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第2話:赤い髪の太陽
翌朝、雨は上がっていたが、愛菜の心には湿った冷たさがこびりついたままだった。
昨夜、あの後。真蓮の制服を返し、叔父の機嫌を伺いながら泥のように眠った。
(……昨日のこと、夢だったのかな)
教室の隅、自分の席で教科書を見つめる。
野平愛菜という存在は、この学校でも空気のようなものだ。おとなしく、口数が少なく、誰とも交わらない。
そうやって息を潜めていれば、誰にも傷つけられないと信じていた。
――ガラッ!!
静かな教室に、場違いなほど威勢のいい音が響く。
「おっはよーございまーす! 今日も最高の天気じゃん!」
赤い髪が、朝の光を反射して輝く。
秋葉真蓮だ。彼は教室に入った瞬間、クラスの温度を数度上げるような、圧倒的な「陽」のオーラを振りまいた。
「おい真蓮、朝からうるせーよ!」
「あはは、悪ぃ悪ぃ。あ、そうだ!」
友人との軽口を切り上げ、真蓮の視線が教室の端——愛菜へと向いた。
愛菜は慌てて目を逸らし、心臓が跳ねるのを感じる。
(こっちに来ないで。目立たせないで……)
そんな祈りも虚しく、真蓮は迷いのない足取りで彼女の席までやってきた。
「よっ! 風邪、ひいてねーか?」
クラス中の視線が突き刺さる。
愛菜は肩を縮め、消え入りそうな声で「……大丈夫」とだけ返した。
「そっか、良かった! 昨日のココア、美味かったろ? 俺さ、あの自販機であれが一番の推しなんだわ」
屈託のない笑顔。真蓮には、学校での「ヒエラルキー」や「浮いている存在」なんて関係ないらしい。
ただ「昨日助けた女の子」がそこにいるから、話しかける。そのあまりのシンプルさに、愛菜の胸の奥がチリりと疼いた。
「……あの、昨日は、ありがとう」
勇気を振り絞って口にした言葉。
すると、真蓮は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
そして、昨日よりもずっと柔らかく、内緒話をするように身を乗り出した。
「お前、ちゃんと喋るとすげー良い声してんのな。……もっと聴かせてよ、愛菜」
「っ……!」
名前を呼ばれた。
叔父に怒鳴られる時に呼ばれる忌まわしい符牒ではなく、宝石を見つけた子供のような、純粋な響き。
愛菜の白い頬が、初めてわずかに赤らむ。
それを見て、今度は真蓮の方が「あ……」と声を漏らし、急に顔を真っ赤にして固まった。
「……っ、じゃあな! また昼休み!」
逃げるように自分の席へ戻る真蓮。
友人たちから「真蓮、お前顔真っ赤だぞ!」「うっせ! 暑いだけだ!」という野次が飛んでいる。
愛菜は、机の下で自分の手をそっと握りしめた。
昨日のココアの熱が、まだ指先に残っているような気がした
🔚