡いピンクのロングヘアに、鈴を張ったような赤の目。
何だろう。無いにも等しい心に、大きな穴が開いたようだ。
学園の屋上から過ぎ去っていく彼女の背はどこか、俺を安心させる。そんな気がした。
昼休みの屋上。昼、そう言っても、太陽を使った時間の感覚はない。日が差す事の無い、この星の生と死の狭間の世界はいつも星が瞬いている。
俺が消えたらどうなるんだろうか。《《アイツ》》は消えた後どうしているだろうか。
ここからでは到底計り知れない。
でも、もう直ぐに分かる頃だ。あと三日もすれば、俺は消滅する。《《アイツ》》が消える瞬間を見届けた俺には分る。
俺も直ぐにそっちに行くからな。
「リゲル‥‥って名前だよね。君?」
翌日も俺はスピカと屋上で出会った。
俺は答えに迷った。反応するべきじゃない。反応したら俺はこの子の記憶のどこかには残ってしまう。それは、なんとしてでも回避しないといけない。
「ううん。話したくない、反応したくない理由があるんだよね。大丈夫。無理に聞いた私が悪かった」
そう言い残し屋上を去ろうとする彼女。俺は、俺はっ‥‥。
「まっ、待って」
「え?」
俺は立ち上がり、彼女の手を取った。
「ゴメン。無視するようなことして。でも‥‥、俺はもう消滅するんだ。誰の記憶にも残る訳じゃないんだ」
「でも、もう無理だよ。私が、君のことを強く印象付けてしまったのだから。だからさ、教えてよ。もう、死んじゃうんだったら、その秘密を私に教えて。私が君のことを覚えちゃった以上、絶対に君は残ってしまうんだから」
んふー。と、満面の笑みを浮かべた彼女は、どこかずる賢く感じた。
「仕方がない。俺の、俺と《《アイツ》》について、話そうかな。でも、これだけは約束して。この話は誰にも話さないで」
「分かった」
「あれは————」
あれは俺がまだ狭間の世界に来てから十日くらい。今から二十日くらい前のことだった。
俺には唯一と言ってもいい程の友達が、親友が居た。
ベテルギウスだ。
アイツには誰にでも分け隔てなく接して、こんな俺にも優しくしてくれた。
それなのに、アイツはあれから数日で消滅してしまった。
俺がこの世界に来た時には透けが始まっていた。死んで欲しくなかった。
でも、世界の理には逆らえない。仕方がないことだよ。
アイツが消えた時、俺は初めて悲しみというのを知った。それも当たり前だよね。俺が感情を持ったのはこの世界に来てからなんだから。
そこで決めたんだよ。もう誰の記憶にも残らない。残りたくないってね。
だってさ、俺が誰かの記憶に残ってしまったら、残される人が、俺に何らかの好意的な感情を抱いてくれた人が可哀そうじゃん。
だから俺は誰とも話さないし、誰にも俺の名前を教えないことにした。実際、俺がこの世界に来てから話したのもベテルギウスだけだった。
俺は誰の記憶にも残らない。だから君に初めて声をかけられたとき、俺はすごい怖かった。
君の記憶に残ることが。
でも、俺は今こうして、君の記憶にわざわざ残ろうとしている。
それはきっと————
「————君が好きになってしまったからだよ。スピカ」
俺は彼女の奇麗な目を正面から真剣な目で見て言った。
「ありがとう。リゲルくん。じゃ、私も話させて貰おうかな。私は————」
私はそう遠くないうちに消える。多分あと五か月。
私は消える。死んじゃうんだ。
私が居なくなって、私を覚えている人が居なくなっちゃったら、私が居たという事さえもこの世界から消えちゃう。
私が死ぬのは、私が居たという記憶がこの世界の誰からも消えてしまう時だと思うんだ。
だから、私は精一杯誰かの記憶に残ることにした。見かけた人に、誰かも構わず私は話しかけた。
そして、私はこの世界に生を授かったんなら、それを生かさないと。そう思い立った。
この体だからできる事が沢山ある。それをやらないと勿体無いし、死ぬまでのほんの一瞬。それを華々しくて、記憶に残るモノにしないといけない。
そして今、誰かの記憶に一番残る方法を決めた。そして自分の気持ちに嘘を吐かないことに決めた。
私も————
「————私も君が好きだよ。リゲルくん」
俺の頬を涙が伝った。なんでだろう。
「今日は、皆んな、学校に残るんだよな。オリオン座流星群の日だから」
「うん」
「一緒見よ。そして、俺の死ぬ瞬間を見届けてくれ」
「‥‥」
「お、流れ始めたぞ!」
「あ! ホントだ!」
カストルとポルックスの双子が声を上げた時、未完成のオリオン座の右腕から数多の流星が流れ始めた。
俺とスピカは手を恋人繋ぎで繋いで、屋上の一番高い所に居た。
「あの星座、オリオン座は完成しないのかな?」
「するさ。それにもう直ぐな」
普く星空。それが今日は一段と奇麗に見える。
俺はほぼ全身が半透明になったことを察した。
日付が変わるまであと十分。
俺はその頃に俺が消えるのだろう。そう考えている。
「なんか、願い事しなくていいのか?」
「もうしたよ」
「へー、なんて?」
「フフッ。内緒」
「ったく」
俺も目を閉じ、心の中でこう唱えた。
スピカが、未来永劫、誰の記憶からも消えないように。
「っ、そろそろ時間だな」
「もう‥‥消えちゃうの?」
「いや、俺はあの世界で待っているだけだよ。出来れば、君には来てほしくないけどな。でも、そろそろ本当にお仕舞いだ。待ってるよ。俺達が眺めた‥‥あの夜空で」
風が吹き、俺の意識と視界はフェードアウトした。
リゲルくんが消えても彼と私がまた会えますように。
そのスピカの願いへの答えは実に残酷だった。
彼らは会えることはもう不可能なのだから。
リゲルがなったのは冬の星。スピカがなるのは夏の星。
彼らはもう二度と会えないのだ。
リゲルは確かに狭間の世界からは消えた。
しかし、世界は一瞬強烈な光に包まれ、次の瞬間にはもとの流星が靡く空へと変わった。
リゲルは消え、リゲルという星となった。
その瞬間、オリオン座が完成した。
これはオリオン座が完成したその夜を書いた、星たちの物語だ。