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〖伝説の孵化〗
prologue _V_
空を貫かんばかりにそびえ立つ〖オリオン〗の本社。
空もネオンの光も反射するガラス張りのタワーの前に険しい顔をした男性が二人で警備にあたっていた。
「...いつ見ても、凄いもんだな...圧巻の景色だよ、このビル...」
「ビルも良いが、このインプラントも凄いよな...確か、目からレーザーが出るとかそんなのもあったよな?」
「ああ、あった、あった。お前、何にしたんだよ?俺、あのレジェンドに憧れて手から火が出るインプラントを入れたんだ」
「良いじゃん!俺は...」
男性の一人が言葉を紡ごうとして口をつぐんだ。
もう一人が「どうした?」と聞いてその男性の視線の先を見る。
そして、瞳に映るのは黒髪に鋭い目つきをした黒い瞳の男性だった。
---
20xx年、アメリカ合衆国に本社を構えていた〖オリオン〗という世界的に有名な企業は、〖インプラント〗と名のつく人体の能力を大幅に向上させるほか、新たな能力を付与する人工パーツを開発した。
その後、それらは商品として世に出回り、様々な人々が能力の向上、付与を目的に己の身体を改造する事が世界的に流行した。
最終的に人類は、人体にインプラントを埋め込んだ〖サイバーヒューマン〗と人体にインプラントを埋め込まず、そのままの人間として生きる〖オールドヒューマン〗に別れることになった。
それから、約30年の時が流れた現在。
アメリカ合衆国は〖サイバーヒューマン〗の身体能力や知的能力により大いに発展し、3つの州に別れ、〖NEO USA〗の〖セカンドニューヨーク〗、〖ナイトシティ〗、〖ネオワシントン〗となった。
世界中の国々がアメリカ合衆国及び、〖NEO USA〗の変化に驚愕したが、次第に受け入れられつつある。
...それが、俺が生まれる前の話だ。
最近はというと、オリオンは奇妙なプログラムを開発するのに忙しい。
なんでも10年前にオリオン本社で単身爆破テロを起こした奴の人格とやらをプログラムに移行しようとしているらしい。
どうでも良い社内企画だが、その10年前の奴はこの国の〖レジェンド〗だった。
レジェンドはNEO USAでいう伝説とか、英雄とか...とにかく素晴らしく名誉のある肩書きだ。
それを得るやり方はなんでも良い。発展途上国の難民を何百人救ったとか、国と国の戦争を止めたとか...そんな美談じゃなくても、何億も盗みを働いたとか何千人を殺したとか、とびきり凄い語り継がれる武勇伝になるならなんでも良い。
だから、オリオンはその規格外なレジェンドのサイバーヒューマンをプログラムとして起こすのに奮闘している。
ただ、そのやり方には些か不満が募る。
いくら機械のような人間でも、元はれっきとした人間だ。仏教でいう死者の冒涜とやらに反するんじゃないかと思う。
サイバーヒューマン組織の〖アーデン〗、オールドヒューマン組織の〖ルーンレイ〗が何故黙っているのか疑問でしょうがない。
けれど、何にしろ俺はオリオンの現社長、イーオン・オリオンの経営方針が気に入らない。
前社長のイーオンの父親にはよくしてもらっていたが、そろそろ離れるべきだろう。
---
「お...|V《ヴィー》!出勤にしては遅いぞ!走れ!」
鋭い目つきをした細身の男性を少し諭すように口を開く。
「悪い、悪い。でも、もういいんだ」
「もういい?...寝言か?ほら、さっさと走れ!」
「頑固だなぁ...少しくらい...」
「お前、今日で遅刻が何回目だと思ってるんだ!」
「分かったよ...またな」
またな、とまるで別れを惜しむように本社内に入ったV...ヴィル・ビジョンズを見送り、ふとVを先に視認した同僚を見る。
やがて、同僚が震えるような声で言葉を流した。
「なぁ...Vって...いつも、あんなに暗かったか...?」
まるで、何かに怯えるような雰囲気だった。
---
オリオン本社内の無駄にきらびやかに装飾された廊下で足を動かす。
