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奇跡の起こる世界へ
『不死の病を治すため──』×『聖夜の奇跡』
「……おい、こんなところで寝てたら風邪引くぞ」
そんな声が聞こえた俺はそっと目を開く。
視界の隅に映った人影。
体を起こして辺りを見渡すと、そこはごく普通の公園ということが分かった。
宿を取るにもこの世界の通貨は持っていない。
だからベンチで眠っていたんだよな、俺。
「家は何処だ。送ってやるよ」
「……帰る場所はない」
「はぁ?」
意味わかんねぇ、と言う男は無視して立ち上がる。
不死の病を治す方法は無さそうな世界だ。
さっさと次へ行った方がいい。
何処か別の場所へ向かおうとする俺だったが、その場に倒れてしまう。
そういえば、ずっと食事を取っていない。
流石に不死とはいえ、あまりいい状態ではないよな。
「おい、大丈夫か!?」
狼狽える男を横目に、俺は一言だけ呟いた。
「腹、減ったな……」
コトコトと、何かを煮込む音が聞こえてくる。
欠伸をしながら起き上がると、そこは見慣れない部屋だった。
「散らかってて悪いな」
「……お前」
さっき話し掛けてきた男だ。
決して広くない部屋で、キッチンで何か作っているようだった。
とても美味しそうな匂いがする。
「アレルギーとかあるか?」
「無い」
「じゃあ食べろよ、ほら」
男が差し出してきたのは手羽と大根の煮物だった。
皿を受け取った俺は一口食べてみる。
毒とか入っていたとしても、俺は死ぬことがない。
なら、特に警戒する必要はないな。
「……美味い」
「なら良かったよ」
米も食え、と男は茶碗を持ってくる。
どうして見ず知らずの俺にここまで良くしてくれるのか、分からない。
でも、胸の辺りが何だか温かい気がする。
「んで、お前何者だ?」
一瞬思考が停止した。
この世界には魔法がなくて、目の前の男は本当に一般人だ。
「アイツとは違うけど、人間じゃないだろ」
「そうだと言ったら?」
一度目を閉じて、その男は言った。
「小説に出てくれ!」
---
「俺の名前は|蒼井海斗《アオイ カイト》、小説家だ。何か質問はあるか?」
えーっと、とその男は困っているようだった。
まぁ、いきなり小説に出てくれと言われたらそんな反応になるよな。
「じゃあとりあえず、どうして俺が人間じゃないと思った?」
「気配だな」
アイツと出会ってから、そういう奴らの気配を感じるようになった。
|ただの人間ではない《俺とは違う》のに気づいてしまう。
そう説明したけど、あまり納得がいっていないようだった。
「次の質問だ。《《アイツ》》とやらは人間じゃないのか?」
あぁ、と俺は返事をする。
アイツは高校二年生のときに会った。
でもそれ以降、一度も見掛けてはいない。
多分どこかでまた遊んだりしてるんだろ。
「別に信じてもらわなくても構わないが、アイツは天使だった。そして聖なる夜に奇跡を起こしてくれた」
まだ俺は生きているよ、|彩《アヤ》。
少し悲しくなった俺は気持ちを切り替え、話を戻すことにした。
「それで、お前は何者なんだ?」
「……簡単にいうなら異世界人だな」
開いた口が閉まらなかった。
異世界。
そんなもの、漫画や小説の中だけのものだと思っていた。
けれど、天使や奇跡だって存在したからあり得なくはない。
「数々の世界を渡り歩き、不死の病を治す方法を探している」
世界渡りに、不死の病。
幼い頃、夢見た世界がそこには広がっている。
あまり話したくはないのか、その男は黙り込んでしまった。
「えっと、色々聞きたいことがあるんだけど三つぐらい良い?」
「内容にもよる」
「お前何歳だよ!?見た目は二十代ぐらいだよな!?それに異世界って魔法とかあんのか!?あとどうやって世界を越えるんだ!?」
ポカン、と男は口を開いていた。
俺はやらかした、と思った。
あまりにも現実離れした存在が目の前にいるからと、思わず興奮してしまう。
申し訳ない、と思っていると男は話し出した。
「年齢は忘れた。途中までは数えていたけど面倒になってな。異世界には魔法とか陰陽術とか色々あるぞ。魔物とかもいるし、何度死にかけたことか」
「魔物!?」
「世界を越えるのは俺の能力だ。本来は瞬間移動とかちょっとした転移なんだが、一日は能力を使わなければ世界を渡れる」
