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〖狂い咲いた匂い〗
「どちらにお務めなんですかぁ?」
もじもじとしながら華やかなドレスに身を包んだ女性が胸を強調しつつ、腕に身体を擦り寄せる。
「いえ...ちょっとした書店の店員です...」
そう言った瞬間、少し嫌そうな顔をするもすぐさま切り替え猫撫で声で媚びるように会話を続ける。
女性というのは、美しくも恐ろしい。そう思わざるを得ない。
適当に話を合わせて、お手洗いに行くと言って離れるとこちらも廊下で複数の参加者に詰め寄られる日村を見つけた。
分からなくもない。性格はよく分からないが、どこか上品な雰囲気で英国紳士のような顔つきをしているのだから女性にモテてもおかしくはない。
「いえ...私は従業員ですので...」
「えぇ~...従業員でも大丈夫ですよ!良かったら連絡先を教えてくれませんか?」
あまりにも積極的な女性たちにたじろぐ日村。いい気味だ。
そのまま日村の横を通り過ぎようとして、捕まった。
「あっ、お兄さん...この方のお知り合いですか?」
「あ~...いや...」
「お知り合いなんですね!わあっ、凄いっ!こんなにも美形...じゃなくて良い方と出会えるなんて!」
「.........」
「...失礼、ちょっとお手洗いに...。凉くん」
「...そうですね」
この時だけは日村を褒め称えたくなった。
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特にこれと言って言うことのない普通の男性トイレ。窓から風に揺れる青々しい木々が見える。その近くに何やら大きめのビニールハウスがぽつぽつと建っていた。
「...婚活パーティーって、もっと都会とかでやるものだと思ってました。こんな人気のない広いところでやることもあるんですね」
「そうだね。企業によるような気もするけれど...まぁこういうところもあるのかもしれないな」
曖昧な答えをして日村が通気孔を開き、勝手に覗く。
「...日村さん?なにしてるんですか?」
「ん?いや、特に何も...」
「じゃあ通気孔を勝手に開く必要ないじゃないですか!」
「いやいや、通気孔で植物が生えてるかもしれないだろ?」
「通気孔に植物は生えません!!」
ついに気でも狂ったのか。それとも久々に人に囲まれておかしくなったのか。
「まぁ、まぁ...そろそろ開式じゃないか?」
そう言われて、ふとスーツの腕時計を見た。時刻は10時55分。始まる5分前だった。
「...行きましょう」
またふんわりと独特な、どこか青臭い甘い香りが鼻を刺す。どこを見ても赤毛ばかりの参加者で逆に従業員にいる黒髪や茶髪など赤毛ではない髪色が目立っていた。
「お集まりいただき有り難うございます。本日は様々な方の縁を取り持つきっかけとなる場を開催するにあたって、本会場を使用、またはサービスに対するご感想などを聞けたらと思う所存です。
何卒、遠慮なさらずお楽しみ下さい。午前12時から指名された方との個人面談をする機会がありますので、様々な方と是非とも楽しい時間を過ごせますよう従業員一同サポートします。それでは、お楽しみ下さい!」
歓声があがり、主催者と思わしき恰幅の良い男性が右手の赤いワイングラスを掲げる。
そして、その場にいる全員が「乾杯!」と祝福した。
その後すぐに周りにいた赤毛の女性に囲まれる。
どれも20から30代後半で肌荒れや下品さがうっすらと分かる女性たちだった。
その遠くに身なりがきっちりとしていたり、やけに老けている赤毛の男性たちからの視線が非常に痛かった。
「あの...お名前はなんですか?」
「......|和戸凉《佐藤亮》です」
「佐藤亮さん!素敵なお名前ですね、私は_」
しばらく女性たちと言葉を交わす時間が続いた。それがとても長い時間に感じた。
会話をする度に従業員として働く日村を横目で見て、ワインを配ったり女性のお召し物を拭いている日村が今の自分でも状況と重ねて羨ましく思った。
「12時になりました!皆様の投票を集計します!」
また、恰幅の良い主催の男性が喋る。しばらく経って、集計し終わったのか全員が個室に移動された。
しばらく待ったが、誰も来なかった。奇妙に思い、個室から出ようとした時、日村とばったり出会った。
「日村さん?!」
「無事だったか、同室になるはずの女性は?」
「え?いるんですか?」
「は...?いるに決まってるだろう」
「いえ、いくら待っても誰も来なくて...」
「...来ない?」
「ええ、来ないんです」
そう言うと、日村は少し考えて俺の手を引っ張っていく。
「ちょ...なんですか?」
「君には危機感がないのか?明らかな異常だろう?」
「で、でも...ここが怪しいって決まったわけじゃ...」
「それでも懸念はしておくべきだろ。君はもっと...」
日村の言葉が途切れ、手を掴む力が弱まる。
ふと前を見れば恰幅の良い男性が気味の悪い笑顔でこちらを見ていた。
「...何をしていらっしゃるんですか?|日村《内藤》さん」
内藤。日村の偽名だろうか。
「...どうも。お客様が少し風に当たりたいと申されたので案内をと思いましてね」
「へぇ、それはサービス熱心ですね。...内藤さん、少し度が_」
「ところで、どうして赤毛ばかりの参加者なのか、そろそろご質問に答えてもらってもよろしいですかね?」
「...唐突ですね。以前お伝えした通り、分かりやすい参加者を_」
その言葉に口を挟まずにはいられなかった。
「なら、缶バッジをつけるとか、リボンを巻くとかでも良いはずですよね!?」
俺の言葉に男性が黙る。そして、こちらに踵を返して逃げ去った。
「...っ、追うぞ!」
先に走り出した日村を追って、逃げた先の扉には青臭く甘い匂いのする植物が大量の照明に照らされ、近くに赤毛の人間の資料のようなものが見えた。
「...大麻だ」
首筋に汗を垂らした日村がそう呟いた。