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〖鮮血に彩られた美〗
永遠なんてないよ。
そんなことはない。
永遠はあるよ。
色はないよ。
そんなことはない。
色はあるよ。
希望なんてないよ。
そんなことはない。
希望はあるよ。
死んでもいいよ。
そんなことはない。
死んではダメだよ。
薔薇は咲かないよ。
そんなことはない。
薔薇は咲くはずだよ。
星は輝かないよ。
そんなことはない。
星は輝くよ。
誰もが、誰かを愛することはできないよ。
そんなことはない。
誰もが、誰かを愛することができるはずだ。
愛なんてものはないよ。
そんなことはない。
愛は確かにあるはずだ。
陽は笑わないよ。
そんなことはない。
陽は笑うよ。
月は見えないよ。
そんなことはない。
月は見えるよ。
運命は変えられない。
そんなことはない。
運命は変えられる。
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蝉の声が響く村を歩く男女。
その二人を畑仕事に勤しむ村民が物珍しそうに見ては視線を外す。
誰一人として、藪な質問を投げかけたりする者はいない。
「...中居さんは、どちらへ取材に行くんですか?」
なんとなく嫌な雰囲気を破るように隣で歩く上原慶一が口を開いた。
「確か...日村家だったと思います。あんまりやる気がなくて、覚えてないんです...」
「へぇ、分かりますよ、その気持ち。僕も初めたては取材よりデスクにいたかったんですよ」
そう言って、愉快そうに笑う慶一。百恵もうっすらと釣られるように笑った。
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「今から、なんですよね?」
「まぁ...そうだね。急な予定だし、私も外出するからどうにもできないけれど...遥はいるから、頼むよ」
風景に合わない豪邸な屋敷の庭園にて一人の男性が一人の女性と話をしていた。
男性はややクリーム色の髪を指でくるくると巻きながら淹れられた紅茶を啜った後、玄関ゲートの方を見た。
見覚えのない黒髪の女性で、とても質素な格好をしている人が目に入った。
すぐさま、真広が対応のために駆け出していく姿も入った。
その姿を一目見て、大丈夫そうだと判断したのか修が先程、話をしていた春に安堵したような顔を見せた。
「ああ、どうも...××××新聞社から参りました、新聞記者の中居百恵と申します」
そう言った女性に言葉を返して、後ろから迎えた他の従者も挨拶をする様子を去り際に見た。
後ろから楽しそうな会話が耳に入るばかりだった。
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田舎の小道を進んで、たまに汗を拭う。特に変わった様子も変わることもない小道を一人で歩くのはとても退屈だった。蓮や真広でも連れてくれば良かったとつくづく思う。
蓮は紅茶の趣味が合うだろうし、真広に至っては護身もあるが甘い物で会話が発展するだろうと思ったが、先送りにするとしよう。それに、彩音は担当する事務が多く、とてもじゃないが一緒に出掛けてくれなど頼みづらい。
まぁ、伝言は春に頼んだのだから、何も問題はないだろう。当主一人が帰って来なかろうと、何も問題はないはずである。
しかし、少しばかり退屈凌ぎが欲しいと思えるだけだった。
強い日射しを受けながら、小道を歩いていると八代亨の姿を視認した。片手を挙げて挨拶をすれば、相手もそれを返す。黒髪が少し風に揺れた。
「修か、どこへ行くの?」
右手に持った葉書のようなものをズボンのポケットに入れながら口を開く亨の姿に葬式で十綾と気まずそうにする亨が思い起こされる。
読経が終わり、僧侶が帰った後に食事の為に同席してもらったが兄弟だと言うのに言葉を一切交わさない八代兄弟の姿に遥の姿と十綾の姿の差異が凄まじいと感じたあの日。