魔力を全消費するとか、そういう感じなんだろう。
それにしても能力とかカッコいいな。
全男子が一度は憧れるやつじゃねぇかよ。
異世界に生まれたら俺も能力とか持ってたのかな。
でも魔物と戦うのはちょっと怖いな。
普通に運動は得意じゃないからすぐにやられそう。
剣とか弓とか憧れるわ。
うん、めっちゃ詳しく話を聞きたい。
「……信じるんだな」
「そりゃ勿論。まさか不死とかは想像の斜め上すぎて予想してなかったけど、天使を見たからな」
一度心を落ち着かせるため、俺は珈琲を淹れることにした。
「さっきから言っている天使だが、もう会えないのか?」
「分からない。不死の病を治したいんだよな、お前」
「……あぁ」
小さく言った男の瞳は、表現しがたかった。
ただ、小説とかで俺が表すならこうするだろう。
--- 瞳から光が消えた ---
数えるのが面倒になるほど長生きをしている。
そして、決して死ぬことはない。
どれだけ苦しいことなのかは、経験していない俺には想像することも出来ない。
もう、生きることに疲れているようにも見えた。
「いつ次の世界に行くんだ?」
「え、あ、能力は今日使ってないからもう明日には……」
「可能性は低いが、天使を探してみないか?」
アイツなら、何かを変えられるかもしれない。
治すことは出来なくても、手掛かりとか教えてくれるかも。
「今どうなのか知らないが、アイツはたまに下りてるらしい。別の奴でも何か情報くれんだろ」
「何でだ」
「ん?」
「何で、見ず知らずの俺にここまで良くしてくれるんだ」
うーん、と俺は考え込む。
確かにコイツと出会ったばかりで、詳しいことはよく知らない。
ただ、これは昔誰かが言っていたことだが──。
--- 人を助けるのに、理由なんて必要ない。 ---
「あんまり一つの世界に留まったりはしないんだろ? 明日だけ頑張ってみようぜ」
そう手を差し出すと、その男は驚いているようだった。
俺の顔を、手を交互に見て少し経ったころ。
その男は呆れているような顔をしながら手を取った。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前は|零《レイ》だ。よろしくな、海斗」
笑ったソイツの顔は、どことなく|彩《アイツ》に似ているような気がした。
---
「ということでやって来ました、俺的に東京の中心部だと思う街!」
「……人が多いな」
人酔いしないと良いが、なんて考えながら俺は海斗の後をついていった。
本当に人が多い。
今まで様々な世界を見てきたけど、人口密度が本当に高い気がする。
それにしても、海斗の言っていた《《天使》》なんて本当にいるのか?
異世界でもいたが、人間と仲良くする奴なんてそうそう居ない。
この世界でも空想上の生物だという。
今日、見つからなかったらもう次の世界へと向かおう。
出会えたとしても、この病は面倒くさいから解くことは不可能だ。
別世界の神も無理だったのだから、期待はしない。
「うーん、やっぱりそう簡単には見つからないか……」
時刻は午後二時を過ぎたところ。
午前中から活動しているため、結構な体力を消費している。
「そもそも天使とかの気配すら感じないんだけど」
「クリスマスとか、特別な時にしか下りてこないんじゃないのか?」
「あー、その説ありそう」
海斗は紅茶を飲み、小さくため息を吐いた。
レトロな雰囲気のある、とてもいい喫茶店だな。
入り組んだ路地裏にひっそりとあり、穴場的な店で知っていることが不思議だ。
話を聞いてみると、どうやら海斗の知り合いが経営しているらしい。
「天使探しなんて大変そうだね」
「じゃあお前も手伝え」
「僕は忙しいからムーリー」
「あー……|夕《ユウ》、ムカつくから殴ってもいい?」
ダメでーす、とこの喫茶店のマスターの|神薙夕《カンナギ ユウ》は言った。
知り合い、とは言っていたが普通に仲が良さそうだ。
「そもそも、天使は本当に見えるのか?」
「どういうことだ」
「漫画とか、子供の頃しか見えないっていうのが王道じゃん。最近は気配を感じにくいって言ってたでしょ、この前」
まぁ、と海斗は少し顔を伏せた。
元々期待はしていなかったが、これじゃ本当に見つからないかもしれないな。
もうそろそろ世界を越えることは出来るし、日が落ちるまでか。