元々、この廊下はもっと質素で親しみがあった。それを現社長が金を用いてキラキラと輝くような成金趣味の廊下に変えてしまった。あの前社長、アルド・オリオンの時代は良かった。
悪趣味な廊下の先の更に悪趣味な扉を開き、社長室へ入る。
「...イーオン社長、お話があります」
偉そうに窓へそっぽを向き、椅子にもたれかかる赤毛の男性に話しかける。
返事はない。もう一度、名前を呼んだ。それでようやく、その男性が振り向いた。
「Vか...わざわざ足を運んできたのか?ご苦労なことだ」
その男性の黄色い瞳がこちらを睨む。こちらも負けじと睨み返した。
「そりゃどうも。本日は貴方に用件がありまして」
「へぇ、V...ヴィル・ビジョンズが?頑なに僕を社長として認めなかった君が?」
「...ええ、でも...今だけは社長として認めないといけないので」
「今だけ、ね。それで?」
「......本日限りで貴方の会社を辞職します」
「...正気か?」
「正気です。こちらに退社届がありますので、受理していただけると幸いです」
イーオンは何も答えない。分かっていたことではあるが、受理してくれないと困る。
俺は懐から退社届を取り出して、イーオンの顔に突きつけた。
それまで眉一つ動かさなかったイーオンが歪んだ笑い顔に変わり、退社届を受け取った。
「V、君が本気なのはよく分かった。でも、君は一応重役だろ。そう易々と手放すわけにもいかないんだが...良いことを考えたよ」
「...なんです?」
「退社祝いだ、鉛弾でも受け取ってくれ」
彼が腰に手を伸ばして、S&W M39のような形状の銃器に手をかけようとした瞬間、警報が鳴った。
「そういえば...誰かが武器やインプラントを使おうとすると、警報が鳴るシステムがあったな...」
イーオンが思い出したように呟いた。そのあまりの無責任さにため息が洩れたが、廊下からたくさんの足音がして、それぞれの武器を持ったサイバーヒューマンが部屋へ押し入ろうとしていた。
「...V、しかたがないから退社届は受理してあげよう。まぁ、逃げれるといいな」
そうイーオンが言った途端に俺の横を銃弾が掠め、後ろの窓が割れる。
既にサイバーヒューマン...元同僚が部屋に入っていた。
足に力を込めて割られた窓に飛び込んで、高さ26階から勢いよく飛び降りる。
後ろで驚いたような声が聞こえた気がした。
---
下に山積みになったゴミ袋をクッションのように身体を投げ出した男性の顔を見た。
昨日、自分...キアリー・パークのクリニックで|jumping《跳躍》のインプラントを入れた客だった。
時間通り、約束された場所の“近く”に到着できたようだ。
「...おい、そろそろ起きろ。追手が来るぞ」
「......申し訳ないんだが...肩、貸してくれるか?」
「インプラントに慣れろとあれほど...」
「しかたないだろ、入れて一日しか経ってないんだ。慣れろって言う方が厳しい」
腰に手をあてて引き上げられる。支えられるようにしてVをクリニックに入れ、インプラントクリニックの扉を閉めた。
「それで、V。上手く辞めれたのか?」
「上手く辞めれたって...よく分かんないな。まぁ、そこそこ?ちょっと着地にミスったぐらいだな」
「だいぶミスったの間違いだろ。あのインプラントは高く飛べることの他に、高いところから着地しても大丈夫なんだぞ。それを入れた本人は上手く着地できずにゴミ山なんぞに身を投げ出したようだが」
「それは...悪かったよ」
バツが悪そうな顔をして足のインプラントを見るVの姿になんとなく初々しさを感じる。
こういったことは初めてだったのだろう。ましてや、それが何十人に追われながらインプラントを使用して逃げるなんてことは初めてには確かに難しい。
黙って、Vのインプラントの損傷を見た。どこかが欠けていたりはしないが、少し負担がいっていることが分かる。