だが、人の家庭環境に口を出すのは些か非常識だろう。そう考えて問いに応えるように私も口を開いた。
「湊のところだよ。少し、話があるんだ」
その応えに亨の瞼が数回動いたが、すぐに納得するような顔をした。
「ああ...そういえば、見つけたのはそこの雇用された人だったっけ...確か、茨木みたいな名前の...」
「茨崎さんだな。別にその人に用件があるわけではないよ」
「へぇ、てっきり何か聞くのかと...ほら、子供の頃、修が中心みたいなところあったでしょ」
「何年前の話だ......それ、君がここを一回離れる前の話だろう?」
「ああ、中学生の時ね...十綾が専門行きたかったから、それでね。それでも秋人以外の全員が養父みたいなものとしての世話になってたし別にいつでもそうだったよ?」
「養父というか...半分、養祖父みたいなもんだろう...家はそれぞれの家柄ごとに別れてるんだから、結局全員が家を出たようなものだが」
亨が出した情報を補足するように養祖父という言葉を口の中で転がした。
別に秋人の祖父が自分たちの父親というわけではない。それぞれに親はいるが、祖父母は少なく、どれも大抵が共働きで夏休みになると子供の相手が好きだった秋人の祖父が一時期、父のような存在になっていた。久方ぶりに顔を出しに行こうかという考えが過ったが、一年前に事業を秋人に託して亡くなっていたことを思い出し、しみじみと喪失感を感じた。
「まぁ、やりたい事が一緒なのは少ないからね。そういえば神宮寺も出てたね、高校で朔達と一緒になったよ」
「全日制の普通科で?」
「うん。修もそうじゃなかった?」
「いや...飛び級で......海外に行っていた...から、とてもじゃないが...」
「あ...あ~......夏休みとか家にで遥ちゃんしかいなかったのはそういうことか!」
「......長期休みで、どれだけここに帰ってきてたんだ君...」
そう訊けば、そっと目を逸らす亨に幼稚な雰囲気を感じられずにはいられなかった。
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周りの地面が抉れたり、何か巨大な岩が壁際に置かれた和風の屋敷。その大きさは人が何人と入るのだろうと考えられるほど大きなものだった。
壁に埋め込まれたインターフォンを押して暫く待つと、すぐに柑橘系の匂いが辺りに漂った。
葬式で嗅いだことのある匂いだった。三回ほど、扉をノックして名前を言った。
「日村です、ひ...」
日村修だと名前を言い切る前に扉が大きく開かれる。
黒髪に緑の瞳をやけに輝かせた女性が自分の姿を見て、瞳の輝きを落とし、少々落胆したような顔をした。
その辺りで、食事中に嬉々として遥の傍に座り、やけに話しかけていた天気だと気づく。
遥と自分は似たような顔をしていると思うのだが、何故こうも反応に違いが見られるのか不思議でならない。好みに関しては人によるから、仕方がないことではあるのだろう。
「...日村、修です」
「...遥様は...いらっしゃいますでしょうか?」
「残念ですが、今回は...」
「...お入りください。当主様の元へご案内いたします」
「......どうも、有り難うございます」
古くながらの屋敷の廊下とでも言うのだろうか。
障子と畳、木目の廊下で分けられた空間を進んでいく。途中、松の木などで山や川が表現された庭で洗濯物を干す男性を目にしている中、ちろちろと舌を出す青や紺に近い色味をした赤い瞳の蛇と目があった。
軽く会釈をしてから視点を変え、すぐに戻すと鼻がつきそうなくらいに急接近した棗がいた。
「うわっ...なん、どうしたんです」
「いいえ~...別になにもぉ?」
当主の梶谷湊もそうだが、いまいち何を考えているのか分からない者が凝縮したような家だとよく思う。
遠くの方を見れば珍しく鬱陶しそうな顔をしながら受け答えをする湊と傍で口を開きっぱのように見える月が廊下の奥を歩いて、こちらへ向かってきていた。