「あー、もう休んでる暇はない! 今すぐ出発するぞ!」
「行ってらっしゃーい。時間があったらまた来てよ、零」
海斗の後をついていくと、俺にだけ聞こえるように夕は言った。
---
「あー、もう会えないのか?」
一日中歩き続けていたけど、見当たらない。
変に期待させてしまっただけになった。
やっぱり気配を感じにくくなってる。
こんなじゃアイツは見つけられなくて当然だ。
「一度休むか?」
「心配してくれてるなら、ありがとな。でも俺は大丈夫だ」
そんなことを話していると、ふと真上から何かの気配を感じた。
見上げると、俺に向かって落ちてきているものがあった。
工事中の建物から落下してくるものが《《鉄柱》》と気づいた頃には、もう数メートルまで距離が縮まっている。
(あぁ、これ死んだな)
そう思った俺は少し離れたところにいる零へと視線を向けた。
しかし、そこには誰一人居なかった。
辺りを見渡そうとすると、誰かに手を捕まれた。
誰か、なんて分かりきっている。
昨日話してくれた『能力』を使って俺を助けてくれようとしているのだろう。
この世界へ留まる時間が一日伸びてしまうのにも関わらず、零は俺を助けてくれた。
「な、んで……」
「人を助けるのに、理由は必要ないんだろ」
変な感覚がしたかと思えば、少し進んだ場所に俺達は立っていた。
これが『転移』する能力。
感動していると、何か懐かしい気配を感じた。
「全く、最近の悪魔は誰でも事故死させようとするんだから……」
世界から音が消えた。
時が止まったかのように人々は動かない。
俺は《《コレ》》を知っている。
声のする方を見れば純白の服に身を包み、綺麗な羽根を持った人物がいた。
「誰だお前!」
「失礼すぎない?」
「俺の知ってる天使はボロボロの薄汚いパーカーを着た奴だ!」
確かに、とソイツは目を逸らした。
「そんなことより俺らはお前を探してたんだよ」
「何で?」
説明すると長くなるけど、時が止まっている今なら関係ない。
俺は零がこの世界の住民じゃないこと。
そして、不死の病について何か知らないかを聞くために探していたことを伝えた。
「……能力を使っていた時点で、君が異世界人ということは分かっていた。まずは彼を助けてくれたことに感謝を伝えさせてもらうね」
ありがとう、と天使は頭を下げた。
零は驚きながらも、大したことはしていないと笑った。
「次にその病についてだけど、生憎と僕が使えるようになった|祝福《神の力》を使っても治すことが出来ない」
「そう、か……」
「異世界の存在には勿論知っている。軽く視てみたけど、それは君に|呪いをかけた《病を与えた》人物にしか解くことは出来ない」
ちょっと待て、と俺は話を一度中断させた。
コイツ、さっきとんでもないこと言ったよな。
|祝福《神の力》だったか。
高二の時にコイツが使えてたの|奇跡《天使の力》だろ。
「え、神になったのか?」
「うん。だからここ数年は地上で遊べなくてね……今日も仕事で降りてきているんだ」
「悪魔とやらが関係してるんだな」
正解、と天使──改め神は零を指差した。
こんな奴が神とか、世界終わらないのかな。
「ねぇ、失礼なこと考えてるでしょ」
「気のせいでーす」
神はため息を吐き、話を戻す。
「君が持つ『世界を越える力』は辿り着く先が不明、なのは自分の事だから分かっているね」
「あぁ」
「病を与えた人物も|世界を越える《君と同じ》ことが出来るし、行く先は分からない。同じ世界に辿り着くのは、いつになるか……」
「どうせ死ねないんだ。時間は幾らでもあるし、地獄の底でも追い掛けてやる」
少し、零が怖く感じた。
また瞳から光が消えている。
零はこれからも一人で旅を続けていくのだろう。
「誰か隣で歩いていけたら、なんて」
俺はそんなことを小さく呟くのだった。
「さて、それじゃ僕はこの辺で失礼するよ」
「あ、あぁ。仕事が落ち着いたら、また降りてくると良いんじゃねぇか?」
そうだね、とソイツは笑った。
神は翼を大きく広げ、高く手を上げる。
指を鳴らすと同時に聞こえた声を、俺たちは聞き逃さなかった。
--- 零、君に異世界の神から祝福を ---
その瞬間、俺たちの後ろ数メートルに鉄柱が落ちてきた。
物凄い音が街に響き渡る。
工事中の建物から感じた気配の正体は、神の言葉通り《《悪魔》》だったのだろう。