軽く弄って叩くとVが少々呻くような声を挙げた。サイバーヒューマンでも、感覚が鈍くなるインプラントや一時的に痛覚を感じないようにする夢のようなインプラントはあるがVには搭載していない。
そもそも、初めての人間に突然インプラントを3つも入れるなんてことはかなり危険性がある。
インプラント手術専門の新米医師でも知っていることだった。
「...なぁ、キアリー。別にお前の腕や知識を疑ってるわけじゃないが...インプラントって3つ以上いれたら、本当に死ぬのか?」
「最悪、死ぬってだけだ。でも死亡するより、サイバーサイコヒューマンになる可能性のリスクの方が高いな」
「サイバーサイコ...ヒューマン?」
「サイバーサイコでいいぞ、長いからな。
単に入れたインプラントが本人を蝕んで所謂、暴走化する。
その時には理性何てものはなく自我のない機械人形みたいなもんだ。
その暴れ馬鹿が行き着くところが死っていうゴールだな」
「...インプラントを入れたのが、途端に怖くなってきたよ」
「今更だろ。後悔するなら、もっとよく考えろ。...それで、お前はこの先どうするんだ?私としては永遠にお世話になりそう客がついたわけだが」
「...そう、かもな。あのクソみたいな会社も辞めたし...暫くは傭兵仕事になるかな」
「へぇ、黙ってオリオンにいた方が儲かっただろうに」
「酷いな...こっちの心境、分かってるくせに」
「そうだな。それなら退社祝いに飲みにでも行くか」
「お前の奢りで?」
そう言う嬉しそうなVの顔を見て、薄ら笑いを浮かべるほかなかった。
---
ネオン街の光が隣にいるキアリーの紫の髪を照らした。
昼だと言うのにナイトシティは暗く、よく見れば何らかの喧嘩が起こっている。
その奥で複数人が屯するバーに見知った顔を見つけた。
「V、〖カクテル〗だ。アイツも中々くたばらないな」
「ああ...キアリー、お前もだよ」
「さっきまで、くたばり損ねた奴に言われたくないよ」
毒を吐けば毒で返される。そういうところだ。
何を返しても無駄だと分かっているから、黙って見知った顔の緑のような水色に近い髪に黄色のメッシュの入った女性に声をかけた。忙しそうにしているが、問題ないだろう。
「カクテル!いつにもまして、繁盛してるな?」
「ああ、V...その様子だと辞めれたのかい。今日はあのソロの日なんだよ」
「そりゃ良いね。...何のソロ?」
「あ~...あのバカ|伝説《レジェンド》、|レイズ・シルバー《金になった男》だよ」
「|金《ゴールド》になった男?......ああ、単身爆破テロか!」
「そう、アンタが数時間前にいた会社のね。忘れてたのかい?」
「いや...あんまりオリオン関連に興味なくて」
その応えにカクテルことラム、キアリーが同時に吹き出した。
「興味ないって...V、いくらなんでもそれはないだろ」
「別にいいだろ」
「お前な...ラム・ラインブレット、オーダーを頼めるか?」
「いいよ、少し遅くなっても文句言わないでくれよ。手一杯なんだ。何にする?」
「そんじゃ、〖レイズ・シルバー〗で。Vもそれで良いだろう、オリオンを爆破した奴だから気持ち的には最高だろ?」
「...ああ」
その答えを待っていたかのようにカクテルが口を開いた。
「OK、少し待ちな」
「V、私はこれを払ったら帰るよ。お前もオリオンに見つからないように気をつけて帰れよ」
注文した後のキアリーの顔にまた、ネオン街の光が照らされた。
---
ラムやキアリーと別れてクリニック近くに駐車していた自分の車に乗り込んだ。
セカンドニューヨークのニュースが車内に響く。
オリオンが何かを授賞したとか、レジェンドの一人が行動を起こしたとか...当たり障りのない普通のニュース。それが終わると町のPRに移る。聞き取りやすい男の声。幾度となく、出社の前に聞いたことがあった。
[ようこそ、セカンドニューヨークへ!
アンタは何を求めてここへ来た?
商売?喧嘩?住居?それとも、レジェンドになる為?
何だって良い、ここはセカンドニューヨーク!
何でも揃って、何でも出来る!アンタの夢の実現化はここにある!]
