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金木犀が香る頃【# 1 】
「………京(かなどめ)さんの命は、多くてもあと半年です。」
「……っ。」
重苦しい声で告げられたそれ。
余命宣告なんて、生で聞いたのは初めてだった。
私の名前は京凛香(かなどめりんか)。高校生の時から心臓の病気で入退院を繰り返してもう5年になるけど、まさかもうすぐ死ぬとはね。
「花澄、私あと半年で死んじゃうんだって…」
しばらく発していなかったせいで掠れた声は、虚しく天井を通り抜ける。
私と花澄(かすみ)は、幼稚園からの親友だった。高2の夏、花澄がいなくなるまでは。
あれは、よく晴れた日の夕方のことだった。
退院したばかり、自室のベットで横になっていた私は、ある夢を見た。それは、花澄が悲しげな顔で、何かを言っている夢だった。花澄が言っているほとんどは聞き取れなかったけれど、最後に一つだけ、「凛香、ごめんね…。バイバイ……。」その言葉だけはやけに鮮明に頭に残っていた。
「花澄がいなくなっちゃう!」。慌てて飛び起きた私は、花澄の家から、花澄がよく来ていた場所まですみずみさがした。だけど、もう遅かった。後から母に聞いた話だと、花澄は、夕方ごろから行方不明だったらしい。
「花澄…今どこにいるの…。会いたいよ…。」
再度弱々しい声が空を切ったその時、どこからか金木犀の匂いがした。香りとともに目に映る光が眩しくて目を閉じると、今度は香りをすぐ近くに感じる。不思議に思って目を開けると、そこには作り物のような整った顔立ちをした青年がいた。
「お呼びですか。」
「え…あ、あなたはだれ?」
「私は金木犀の香りとともに駆けつけ、お客様同士の仲人をするサービス・「桂縁(えん)」です。」
そう言って彼は、そのまっすぐな瞳で私を見た。
「あなたも、誰か会いたい人がいるんじゃないですか。」
「会いたい人…」
それを聞いて、真っ先に思い浮かんだのは花澄の顔だった。いつも笑顔の、花澄の顔。
「花澄……花澄に会いたいの!!お願い…!」
「分かりました。まず、このサービスについて簡単にご説明します。」
青年によれば、この桂縁というサービスは、会いたくてもなんらかの理由で会えない、そんな思いを抱えた人から話を聞き、依頼した人と会いたい人との仲人をするという物らしい。でも、依頼人が会いたくても会いたい人が無理だと言った場合、会うことは難しいという。
青年は少し困ったような顔をして、それでもいいですか、と聞いた。
"京さんが会いたいと思っていても、花澄さんが会いたくないと思っていた場合はサービスが難しいんです。”
青年が言った言葉が頭にちらついていたけれど、それでも私は笑顔を作って頷いた。
「大丈夫です。花澄に交渉さえしてもらえれば。」
「分かりました。」
そう言って青年は、まばゆい光の中に消えていった。
その途端急に眠気が私を襲い、考える暇もないまま私は眠りに落ちた。
ずいぶん寝ていた気がする。あの夢のような会話から、どのくらい経っただろうか。
トントン、と小さな音がする。
頭がじわじわと覚醒し、それがドアを軽くノックする音だったことに気づいた私は、慌てて跳ね起き、掠れる声ではーい、と返事をした。
カラカラカラ、と病室のドアが開く。
「あなた、さっきの……」
「桂縁です。花澄さんを連れてきました。」
これから花澄に会う、という緊張でいっぱいだった私は、ふとあることに気がついた。
「さっきは窓から来たよね?なんで今回はちゃんとノックしたの?」
「人を不法侵入者みたいに言わないでください。俺だってちゃんとノックぐらいしますよ。」
いや、だって不法侵入なんだもん。
っていうか今「俺」って言った?
「もういいですから…。
それより、花澄さん、今廊下で待ってもらってますが…。」
案外ちゃっかりしてるらしい。
まあいい。それよりも!!
私は、このドア一枚の向こうに花澄がいることに心臓がバクバクだ。
連れてきて、と通常の声に戻った私に頷くようにして、彼は引き戸を開けた。
「花澄さん、いいですよ。」
彼の低いけど優しい声につられるようにして、ショートボブの女性が病室に入ってきた。
「凛香……」
「花澄っ!?花澄なの…!!?」
大人になって、綺麗になった花澄は、泣きそうな顔で頷いた。
「凛香…黙っていなくなってごめんね…。家が…お父さんが嫌で、ずっと逃げてたの…。でも今回桂縁さんから、凛香が病気で入院してるって…まだ私に会いたいって言ってくれてることを知って…。」
「花澄…… 」
それから私たちは、いろいろな話をした。
彼女の父親が、彼女に暴力を振るっていたことを聞いて胸が痛んだけど、彼女が現在元気で、医者を目指していることを知って、安心した。
再開してからまるまる2時間、話していた私と花澄は、彼女の一声で、お開きすることにした。
「凛香、手術頑張ってね…。」
「花澄こそ、お医者さんになって、たくさんの人を救ってね。」
「そろそろ大丈夫ですか?」
完全に存在を忘れていた。そういえば、私たちを引き合わせてくれたのは、この青年だったのだ。
「今日はありがとう。もう感謝しかないです。」
「いいえ。これが私たちのサービスなので。」
口調がまた「私」になっているのも面白かった。
「さようなら、京さん。ありがとうございました。」
「じゃあね、凛香。また会おうね!」
2人をベット越しに見送った私は、ふう、と息を吐く。
そして金木犀の香りに誘われるように、私はゆっくりと眠りに落ちた。
-fin-