隣の棗が子供のようにぶんぶんと手を振って、それが何度か顔に当たりそうになる。
「い...茨崎、さん...手をもう少し...」
「はい?わたくしめが何かぁ?」
「いや...あの......」
その手が顔に触れかけた途端に棗の腕が強く掴まれる。呆れたような表情を浮かべた湊が棗の腕を掴んで、すぐに笑い手を離した。
「ダメだよ、客人に粗相をしたら」
「...すみませんねぇ...?」
双方、笑ってはいるが棗の感情がどうにも読み取りにくいと感じた。
ふと横を見れば楽しく話す月と天気が瞳に映る。
「月さん、午後から街へ櫛を見に行きましょう!良い装飾品が見つかりますよ!」
「いいよ!行こ行こ!!」
目の前で滅多に見られない威圧感のある湊と対比して、微笑ましいものだった。
客間の一室に通され、改めて湊と対面する。ソファに腰を下ろし、先に湊が口を開いた。
「田中さんのことはお悔やみ申し上げます...と、言いたいんだけど、ちょっと話聞いてくれる?」
開口一番にこれである。体格の良い大和や十綾を浮かべる身体ではあるが、話に土台はない。
「ああ、いいよ。それで、どんな話だ?」
「まず、棗が発見した時の田中栄子の遺体が背中に数ヶ所、首に一ヶ所の傷が何か鋭利なもので切られた、もしくは刺されたのは分かるよね」
「...?...分かるが、それは自警団からも聞かされた話だろう。誰だって知ってるはずだ」
「そうだね。でも、刺殺と出血多量までは出ているけど、その血が化粧みたいに口紅として唇に塗られたり、アイシャドウやチークみたいに塗られたりしてたってのは聞いてないでしょ?」
「...どこで聞いた?」
「棗。第一発見者なら、そりゃそうでしょ。でも、彼が見た時には既に血は黒くなって遺体は冷たく、固かったみたい。多分、修が知らないのは修が初めて見た時には、その化粧は落ちてたんじゃないかな」
「そうかもな。しかし、そんな化粧を...まるで死化粧だな」
「だね。でも一つ気になるのは、それが薄かったのか濃かったのかってこと」
「...どうだったんだ?」
「棗によれば、血はこびりついて薄くもなかったとのことだから...濃かったんじゃないかな」
「つまり、普通の化粧のようだったと?」
「おそらく。死化粧って薄いのが一般的みたいだよ。化粧って言っても死化粧で、見栄えを良くするだけだから通常の目立たせる化粧とは違うと思う」
「...なら、犯行した人物は死化粧をしたことがない人物かつ、女性であると?」
「死化粧がしたことがないってのは当たってると思うよ。でも、この時代だから女性とも限らないんじゃないかな」
「なるほど...それで...」
言葉を続けようと口を開いたが、湊の奥の時計がちょうど五時を指していることに気づく。
軽く話して終わるだろうと思っていたが、いつの間にか一時間が経過していた。
「悪い、そろそろ...」
「え?あぁ...気をつけて帰ってね。近いとは言え、事件が発生して間もないし...」
「分かってる、分かってるよ」
何も分かっていなさそうな無垢な男の姿を見ながら、先程まで話した内容を頭の中で反芻させる。
パタパタと廊下を歩いて離れていく音を聞き、障子の隙間から昼間に鳴いていた蝉とは違う別の声を耳に入れた。
**あとがき**
〖本作の時系列は?〗
最古。
異譚集楽(最古、過去)
↓
(鏡逢わせの不思議の国) 番外編:過去
↓
ネカフェのシャーロック・ネトゲ廃人(同時系列) 現在
地獄労働ショッピング(同時系列)
未来編だけがない感じですね、作成の予定はないです。
別作品の案だけはあるものの、何らかの作品の二番煎じっぽい感じがしてしまうんですねぇ。
上原の方で他キャラクターを入れるつもりだったんですが、次に回そうと思います。
この調子で書いていると三日、四日過ぎて十分から十五分で書いてる短編ばっかりになりそうだったのでひとまず、こちらで区切りをば。
まぁ、結局、別シリーズ投稿してからになるんですがね...。