「...何でも、ねぇ...大抵がオリオンの監視化みたいなもんなくせに...」
セカンドニューヨーク。世界的にはアメリカの首都ではないが、近年はオリオンの活躍によりネオワシントンより大きく力を持つ州の一つだった。
ただ、州とはいっても国に近い。オリオンの国、と言えば分かりやすいだろう。
セカンドニューヨークの警察はオリオンの癒着によって民営化され、もはや動いていない。
いや、動いてはいるが以前のように機能していない。つまり、無法地帯に近しい。
ナイトシティほどではないが各地で組織による喧嘩が勃発し、その度にオリオンのエリート部隊が箱入れした警察〖デジタルポリス〗及び〖DP〗と共に介入、もしくは後片付けを行う。
俺はそのエリート部隊より更に上の開発部門だったが、開発部門の中では下だった。
重役と言われたら重役だが、イーオンのあの反応からしてそこまで重要ではないのだろう。
もしくは戻ってくると踏んでの反応なのかもしれないが。
[...近年は、サイバーヒューマンの増加が増えまして...はい、はい、そうです。DPは......]
[ネオワシントンのグリティニー大学の......卒業生...オリオンが...]
[......オールドヒューマン団体の...根幹に......]
どれもくだらないニュースばかりだった。
ハンドルを握ってシフトレバーをドライブに切り替え、アクセルを踏んだ。
ロック音楽が流れるネオンの街を愛車で走るのは心地が良い。自分で運転しなくても人口知能を搭載している自動車なら自動的に運転してくれるらしいが、自分で運転するのも良いものだろう。
暫く悠々と運転していると遠くから怒鳴り声が聞こえ、「止まれ!」と言われた。
「...なんだ...?」
ブレーキだけを踏み、車を停めるとすぐに発進できるようにアクセルだけを踏める状態にした。
やがて前方の車から若い男性が扉を開けて地面に足をついた直後にその車に別の車がその車目掛けて突っ込んだ。
あまりにも急な展開に驚いていると、今度は後ろから銃声と悲鳴が聞こえた。
その銃声が聞こえた辺りで自分の車の硝子が割れ、銃弾が顔の横を掠めた。
「なんっ、で、俺?!」
車のミラーに目をやると、見覚えのある高級車種と有名企業の名前。そして高そうなパワードスーツに身を包んだ顔馴染みの男性。手に持っているのはベレッタ92FS。グリップをしっかりと持ち安定している。リロードはしていない。おそらく、オリオンである。
「試しに一発目ってことかよ!」
前をしっかりと向き、アクセルを勢いよく踏む。
前方の車に体当たりをかまして逃げるように走り抜けたが、後ろの車もしっかりと追ってきていた。
「あぁ、もう!!どうして大企業様が俺一人を追うんだよ?!抜けたんだから関係ないだろ?!」
ハンドルを右へ左へ切って旋回し曲がりくねった道を選んで巻こうとするがミラーから後ろにいた車の姿が消えることはない。まともに考えたいのに更に後ろからは銃声がする。
焦りが募って何も考えずに勢いよくハンドルを切った。
開けた場所に大量に廃棄された自動車や銃器があり、コンテナが連なり山にもなっている大きな土地。川を挟んだ所に港が見える。
セカンドニューヨークの外れにある|墓場《ゴール》の一つだった。墓場には身寄りのない故人や死刑囚の遺体などが埋まっていたり、保管されていたりする。
極力、通りたくはないが仕方がない。コンテナの山の一つで滑り台のような形に配置された適当なコンテナに車を走らせ、その道がぷっつり途切れた道から車が飛ぶように浮いて、先程見えた港に着陸する。
後ろを見れば、飛んだコンテナの道から追ってきていた車がじっとこちらを見ていた。
---
家に帰って初日はオリオンとのカーチェイスで疲れが溜まっていて、すぐに寝てしまった。
そこからはカクテルのバーで情報収集をしたり、よく知らない奴からのオーダーで人探しや密輸、目標の人物を殺害、救出など色々やった。
基本YESで何でもやっていたつもりだ。
---
依頼を受け、ナイトシティのとある路地にて人を待った。やがて、路地奥から足音がして近くで止まった。
「...お前は...あのヴィネット・シルヴィーだな。俺はヴィル・ビジョンズ、Vだ」
「Vか。僕は君の思ってる有名なV・Rだよ。同じVだね、よろしく頼むよ」
ウェーブのかかった長い茶髪に黄色のメッシュ、濁ったような緑の瞳に眼鏡をかけた男性。一見してみれば女性のようにも見える人物が今回の依頼者だった。
しかし、少し違うのは彼が有名なコーラスの一員だったことで世界的に名を馳せた|伝説《レジェンド》であることだ。
「こちらこそ、よろしく...しかし、凄いな。まさか、こんな有名人から|依頼《オーダー》が来るとは思わなかった」
「そうかな。君の活躍は結構、話題だよ。一人で何でもやってくれる傭兵だって...」
「それは、お偉いさんや組織にとっては都合が良いんだろう。そうでもなければ来ないさ」
「そんな卑屈なこと言わないでよ、報酬はそれなり...いや、かなり多く支払うから」
「...そんなに支払うってことは、難しいのか?」
「そうだね。でも、君には重荷が少し軽いかもしれない」
「...具体的に、どんな内容なんだ?」
神妙な顔をしてヴィネットが俺の手を取ってコーラス隊の一員なだけあって、透き通る良い声で言葉を出した。
「オリオンのクルーラーを、盗み出して欲しい」
「...はぁ?」
クルーラー?なんだ、それ...オリオンの?オリオンの、クルーラー?