俺を含めて誰も命を落としていないからか、悔しそうな顔をしている。
「……帰るか」
そう言った俺に、零は「あぁ」と小さく返事を返すだけだった。
---
結局、この世界の神でも不死の病は治せない。
遠い昔に行った世界もそうだったから予想は出来ていた。
でもアイツも俺と同じ力を持っている。
なら、何処かで会うことがあるのかもしれない。
少しだけ希望が見えたような気がした。
「もう一日は滞在しないといけなくなったけど、どうするんだ?」
「あー、何も考えてなかった」
だろうな、と少し海斗に呆れられた。
彼処で能力を使うとは予想してなかったが、後悔はしていない。
「俺のせいだし、普通に泊まっていけよ」
「……いいのか?」
「別に変わらないからな。ただ、問題は明日なんだよな……」
何かあるのか、と俺が問う。
どうやら明日は新作を渡す予定らしい。
なのに一文字も書けていないと。
「俺と神探ししてる場合じゃねぇじゃねぇか」
「気分転換なんだよ!」
はぁ、とため息を吐くことしか出来なかった。
俺のせいでもあるし、何か手伝えたら良いんだが全く話のネタなんて思い浮かばない。
とりあえず家には帰らず、夕の喫茶店へ行くことにした。
「助けてくれぇ……」
「何で僕が?」
「ネタがないんだよぉ……」
今日のことでも書いたら良いのに。
そう言った夕だったが、全く海斗には届いていないようだった。
「──あ」
一つだけ思い付いた。
俺はショルダーバックから一冊の本を取り出す。
これは暫く見ていなかったが、ネタになるんじゃないのか。
そう思った俺は海斗に本を渡した。
「何だこれ」
「記録だ」
不死になって最初の頃、ある世界で半ば強引に押し付けられた日記帳。
俺の世界にはなかった『魔法』や『魔獣』といったものが珍しくて、全て記録していた。
「他の奴等よりは空想生物がリアルに書けるんじゃないか?」
おぉ、と中身を見るなり海斗たちは声をあげた。
当時は絵を描くのにハマっていたから、イラストも細部まで描いてある。
本当に些細だが、返せているのだろうか。
「お前、小説家に向いているんじゃないか?」
「いやイラストレーターでしょ」
そんなことを話している二人は、とても楽しそうだった。
「──書けた!」
勢いよく立ち上がった海斗は、作文用紙を掲げていた。
びっしりと埋まった文字はとても綺麗だ。
「お疲れ様。珈琲淹れる?」
「頼む!」
珈琲を待っている海斗は机に伏していた。
数時間もの間、休憩を挟まずに書いていたから流石に疲れたのだろう。
夕は海斗を見て微笑む。
「君のお陰で締め切りに間に合ったらしいね」
「……あぁ」
あまり話は続かない。
海斗がいたから話せていたけど、俺は夕と仲が良いわけではないからだ。
「零。君は海斗が体験した奇跡を知ってる?」
首を横に振ると、夕は一冊の本を取り出す。
綺麗な表紙には『聖夜の奇跡』と書かれており、小さく海斗の名も書かれてある。
多分、海斗の小説なのだろう。
本の帯を見るに、新人賞も受賞した凄い作品なんだな。
「それはノンフィクションだ。数年前のクリスマスイブ──聖夜に起こった奇跡」
俺は、その本を読んでみることにした。
---
そこまで長い作品ではないからか、零はすぐ読み終わったようだった。
最後のページが少しだけ僕にも見える。
|またね《三文字》しか書かれていない右のページ。
そして、涙を流しながら消える少女の絵がある左のページ。
まだ僕たちは子供だった。
だから文章もおかしいところがあるし、イラストだって完璧じゃない。
「──君、泣いているのかい?」
零の頬を涙が伝う。
確かにこの小説を読み、泣いてしまうという読者は多かった。
でも、長い時を生きて幾つもの感動を知っているであろう彼が泣くとは思っていなかった。
「ユウって……」
「僕のことだよ。彩は初対面なのに友達になってくれた、優しい子だ」
もっと話したかったな、と思わず呟く。
あり得ないのに、三人で笑っている未来を願ってしまう。
「今日、君と話している海斗は楽しそうだった。たった数日でも仲良くしてくれてありがとね」
そう僕が笑うと、零はそっぽを向いた。
頬が赤く染まっている。
さて、と僕は海斗をソファーに移して毛布を掛けた。
暫くの間は眠っていることだろう。
