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第二話:部活の選択と、放課後の嘘
第2話:「部活と選択と、放課後の嘘」
昼下がりの教室には、春の光がやさしく差し込んでいた。
新学期が始まって数日、少しずつクラスの空気にも慣れ始めていた頃。
「白石さん、帰りって、部活見学行く?」
昼休み、隣の席の佐伯さんが話しかけてきた。
同じクラスになったばかりだけど、彼女は話しかけやすい空気を持っていて、自然と会話が続く。
「うーん、どうしようかな……。まだ迷ってて」
「そっか。あたし、写真部か文芸部、どっちかにしようかと思ってて」
彼女が話すその横で、私は窓の外に目を向ける。
桜はまだ少し残っていて、校庭では運動部の勧誘の声が響いていた。
私の中で、進路のことも、部活のことも、まだ「はっきり」していなかった。
けれど、どこかで気づいていた。
このままじゃ、何も変わらない。
放課後、クラスの廊下には勧誘のビラやポスターが貼られていて、部活勧誘の先輩たちが声を張っている。
「白石、どこか見に行く?」
声をかけてきたのは――悠真くんだった。
「え、あ……うん。ちょっとだけ」
不意を突かれて、慌てて返事をしてしまう。
一緒に行く理由なんて、特にない。だけど、断る理由もなかった。
「演劇部とかって、なんか文化祭すごいらしいな」
「うん、去年観た。感動したよ」
「へえ、白石そういうの観るんだ。意外」
歩きながら交わす会話。距離は、ほんの数歩。
それでも、その「近さ」に胸が高鳴る。
校舎裏に近い掲示板の前。進路アンケートの提出期限が書かれた貼り紙を、私はふと見つめた。
「……進路、決めたって言ってたよね?」
自分でも、どうして聞いたのかわからなかった。
ただ、彼の考えていることを、もっと知りたかった。
「うん。まぁ、まだ迷いはあるけどな。……白石は?」
「私は……まだ。たぶん、何かから逃げてるのかも」
「逃げてもいいんじゃない? 立ち止まるのって、悪いことじゃないと思うよ」
優しい声。気遣うような表情。
その言葉に、少しだけ救われる。でも――
(そんな優しさが、みんなに向けられてるって、わかってるのに)
そのとき、近くのグラウンドから聞こえてきた、数人の女子の声が耳に入る。
「ねえねえ、宮坂くんって誰か気になってる人いるって、知ってた?」
「えっ、ほんと? 誰だろうね~。気になる~!」
私の足が、止まった。
――宮坂くんが、気になってる人。
他愛のない話かもしれない。
でも、その「誰か」が、自分じゃなかったら?
そんな不安が、静かに胸の奥を満たしていく。
「どうした?」
私の顔を覗き込むように、悠真くんが言った。
「……なんでもないよ」
そう言って、私は笑った。
ほんとは、なんでもなくない。
でも、そんなこと言えるわけがない。
私はまだ、「友達の少し手前」にいる。
それを、壊す勇気が――まだなかった。
帰り道、空に浮かぶ雲が、少しだけ春を忘れたような色をしていた。
私は日記に、こう書いた。
――今日、少しだけ近づいた気がした。でもたぶん、それは錯覚だった。
嘘をついたのは、放課後のあの時。
そして、私自身の気持ちにも――ほんの少し。
(第2話・了)
✅ 次回予告(第3話)
「曖昧な距離、ふたりの秘密」
突然の雨、図書室での偶然の再会。閉じ込められた空間で、ふたりの距離は否応なく縮まっていく。
でも、そこで交わされた“秘密”が、後の関係を少しだけ変えていく――。
お楽しみに!