あの奇妙なプログラムか?
「...言い間違えだったり...?」
「しないよ。君、オリオンの元社員なんでしょ。今回の依頼は有利に進められるだろうと思ってるんだ」
「随分と...調べてるんだな。そんなに欲しいのか、そのクルーラーとやらが」
「まぁ、そうなるね。それで、どうする?他にもオリオンの元社員はいると思うけど?」
「こんな上手い話を乗らない馬鹿がどこにいるんだ、やらせてもらうさ」
「ありがとう。ところで、オリオンは好き?」
「なんでそんな質問するんだ...?...嫌いだよ。オリオンも、その社長も」
そう答えた時、ヴィネットが何故か嬉しそうに微笑んだ。
握られた手が更に強くなったような気がした。
---
色濃い緑に濁った下水道を進み、赤外線レーザーの通る大きなマンホールで這い蹲った。
「うぇ...臭......いくら単独でやってるとはいえ、まさか今まで逃げてきたところにわざわざ出向くなんて思いもしなかったぞ...」
ゆっくりと当たらないように避けて縦にマンホールを進む、やがてトイレと思わしきところへ着き、そこから出たような形になった。
「...こういったところでマップを表示してくれるようなサポート専門のサイバーヒューマンでもいたらな...オリオン相手じゃ、協力してくれる奴なんていないか...」
幸い、社員だったこともありオリオン社内の構図は把握している。
ヴィネットが睨んだ通り、確かに俺は有利なのかもしれない。
近くを巡回する警備に見つからないように跳躍のインプラントで軽めに跳び、金庫室前に降り立つ。
あまりクルーラーの開発には関わってこなかったが、保存位置だけは知っていた。
クルーラー...ざっと言えば、サイバーヒューマンの人格をプログラムされたチップデータだそうだが、ただのプログラムをヴィネットが何故欲しがるのか理解が出来ない。
「ま、報酬さえ貰えれば関係ないか...」
提示された金額は今の俺からしたら巨万の富だ。それを貰ったらセカンドニューヨークを出て、別のところへトンズラしよう。
その考えが出ていたのかは分からない。金庫室の中に入り、いかにも重要そうな鞄に入った小さなチップの入ったカプセルを手に取る。
その瞬間に上から巨体が降ってきた...というよりは、降りてきたが正しい。
降りてきた巨体は様々なインプラントを積んでいるのか身体中が金属類に埋め尽くされ、かろうじて見えそうな顔も埋もれそうになっている。
内臓までインプラントになっているのではないかと思わせるほどだった。
だが、何より気になるのは_サイバーサイコヒューマン化していないこと。
金属の巨体は特に動かず、じっとこちらを見つめる。これは|医師《ドクター》のキアリーの話だが自我がなくなるということは暴れ続けるということだ。
それが、目の前のサイバーヒューマンはどうだろうか。
「驚いたかい?」
少し忘れつつあった声に目を疑う。
巨体の声ではない。と、するとその奥の見覚えのある男性しかない。
「...イーオン...」
「V、傭兵生活はどう?楽しいかい?」
「...ああ、楽しいよ。お前の傘下に入ってた時よりずっと楽しいね」
「そりゃ何より。ところで、君はどうやってここに入ったのかな」
「なんだ、不法侵入者が素直に教えると思うのか?」
「いや、全然...でも、君が手に持ってるそれ、返して貰えるかな」
「それもやだなぁ......なぁ、イーオン。隣のサイバーヒューマンはなんだ?」
「ん?...ああ、新型の開発プロジェクトの成果だよ。別に大したもんじゃないさ」
「大したもんじゃないって...明らかに三つ以上のインプラントが...」
「...大丈夫だよ、元から|人間《サイバーヒューマン》じゃないから」
イーオンがそう口にして、巨体を叩いた。それが皮切りになって、巨体がインプラントまみれの大きく逞しい腕を振り下ろすと床が崩れて綺麗にイーオンの姿だけが落下間際に見える形になった。