もう慣れたことだけど、流石に家へ帰った方がいい気がするんだよな。
明日は新作を提出しないといけない。
身なりを多少でも整えた方がいいでしょ。
「零は海斗の家に止まってるんだったな。うちで良ければ泊まっていきなよ」
「……良いのか?」
「海斗がこんなだからね。夕飯は余り物で作っちゃうから少し待って」
---
次の日になり、俺は無事に新作の提出を終えた。
そして、いよいよ別れの時間だ。
「非常食はちゃんと持ったな?」
あぁ、と零はショルダーバックの中を確認した。
防災用の食べ物だから、賞味期限は問題ないだろう。
あまり美味しいとは言えないかもしれないけど。
「海斗、それに夕も。色々とありがとな」
「どういたしまして」
「こちらこそ、綺麗なイラストを見せてくれてありがとう」
それじゃあ、と零が指を鳴らす。
すると、ゲートのようなものが零の背後に現れた。
本当にコイツは異世界の住民なんだな。
そう、改めて実感した。
「今度こそ見つかるといいね、不死の病の治し方」
「あんま無理すんじゃねぇぞー」
俺がそう手を振ると、零は満面の笑みを浮かべていった。
「お前らこそ、早死にすんなよ」
ゲートが閉じて、辺りは静寂に包まれる。
また会えるといいな。
今度は、|何も背負ってない《病気が治った》状態で。
---
「ねぇ、蒼井海斗の新作見た?」
「勿論!」
数ヶ月後、この世界では一冊の小説が物凄く売れていた。
題名はたった一文字『零』とだけ書かれている。
幾千の世界を旅する主人公は、ある世界で見たこともない生き物たちと出会う。
いつも通り、まるで目の前に起こっているかのような描写が人気を集めていた。
有名イラストレーター『神無』の挿し絵も好評だ。
「でもさ、ちょっと驚いたんだよな」
「何が?」
「蒼井海斗の小説……特に聖夜の奇跡は体験談みたいだったじゃん?」
でもコレは誰かの日記みたい。
そう言った男子は本をペラペラと捲った。
対して女子は、あるページでそれを止める。
「もしかして、零の日記だったりして」
「あー、主人公の?」
こういうイケメンと付き合いたい、と女子が言うと男子は何とも言えない表情を浮かべる。
「……よく分かるよな、皆」
小さく呟いた蒼井海斗は、珈琲を一口飲むのだった。
--- fin ---
--- fin…? ---
「……この世界まで何の用だ」
異世界の神、と俺は少し睨みながら言った。
へらへらとしながら、ソイツは距離を詰めてくる。
「用があるのは僕じゃないよ」
彼女だ、と背後から現れた人物を見て驚いた。
見覚えがあるどころではない。
その人物は、亡くなっている筈の|篠崎彩《ヒロイン》。
挿し絵で見た少女と似ているどころではない。
「零さん、でしたっけ。海斗の側に居てくれてありがとうございました」
「……感謝される覚えはないが」
「海斗は夕以外に仲の良い友達いないし、最近納得のいく小説を書けてなかったから」
貴方のお陰だよ、と彩は笑った。
ただ、この病を治す方法が無いかを探すためだけに訪れた世界だ。
きっと数十年と生きていくなかで忘れてしまう。
「良かったら、海斗たちのこと覚えておいて」
「──!」
「それで病気が治ったら遊びに来てよ」
「とても良いアイデアだね、彩」
神が笑い、俺は暫く黙っていた。
病気が治ったら、なんて約束は幾つもしてきた。
けれど、この能力では好きな世界へ行くことが出来ない。
「……じゃあ、早く治さないとな」
「私も転生したいからあと数十年は来なくて良いからね!」
他の世界にも行きたいでしょ。
そう言った彩には、何でも見透かされている気がした。
「分かった」
俺はそう答えることしかできない。
また会える日を信じて、今日も旅を続けるしかない。
神と彩は長居するのは良くないらしく、もう帰ってしまうと言う。
「じゃあね、零」
「また会おうね!」
「……あぁ」
二人を見送った俺は、ショルダーバックから飴を取り出す。
すぐ食べる用で海斗と夕が持たせてくれたものだ。
とても甘くて、優しい味がする。
少しだけ未来が楽しみになった僕は、今日も不死の病を治す方法を探すことにした。
--- fin ---
生きる。です
初日に投稿できるように頑張ってたのに、一週間経ちますね
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