落下直後に見た巨体の顔。赤毛の髪に_
---
空中に身体が投げ出される。振り下ろされた腕の衝撃波が下の層まで響いているのか、足が中々地面につかない。
投げ出された時にクルーラーの入ったカプセルが手から抜け落ちていた。落ちていく中で辺りを見渡すと手が届く範囲に浮いている。手を伸ばしてキャッチした頃に、ふと上を向くとインプラントの巨体の| air blast《衝撃波》が装填された腕が目の前にあった。
---
何も食べていないのか、それとも痩せているのか衝撃波一つで吹っ飛ばされたVを見送る。
下には見事に|hover《浮遊》のインプラントで着陸したアルド・オリオンのクローン体の一つを見た。
実践的にインプラントを複数仕込んだが想定以上に上手くいったようだった。
---
「いっ...あ...」
以前と同様にゴミ山に助けられた。一度、一緒に飛ばされた瓦礫の破片を踏んで吹っ飛ばされた勢いを殺したのが功を奏したようだった。
掌にはクルーラーが固く握られている。どうやら、成功したようだ。
重い足取りで約束された路地へ向かい、何やら屈強な男性と話をしているヴィネットを見た。
「...やぁ、V...テレビは見た?オリオンの西棟の一部が抜けたように壊れたそうだよ。......やったの?」
「いいや......変な奴が馬鹿力でぶっ壊しただけだ。それより、持ってきてやったぞ」
笑うヴィネットにクルーラーを手渡して、眉一つ動かない屈強な男を見る。
特にこれといって特徴のない黒スーツに身を包んだ男性だ。何故いるのか不思議でならない。
「それで、ヴィネット。報酬は...」
「ああ、ちょっと待ってね」
ヴィネットが背中を向けた途端に近くにいた例の屈強な男性がこちらの顔目掛けて拳を飛ばした。
避けれずにもろに喰らって地面に尻もちをつく。
立ち上がろうとする前に路上に更に男性と同じ格好をしたスーツの男達が出てきて後ろから羽交い締めにされた。
「っ、はぁ?!なにすんだ、おい!」
「V...報酬は支払うけど...まだ少しやってもらうことがあって...」
「.........」
「嫌そうな顔、しないでよ。そりゃこんな大金積まれて企業に物盗むだけなんて話が上手すぎるでしょ」
「あぁ?!そうかもな!だったら、とっとと羽交い締めにしてんの外せよ!」
返事はなかった。その場にいる全員が俺だけがおかしいように見えてくる。
ヴィネットがカプセルからクルーラーのデータチップを取り出し、俺の頭辺りにそれを入れようとする。
「おい、待て!オリオンのよく分からない試作品のデータチップなんて入れたら...!」
「入れるまでが依頼だから」
「そんなの聞いて...」
「言ってないからね。でも今聞いたんだから、良いでしょ_」
頭の中でチップが完全に入ったような音がして、すぐに激しい頭痛が襲った。
---
朝日が昇り、鳥の囀りが響く部屋の中で二人の男性が会話している。
「...なぁ、V...そろそろ、俺は行かないと」
「...どこに?」
「オリオンの...そう、社長に吠え面吐かせてやるんだ」
「いつ、帰ってくるの?」
「さぁな...いつ帰ってきても、待てるだろ?」
「どうだろう。あんまり長いと逆に迎えに行くかも」
「へぇ、そりゃ良いな...是非とも迎えに来てほしいもんだ」
---
どこか小規模のオリオン本社のビル。
その中で爆弾を用意する一人の男性。
その男性の肩に赤毛に黄色い瞳をしたややシミの目立つ肌の男性が手をかけた。
直後に用意された爆弾の一つが爆破された。
---
遠くの窓にキノコ雲が映る。手足は動かせず、何やら椅子に拘束されていた。
「綺麗だなぁ、てめえの会社から黒いキノコが生えてるぞ」
「......何故、こんなことを?」
「分かってるくせに、わざわざ聞くのか?それとも長寿過ぎて、全部忘れちまったか?」
「質問に答えていただきたい」
「てめえは自分の会社を爆破された事実より、爆破された理由を気にするのか?変わってんな」
「...誰の...差し金だ?仲間は?組織は?」
「......俺は組織じゃない。誰かの差し金でもない」
「...そうか。お前の爆破で...社員の何人かが亡くなった」
「...それは...哀悼の意を表するよ」
話す相手がこちらに振り向き、目を見開いた。あり得ない、とでも言いたげな表情だった。
「そんな顔をするなよ、俺だって多少の良心はあるんだ」
「信じられないな」
そう呟いて相手がヘルメットのような形状の機械をこちらに被せる。
「なんだこれ...電流でも流すのか?回りくどい殺人方法だな」
「いいや...おそらく、死よりも恐ろしいだろう」
「そりゃ、どうい_」
ピリッとした音を耳の奥で最後に聞いた。
---
赤と青の線だけの空間。
その中で顔だけにモザイクのかかった黄色い線の男性と同様の男性が二人いた。
「...お前......」
「...てめえ...」
お互いに言葉を口にして、
「「誰だ?」」
そうお互いに問いかけた。
---
鳥の囀りが聞こえる路地裏で重い瞼を開けた。
近くには誰もいないが、金の入った黒いバックだけがあった。
ひどい頭痛が頭に響く。頭痛の他にも頭が重く感じたり、手足や腰がヴィネットに裏切られる前より痛く感じる。
「人が...|気絶《クラッシュ》してる間に...何してくれたんだよ...」
壁に手をついて小鹿のようによろよろと立つと、盗まれてはいなかった自分の車にバックと一緒に乗り込んだ。
公道から少し離れたところにあるインプラントクリックへ足を出来るだけ急いだ。
飛び込むようにして入るとカルテを確認していたのか、キアリーが驚いたような顔をした。
「うお...V、ボロボロだな。何したんだ?」
「別に。依頼で、ちょっとヘマしただけだ。...キアリー、もし俺が...オリオンを爆破したって言ったら信じるか?」
「なに、寝ぼけてんだ?もう昼の一時だぞ、寝坊助。寝言を吐いてないで座れ、診てやるから」
「...恩に着る」
椅子に背を預け、顔や足に触られながら口を開いた。
「激しい頭痛と...腰や手足の痛み......あと、頭にインプラントが入ってる」
「頭のインプラント?どこで入れたんだ?」
「...路地裏」
「路地裏?...取引でもしたか?」
「いや、してない。依頼主に無理やり入れられた...オリオンの|人格プログラム《クルーラー》だ」
「なんだ、それ?そっちはお前が詳しいんじゃないのか」
「あんまりだな。|金《ゴールド》になった男をプログラムとしていれてるとしか」
「...よく分からないプログラムだな...まぁ、それも診てみよう」
手が頭の横にしっかりと入ったチップに触れる。抜こうとして引っ張ると激しい痛みが走った。
「っぐ、手...とめ、ろ!」
「...これは抜けないな。しっかり入っているというか...根付いてるというか...」
「植物みたいなこと言うなよ、たかがデータチップだろ!?」
「いや...ただのチップじゃないんだよ。通常の“入れる・搭載・積む”形のインプラントじゃない。これは“本物の寄生型”だ」
「そりゃ、どういう意味だ...?」
「インプラントってのは一般的に入れるものだ。
いつでも取り外し可能だが、三つ以上入れることで侵食が急速に始まり寄生するように脳を蝕んでサイバーサイコヒューマン化を早める。
それが、これはどうだ?明らかに始めから寄生してる。入れた対象者を上から塗り替えるようにしてサイバーサイコヒューマン化ではない何かが侵食してるんだ。
まるで、洗脳みたいにな」
「...その、洗脳の内容は?」
「お前の話通りなら、その|金《ゴールド》になった男じゃないのか?だんだんと蝕んで、人格がそれに変わるんだろう。とんでもなく迷惑なインプラントだ」
「抜く手立ては?」
「ない。仮に頭の中を手術しても無理だろう。しっかりと根を張ってるんだからな...自然と根を弱めてくれれば取れるだろうが...無理なんだろう」
「...その、侵食はどれくらいだ?」
「...もって5ヶ月だな。もっと早くなる可能性もある...V、私にはどうすることもできないが鎮痛剤と、インプラントの侵食を抑える錠剤を処方しておく。
その、あまり言いたくないが...どうしても無理だと思ったら私のところへ来るといい。
激痛で身体を乗っ取られて死ぬくらいなら、身体を乗っ取られないまま楽にしてやる」
「...有り難う、覚えておくよ」
---
ベランダに巻かれたパンくずを鳩が一つずつ嘴で拾い、食べていく。
「...お前は...良いよなぁ......ゆっくりしてて...」
俺の言葉が分かったのか、分かっていないのか鳩が首を傾げた。
『余命5ヶ月って受けて、そんなゆっくりしてられるんだな』
自分以外、誰もいないはずの自宅で知らない男の声がした。
「...誰だ?」
『後ろだ、鈍間。寂しい家だな、煙草でも買ってこいよ。一本だけでいいんだ』
「煙草?んなもんねぇよ。一昨日に使いきっちま_」
『だったら買ってこいよ!』
不意に背中を蹴られたような感覚が襲い、ベランダの柵に身体を打ちつけられる。
鳩が逃げるようにして宙を舞うパンくずと共に飛び去っていった。
その辺りでようやく話していた人物の姿を見た。金髪に青い瞳をした黒いサングラスの若い男性。
紛れもなく、|レイズ・シルバー《金になった男》だった。
「っお...本当にデジタルゴーストかよ...」
『俺は死んでない!』
「なに言って...だってお前は_」
いいかけたところで腹を思いっきり蹴られる。ただのチップデータのくせに何故体があるのか分からない。こちらもぶん殴ってやろうと手を振ったものが空を切った。
『...あ?』
握られた拳はレイズ・シルバーの身体を貫通して行き場がなくなる。
『...いや、そんな...まさか...本当に、か...?』
取り乱したいのはこちらも同じだ。
「...レイズ・シルバーだな。通名は、|金《ゴールド》になった男...今はお前が単身爆破テロを起こした時から、10年後だ」
『10年?......そんなに...?おい、俺は本当に...死んでるのか...?』
「ああ...正しくはな...。何故か知らないが、お前はインプラントになって...デジタルゴーストみたいな形で蘇ってんだ」
『インプラント?...俺はただのサイバーヒューマンであって、インプラントじゃない...』
「それは分かってる。俺が今、いれてるクルーラーっていうインプラントが今のお前だ。小さなデータチップになって、俺を_」
説明している間にレイズが頭を触る。それと同期して、俺の手も頭に触れた。
「なんで、同期して...侵食が...」
『侵食?......だったら抜いちまえばいいだろ』
「おい、やめ_」
激しい激痛が響いた。床に倒れて起き上がらない俺をよそにレイズがそのまま何度も|人格プログラム《クルーラー》を抜こうとする。
『あぁ?!なんで、抜けないんだ!クソ!』
やがて諦めたのか腕を垂らしてベッドに腰かけた。
『畜生...出れたと思ったら、俺は死んでるだのインプラントになってるだの...俺は果物に生えたカビかよ...おい、てめえ聞いてんのか。
もう煙草なんかどうでもいい...名前を教えろ』
「っあ...ぐ...ヴィル・ビジョンズ......Vでいい...」
『V?......俺は...レイズ・シルバーだ、Rでもいいが、てめえの反応からして|金《ゴールド》になった男の方が馴染みがありそうだな。
|銀《シルバー》が|金《ゴールド》になったなんて、良いことだな』
そう呟くレイズを見ながら意識がだんだんと薄れていく。
『もう体力の限界か?情けないな、俺の方が...いや、今はいいか。
V、次目覚めた時、お前と俺の立場が反転してるといいな。
俺の方がお前の身体をもっと上手く使えるだろうしな』
嫌な言葉が脳裏にこびりつく中、重い瞼を閉じて意識をゆっくりと手放した。